70話 天義組
電車で移動すること数十分。
俺は大阪の最南部にある天義組の支店まで来ていた。
「ここが天義組か……」
かなり大きなビルだ。
大きめの外観に加え、どことなく独特のオーラがある。
私服で大丈夫と言われたが、内部を歩くビシッとスーツで決めた人たちばかりだ。
エレベーターに乗り、聞かされていた部屋まで移動する。
ここに俺をスカウトしてくれた永瀬という男性が居るはずだ。オフィス内に視線を巡らせると、俺は目的に人物を見つけた。
「永瀬さん」
「お、良くきたね相沢君。よろしく頼むよ」
爽やかなビジネスマンのお手本のような笑顔で手を差し出す彼と握手を交わす。
新鮮な感じだ。まるで大人になったような気分になる。
「今日はね、君が所属することになるチームを紹介しようと思うんだが……何せ結成したばかりでね。まあ同世代くらいだ、上手く馴染めることを希うよ」
サクサクと話を進め、その言葉と共に俺は別室へと足を進める。
会議室、というよりかは休憩室のような場所だった。
エアコンとテレビがあり、ソファーが二つ、観葉植物もある。窓は天井から床まであるタイプの大きな窓ガラスで、大開口窓という種類のあれだ。
席は大きめのテーブルを囲うように並べられ、入室と共に中にいる何人かに視線を向けられた。向けられる視線には、こちらを測ろうとするようなものがある。
「みんな、彼が新メンバーだ。相沢颯真君、年齢は十五。先日の選定式での活躍振りからスカウトした。そして彼は……第六呪文が使える。みんなにとっても、学ぶことも多はずだ」
俺が第六の呪文を使えることは小鳥遊戦で披露している。
永瀬さんは恐らく場の空気を察して、口にしてくれたのだろう。
「えっ……!?」
「……そ、それ本当なんっすか!?」
永瀬さんの言葉に周りが驚愕を見せ、俺は黙ってその言葉を肯定する。
みんな現状では半信半疑の顔だが、そのうち嫌でも実践で見せることになるだろうから心配はない。それより……
「颯真君、知り合いはいるかい?」
「いえ。全員初対面ですね」
「そうか。まあ仲良くなってくれると嬉しいよ」
そう言われ、俺はその場所に取り残される。
とりあえず誰かしらに話しかけよう。そう決めて、動こうとして先に声をかけられた。
「よろしく。ここ第十六班のリーダー、飯田だ。複数の呪文が使えるなんて凄いな、本当」
「あ、はい。相沢です。よろしくお願いします飯田さん」
少し背丈の高いスポーツマンって感じの男だ。
見たところ、大学生から社会人くらいだろうか。自然と言葉遣いが敬語になる。
「三ノ宮や。今日からよろしく頼むで」
次いで話しかけてきたのは、糸目で細身の男。
こちらも大学生くらいだ。耳のピアスが印象的だ。
「ん……黒川。よろしく」
無口そうな背丈の小さい女子だ。
先輩……なのだろうか? 黒髪で大人しそうな印象を受ける。恐らく高校生だ。
「あ、小森っす。元は野良の使役師なんすけど、つい先日スカウトされた新米っす。タメ口で良いんで、仲良くしてほしいっす」
背の低い軽い口調の奴だ。八重歯が特徴的である。
新米同士なので、少し親近感を覚えた。
「……ああ。よろしく小森。飯田さん、俺を入れて五人ですか?」
「ん? いや、もう一人来ると聞いているな……多分今、永瀬さんが呼びに行ったところじゃないか?」
俺の問いに、飯田さんが答える。
小森が手招きし、俺が彼の隣に腰掛けた瞬間、丁度新たな足音が聞こえた。
「みんな、もう一人の新メンバーだ。相沢君と一緒に歓迎してくれると嬉しい」
「……どうも。花咲 茉白です。全国は二回戦で小鳥遊結奈に負けました。よろしくお願いします」
第一印象は、無愛想だろうか。
しかし整った顔立ちと、女性らしい凹凸のある身体と可憐な雰囲気。何よりキリッとした強い眼差しから、苛烈さも感じ取れた。
「あー、よろしく。リーダーの飯田だ」
「……はい」
感じ良く挨拶した飯田さんは、冷たい態度で返される。
三ノ宮さんが苦笑いで、ピリついた雰囲気を誤魔化した。
「……えっと、相沢 颯真。一応俺も今日が初めてなんだけど、よろしく花咲さん」
なんとか彼女の態度を柔らかくしようと、俺も挨拶をする。
しかし、全国に行ったのか。中々凄いのだが、もしかしてこのチームに配属されたことに不満でも持っている感じか?
「ああ……。相沢さん、ですか。知っていますよ。小鳥遊さんの分析に、試合見させてもらいました」
「え、あ、うん。そうなんだ」
「彼女の『二軍』に負けていた方ですよね。追い詰めて勝ち筋まで作っておきながら、最後は壁をドーム型にして薄くしてしまったミスで貫かれ、無様に敗北してました」
「……あ、うん」
うわ……苦手なタイプだ。
俺の心がそっと、彼女から距離を取る。
「貴方が勝ち上がって来てくれれば、優勝は私でした」
「そう?」
「……ええ。二つの呪文を使えるからって、調子に乗らないでくださいね」
揺らぎない瞳に、俺は苦笑いだ。
まずい……早速、嫌になってきたぞこの天義組。
「では、顔合わせは済んだので」
そう言って、彼女は去っていく。
なんて強烈な女だ。しかし二回戦敗退とはいえ、負けたのが優勝者の小鳥遊となれば夜廻組からもスカウトされそうだがーーなんたって、天義組に。
「えっと……永瀬さん、彼女は」
「す、すまないね。彼女は和歌山の県別予選を優勝した『藍玉の指揮者』なんだが、あの性格だろう? 実力は間違いないんだが、夜廻組は手を引いたらしくて、佐之組の支店は近くにないしうちに来たというわけさ」
「「ああ……なるほど」」
飯田さんと俺はそれぞれ納得したように頷く。
「……相沢君。歓迎するよ。複数の呪文使いは、本当に貴重だ。我々が習得できるかは分からないが、是非伝授してほしね」
「まあ、何はともあれよろしくっす……」
飯田さんは俺に向き直り、疲れを滲ませたような声で俺に言った。
小森も苦笑いのまま、小さく手を差し出した。
「……あはは……はい」
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『そろそろ良いかしら、颯真』
天義組のビルを去りながら、俺は頭に届く声に眉を顰めた。
脳内に直接響くのは、聞き馴染みのある声である。
「……そうだな」
俺はスマホに耳を当てながら、答える。
当然誰にもかけていない。
俺に話しかけているのは、聖遺書の中にいるアンナだ。
聴覚を共有しており、彼女は聖遺書の中でも意識を保っている。
『私の索敵能力で、人目が完全にない場所を教えるわ。そこで召喚して頂戴』
「ああ、分かってる……」
この様子だと、まだまだ隠している能力がありそうだ。
まあ王印を宿した以上、ある程度の覚悟はしていたが、毎度毎度驚かされる。
俺は人目のない路地に行き、アンナを呼び出す。
「じゃ、デートと洒落込みましょうか。ねぇ、颯真?」
目の前に現れた蠱惑的に微笑むアンナに、俺は面倒毎が続くことを予感せざるをえなかった。




