62話 準決勝
『さあ、いよいよ始まります。使役師選定、準決勝。注目の一戦、小鳥遊 結奈選手対相沢 颯真選手の試合をお送りします』
番組が始まって、VTRも終わった。
三分後には、選手達が入場する。その場繋ぎを、アナウンサーの長谷部という男性が任されていた。
彼としては小鳥遊選手の試合の実況が苦手だ。
大抵一方的な展開になるため、コメントに困る。なのでテレビ局の方針上、小鳥遊を分かりやすく褒めたたえツラツラと彼女の情報を述べる。
有名人を使って視聴率が取る。至極単純な方針だ。
だがそれは彼がかつてこの業界に入った時にやりたかった仕事ではなかった。
この短い期間の間でも対戦相手の身内から、実況は贔屓しすぎだというクレームが二、三件来たのもその裏付けだろう。
彼は一人、気を吐いて口元をマイクに近づけるのだった。
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互いに使徒を出し合い、今まさに試合が始まろうかという瞬間にいる。
「やっぱり相手は等級が高いな……」
チラリと出された相手の使徒三体を盗み見る。
十三等級の使徒、大天使。
十二等級の使徒、水精霊と朱雀。
その等級の中でも上澄みの使徒達だ。
一応この大会は基準として十三等級まで、という制限があるものの、その上限値の使徒達を揃えられる人間はそうそういない。
ちなみに十三等級までの理由はスピネルの宗教観である十二という数字に一を足したから、だと言われている。
「私たちだって負けてないわ。でしょう、マスター?」
アンナに言われ、俺は気を取り直す。
「そうだな。みんな、作戦通りに頼む」
使徒の等級付けは絶対じゃない。
上手く駆使すれば、第一等級でだって十三等級を倒す事は可能であるのだから。
『試合開始!』
ブザーが鳴った。
俺はまず定石通り相手の出方を伺うことにする。
先に動いたのは敵方の水精霊と朱雀。己のマスターの周りに集まり始め、まずは陣形固めかと認識したその刹那。
視線を誘導された隙に魔法を練っていたアークエンジェルから、羽の矢が放たれる。眼球に迫るそれを、呆然と立ち尽くしながら眺めて。
ーーカキン
素早く察知したフェリスが切り落とした。
……相変わらず頼りになる機動力だ。
「様子見がしたいなら、後悔しますよ?」
「……好戦的なようで」
相手の投げ掛けた挑発に、冷静な返答をしながら相手を見る。
相手は既に隙のない陣形を組んでいて、大天使は追撃の矢を引いている。
その大天使の無感情な瞳が、酷く冷徹に映る。
『「羽矢」』
「アンナ!」
相手の攻撃に合わせ叫んだ俺に、呼応するような氷の物体がアンナから練られた。
『氷盾』
盾形のそれは敵の攻撃を上手く衝撃を流しながら弾く。
その隙にようやくこちらも陣形を組み終えた。
後出しで陣形を作った分、このまま衝突すれば有利だろうが、相手の隊列を作る速度があまりにも洗練されていてーーそれでいて隙が無い。
「『水竜』」
「『炎花』」
間髪入れずに相手から魔法がかけられる。
先に隊列を組まれている分、こちらが後手に回り続ける状況になっている。
けれど魔法を編み始めた段階でその攻撃は読んでいた。
威力は明らかに相手の方が上だが、有利な属性をぶつければ問題はない。
「アンナ、リリィ!」
先を予測していた分、陣形を組みつつもリリィ達に魔法を組ませていた俺はその攻撃に間に合うよう魔法をぶつける。
「『氷壁』」
「『風嵐』」
氷の壁が敵の水魔法を、風の壁が敵の炎を蹴散らす。
「……っ。防ぎましたか。なるほど……、良い対応力です」
「光栄だよ。小鳥遊さん」
ようやく序盤の遅れを取り戻せたことに安堵しつつ、一旦落ち着いた戦況を見てこちらから仕掛け始めたのだった。
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観客の殆どは、そのド派手な技が飛び交う戦場を見て興奮の熱に包まれていた。正に一進一退と言えるそれは、最高のエンタメをもたらす。
その観客の中には圧倒されたように試合を見つめる樋口や、元士官学校所属で試合を興味深そうに眺めるシャネルもいたがーーこの三人は明らかに違う視点で見ていた。
スカウトマンの三人である。
下っ端であり、大して採用枠も与えられてない身とはいえ、業界最大手の三大組のスカウトマンを務める彼ら。
「初っ端からレベルの高い……」
「相手が様子見に入るのを見て、速攻で先手を打った小鳥遊選手もそうだがーーそれに対する相沢選手の対応力も本当に見事だな」
「はい。勿論後手に回れば不利になるのは使徒の真っ向勝負では劣る相沢君ですが、彼もそれを分かっていたんでしょうね。リスクを犯して相手の動きを見ずに放たれる魔法を予測するーーその判断力の速さと度胸の高さが良い」
三人が各々に相沢への賞賛を口にする。
小鳥遊に関しては言うまでもない。天才だ。本物の天才だ。試合運びの上手さも、技量の高さも、そして少し不利な状況になってもすぐに立て直すメンタリティは。
既に一流と言っていい。
だからこそ彼女との試合をひっくり返すには、予想外の切り札が必要な訳で。
特に夜廻組のスカウトマンである八代は、その札が切られる瞬間を見逃すまいと食い入るように試合を見ていたのだった。




