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72話 家デート


 私の颯真に対する気持ちは、いつからあったんだっけ。

 そんなことすら、もう思い出せなくなっていた。



 最初に彼と出会ったのは小学校の頃。


 遠目で見た彼は友達とサッカーをやっていて、印象としては活発な男の子という感じだった。


「美香、いこ!」


 直後に親友の加奈に手を引かれて、その場を離れたけれど。

 強く印象に残ったその男の子を、私はしばらく覚えていた。



||



 颯真のことは好きだ。

 少し大人っぽくて、それでいて可愛らしいとこもある自慢の彼氏だ。



 でもいつだって、私は彼にふさわしいかどうかを考えていた。


 

 加奈を裏切って。

 私は眩い彼に寄りかかるばかりで。


 私は平凡だ。

 ごく、普通の人間だと思う。


 普通に学校生活を送って、テストとか勉強に追われて。

 優しいお父さんと頑張り屋なお母さんがいて。


 特にこれといった将来は考えてないし、何となく大学に行って何となく何処かに就職するのだと思う。


 

 だから。

 普通とは違う彼に、私はずっと似合っていない。


 彼がたまに他の女の子と喋っているのを見かける。

 嫉妬に似た重くドロリとした感情が、私の心中を熱して溶かす。


 火傷に似た痛みを覚えながら、私は彼と他の女の子の間に入る。 


 彼はいつも、私の独占欲に気づかない。嫉妬に、気づいてくれない。いつだって私の心をかき乱して、何でもないかのように微笑みを向けてくる。


 それこそ。

 私の『好き』が届いてないみたいで、それがたまらなく嫌だった。



「美香ってさ……相沢君とはガチな恋なの?」

「がち、って……」

「ほら、結構マジで好きじゃん。私は今の彼氏は遊びだけど、美香は違うのかなって」



 ある日、友達の一人にそんな事を言われた。

 私は言葉に詰まって答えがでない。……どうなんだろう。


「……分かんない」


 私は普通だ。

 もし彼が他の女の子に惹かれたら、引き留められる自信がない。


 けれど、私は。

 颯真を奪われたくないのだ。




||



「ごめん。二人共、少しの間リビングで待っててくれ」


 そう言い残して去っていった颯真を、私はアンナと呼ばれていた女の子と共に見送る。


 アンナさんは私をチラリと見て、カップを戸棚から取り出す。

 それから冷蔵庫を開けてボトルから冷えた水を注いで、私に渡してきた。


 気を利かせてくれた行為の筈なのだが、私は颯真の家を我が物顔で使う彼女にモヤモヤとする。

 

「アンナ……さんは何で颯真が好きなの?」


 呼び方が分からず、さん付けで呼んだせいで不自然な口調になってしまった。

 そんな私を見てか彼女は椅子に座り直す。


「彼が特別だったからかしら。物語から飛び出してきたのかってくらい、私にとって都合の良い理想だった」

「……」

「まあ、そんなに敵対視しないで頂戴。別に貴方と敵になりたい訳じゃないの。むしろ他のライバルの為に手を組みたいわ」


 唐突にそんなことを言ってくるアンナさんに、私は眉を顰める。

 彼女は私の顔を見ながら、続けた。


「今更語ることでもないけど、彼を愛する人は沢山いるわよ。もし貴方の颯真に対する愛が薄っぺらいものなら、賢く身を引くことね」

「……私だって、馬鹿じゃない。颯真が私にとって何なのか、ちゃんと理解してる。絶対に手放したくない」

「そう……」


 私は普通の人だ。

 だけど、私は私だ。


 篠原 美香という人間は良いお父さんとお母さんに育てられた。

 だから私は聞き分けのいい子になったし、自分で考える力を最低限は身につけた。


 お母さんが言っていた。

 自分の周りの友達はよく考えて選びなさい、と。


 結果、私はいい友達に囲まれていると思う。 


 クラスメイトの皆んなはかっこよさとか、可愛さとか、ステータスとか、地位とかで恋人を選ぶ。


 浮気だってするし、いらなくなったら捨てるし、何か違うなと思ったらすぐに冷めたりする。


 でもそれは多分、好きじゃないのに付き合うからだ。

 

「颯真を見つけれたことをーー好きになれたことを、私は誇り(・・)に思ってる」

「……」 


 私は多分この先も一生、よく選んだ人としか交流を持たない。時間は有限で、周りの人は自分に大きな影響を与えるから。


 お母さんが教えてくれた大切な心。


 私は普通だけど。

 でも行動は、普通の人間と(たが)えた。

 だから、私は私なんだ。


「颯真は、私が先に取ったんだよ」


 あの人は私に相応しくないかもしれない。


 けれど。先に彼を掴み取った以上、少なくとも目の前の人から彼を守り通すくらいはするつもりだ。


 目を疑うような美貌。

 宝石のような澄んだ綺麗な瞳。

 長く伸びる、黒髪。潤いのある張った肌。

 完璧なバランスの鼻と口。

 

 綺麗な子だ。

 それでも、私は戦意を持って目の前の女の子を睨み付けた。


「……その気概があるなら、大丈夫そうね。少し、作戦会議をしましょうか」


 そして目の前のアンナさんは優雅に微笑み。

 蠱惑的な笑みを浮かべて、私に語り始めたのだった。




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