71話 邂逅
ブクマ高評価が入っていたので定期更新前ですが投稿させて頂きます。
是非ブクマ高評価をよろしくお願いいたします。
それと最近ですが、再び第一話から第二話辺りに色々変更を加えました。
時々「?」というような違和感のある会話や設定が芽生えていたら、そこら辺の修正の兼ね合いです。
今後も作品の改善のために、細かな修正が多々入ると思います。ですが、初期から読んで頂いている皆様がなるべく困惑しないよう進めていきますので、ご了承ください。
「……こう言うのも、案外良いものね」
アンナが目の前でストローを咥えて、飲み物を美味しそうに飲んでいる
腹ごしらえに入った少し洒落たカフェ。
その一角で、テーブルを挟んで向かい合っていた俺たちは食事を楽しんでいた。
「食事は人間の三大欲求とも言われてるしな」
「あら。残り二つは睡眠欲と、性欲だったかしら。勿論後者は禁忌だけど……」
テーブルの下でアンナが俺の足を突いてくる。
蠱惑的に微笑む彼女から目線を逸らそうとして、思わず胸に視線が行き、そこからもなんとか視線を外す。色気が情欲を誘う。
面白そうに微笑みを浮かべるアンナに、俺は蛇に睨まれたカエルのような気持ちになった。
「普通に……食事が楽しいって話だよ」
「そうね。こうして人間社会を見て、様々な体験をしてるけど……食事には他にはない快楽があるわ」
「……俺は食べることが当たり前すぎて分からないな」
使徒である彼女は、今この地上を見て何を感じているのだろう。
探るように俺は視線を彼女に向ける。
「でも案外、驚きは少ないわね。全部初めてなのに……知識と記憶がリンクしないのって変な感覚だわ」
使徒の記憶と言うのは曖昧だ。
どこからが彼女達にとっての記憶で、どこからが知識なのか。
神のみぞ知る、と言う所だろうか。
「ご馳走様」
「ああ」
勿論彼女は財布などないので俺が払うのだが、まあ持っている殆どの金は使役師としての稼ぎだ。なのでまあ使徒として働いてくれている彼女の金とも言えなくはない。
なので財布が寂しくなっていることから俺は目をそらす。
服を買い、日用品を買い、ご飯を食べ、今日は出費が多い日だ。
そんな事を考えながら店を出る。
とは言ってもデパートの中なので外という訳ではないのだが。
横から通行人が歩いてきたので、サッと避けようとする。
しかしその人物から響いた声に俺は思わず顔を上げた。
「……颯真?」
驚いた顔で。
そこに美香が立っていた。
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二人で顔を見合わせて立っていると、アンナが出てきた。
「あら、どうしたの颯真?」
「いや、その」
「……その子、誰?」
アンナの疑問に答えようとして遮られる。
冷えた視線が突き刺さる。
汗を垂らしながら、ひとまず誤解を解くため用意していた設定を告げる。
「えっと……この子はいとこのアンナで、ちょっと買い物に来てたんだよ」
「……ふーん」
「それで、貴方は誰なのかしら?」
二人が鋭い視線をお互いに向ける。
敵意を滲ませた二人は、バチバチに睨み合っていた。
「美香。颯真の彼女だけど」
「あら、貴方が。そう……」
睨み合う二人。
もはや俺が口を出せるような状況ではなかった。
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「颯真の家、初めてきた……」
玄関先に買った荷物を下ろしていると、美香がボソッと呟いた。
アンナが興味深そうに美香を睨め付け、三人で一緒にリビングに向かう。
三人ともソファーに腰掛け、少しの沈黙の後、最初に切り出したのはアンナだった。
「……先に明記しておくけど、私は颯真が好きよ」
「っ。それ、颯真が私と付き合ってるの、知ってて言ってるの?」
「ええ。知ってるわ。彼に断られた時に聞いたもの」
静かだが、アンナは揺るぎなく答える。
俺は姿勢を正し、話す機会を伺った。
「颯真は浮気してないんだよね……?」
「ああ。俺は美香一筋だし、それはちゃんとアンナにも言ってる。一度も美香への気持ちを忘れてことはない」
「……それでもこの子に付き纏われてるの?」
端的に言えば、俺とアンナの関係はそれだ。
俺はアンナを断ったけど、彼女が諦めてない。その上、状況的にも俺はアンナとの関係を切れない。彼女が王印の使徒になったからだ。
「……そういうことになる」
「じゃあ、颯真との話は後にするけど。……颯真は私の彼氏だから。諦めて」
アンナにそう告げる美香の喉は微かに震えていた。その声に怒りに隠された悲しみが浮き出ている。
俺の頭に彼女を不安にさせてしまった事と、己への情けなさが浮かんだ。
「そうね。勿論、私も颯真に完全にその気がないなら諦めてたわ。でも、違うわ。颯真は貴方に操を立てながら、揺らいでるじゃない」
図星を突かれた気分だった。
まるで己の心境を見透かされたようで、反論しようとしても俺は言葉が出てこない。
「颯真……?」
「いやそれは……ごめん。でも、俺は美香を裏切るようなことはしてない。絶対に……信じて欲しい」
最早、言い訳はそれくらいしか出てこなかった。
自分の心が今、どちらに傾いているのかすら分からない。
「……颯真はさ、最近女子の間で人気なの知ってた?」
「え……?」
「カッコ良いし、意外と優しい上に最近では凄い使役師だって皆んなに知られてさ。時の人なんだよ?」
それは。
確かに、そうかもしれない。
大会が終わった次の日は、過去一の人数に囲まれた。
ホットな話題ということもあって、SNSでも学校でも自分のミーハーが増えたのは認識している。そして冷静に考えれば確かに今は時の人的な状態だ。
「それで他の人に颯真が取られるかもって、不安だったの。私、颯真に相応しくないんじゃないかって」
「……そんなことない。俺が美香を選んだんだ、相応しいに決まってる……」
最近、学校で関わろうとするとそれとなく避けられていたのを思い出す。今更になって俺は彼女に心労をかけさせていた事を自覚した。
「でも颯真はさーー私のこと、好きって言ったことあった?」
ゆっくりと。
しかし、確実に問い詰められるかの如く。
俺は逸らしていた目を美香に向けると、ようやく彼女の瞳に涙が溜まっていることを知った。
「っ、違う、俺はちゃんと美香のことが好きだ!! 嘘じゃない……! 」
「本当に? 信じて、いいんだよね……?」
「ああ……」
俺は彼女を抱きしめながら言う。
すると彼女は気持ちを落ち着けたのか、顔を埋めてきた。
俺は美香の背中越しに、アンナと視線をぶつける。
「……悪い、アンナ」
「はぁ……分かっているわ。そもそも貴方は人と付き合ってる間に他の女に行ったりしないもの。今のうちにアプローチを掛けておくのが大事だと思っただけよ」
知ってるならこんな修羅場みたいな空気を作らないで欲しかった、という言葉は飲み込んでおく。
そんな事を考えていると、美香がもう大丈夫と言わんばかりに顔を上げた。
それから一呼吸おいて問いかけてくる。
「……で、結局二人はどう言う関係なの?」
説明は、面倒だったとだけ言っておこう。
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浮気がバレて弁明するような彼を、私は面白がって見つめる。
嫉妬と情欲と、様々な感情が今、初めて私の心の中で蠢いている。
何が正解なのか。
どう感じるのが普通なのか、これから探っていかねばならない。
マスターの心は一見、複雑だ。
優しい人の皮を被って、それでいて人を惹きつけるような魅力がある。
理知的で、私たち使徒に対しても差別的な目を持たなかった。
努力は惜しまないし、勇気も覚悟もある。
それだけ聞いたら、強い人なのだろう。
……でも。
多分、本当の彼は真逆なのだ。
自分に自信がなくて、何かに急かされるようにしてがむしゃらに足掻いている。
優しいのは人に嫌われるのが怖いだけ。
人間不信で。だから使徒にしか心を許せなくて。
……彼は弱い人間だ。
探った。
彼が、どういう人間に恋をするのか。
どこに振り向かせる鍵があるのか。
それは一度見つけてしまったら、案外簡単な答えだった。
……本当に、マスターは。
隙だらけね。
そう思いながら私は心の中で、笑みを浮かべた。




