59話 優先度
ホームルームが始まる前の喧騒に包まれた中、ドアを乱雑に開ける音が響いた。
「悪い、相沢。ちょっと来てくれ」
数少ない友人の一人……斎藤から呼び出しがかかった。
顔を見合わせるクラスメイトは、ポカンとした様子だ。
「ああ、構わないけど」
俺は何だろう、と疑問に思いながら教室を出て、斎藤に付いていく事にした。
後に続いて、美香も俺の背後を付いてこようとドアに手をかける。
「篠沢さん? 悪いけど、呼んでるのは相沢だけだから」
斎藤は付いてこようとする美香を止める。
そしてその呟きに、興味を持って俺たちに視線を向けていたクラスメイトは空気を読んでか俺たちから視線を外した。
……それから、案内されたのは人気のない廊下だった。
あまり遅れればホームルームの開始に間に合わなくなる。
そんな一抹の不安を抱えつつも、俺はそう重く受け止めずに場所へと向かっていた。
ついた先には、四人の男子がそこにいた。
俺が普段からつるむメンバー……田中、村井、藤井にーー軽井晴だった。
「なあ、相沢」
静かな怒気を含ませた声で、ハルは俺の胸ぐらを掴んだ。
状況を若干飲み込めないまま、俺は冷静に答える。
「……落ち着け。どうしたんだよハル」
「お前、池田に告白されただろ?」
「は……? ああ、そうだが……」
状況を飲み込めないまま、言う。
少し苦しい、とぽんぽんとハルの手を叩くと、手が緩められた。
「なあ……どうして俺に何も言わなかったんだよ」
「は?」
「だから……! 俺が池田さんの事好きって知ってたのに、お前どんな気持ちで俺と話してたんだよ! ちょっと相談してくれても良かっただろ!」
溜め込んだ怒りをぶちまけたハルに、俺は口を閉じるのを忘れる。
ゆっくりと、記憶が巡り出して掠れたほどのぼんやりとした言葉が蘇る。
ーーマジかよ、ハル!
ーーお前池田が好きなの?
それから、ようやく思い出した。
興味がないが故に、まともに聞いていなかった話を。
「えっとーーごめんお前の気持ち、忘れてて」
「忘れるって……おかしいだろ、だって俺ら何回もネタにして弄ってたじゃん。忘れる訳ないだろ」
「相沢……?」
後ろにいた斎藤や藤井がすかさず、口先の俺の言い訳を突っ込む。
何故忘れていたんだろう。
昔は、ハルの話なんて妙にずっと頭に気にかかっていたのに。
「俺らの友情って、そんなもんだったのかよ」
……ああ、そうか。
俺が、あいつに嫉妬しなくなったからか。
だから、どうでも良くなったんだ。
「ごめん、話聞いてなかったんだ」
「ど、どういう意味だよ」
雰囲気がガラッと変わり、淡々とそう告げる俺に、周りが異変を察知する。
「本当に、話に興味なくてさ。俺、人の恋愛事情とか気にしないから。だから、ごめん」
「だとしても……!」
俺がそう吐き捨てると、ハルのボルテージが下がりながらも口は閉じない。
その時、チャイムが鳴った。
俺たちは会話を交わす事なく、黙ってクラスに戻っていく。
ーーもう、潮時か。
どことなく分かっていた。
俺は、彼らとは合わない。どこかで仲違いする。
彼らが向けてくる友情に、俺は応えられない。
……俺は。
確かに向けられた怒りと憎しみの目を受け止めながら。
友達がいなくなったのを、理解した。
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それからの一週間、俺は一人で過ごしていた。
あの事件以来、少なくともハルと関係を修復するのは無理そうだった。するといつもの斉藤らのメンバーも、ハルを差し置いて俺とだけ仲良くする訳にもいかなくなる。
結果として、彼らは俺を避けてハルと前のように仲良くする事を選んだ。
あの後、噂が広まったらしい。
俺に対する疑惑は晴れているものの、ハルとギクシャクしている事を察してか少し腫れ物扱いされている。
これは俺から友達が消えたのが大きな原因だろう。
一人で過ごすようになって、俺をハブるという流れが出来たらしい。
グループ決めで余り物と化してしまった俺に、押し付けられたクラスメイトらは気まずい顔をする。
そして最後の砦である、美香はというと……少し会話をかわしてはいるものの、やはりどうしてもお互いの中で気まずい空気が流れてしまっていた。
二人で会う時も妙に人目を気にしてしまい、時間を作れないでいる。
「え、えと……明日さ、試合テレビで応援するから。頑張ってね」
けれど、こんな状態でも俺に付いてきてくれている事を、嬉しく思う反面不思議にも思う。
「ありがとう」
……俺は美香のことが好きなのだろうか。
俺に、美香は勿体無い。
彼女を巻き込んでしまったのは俺だ。
彼女の為を思うなら、きっと俺から……。
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十一月十一日。
十七度ほどの気温の中、パーカーを着て俺は会場に着いた。良い感じの空調に心を落ち着かせ、更衣室で戦闘用の格好に着替えると俺は待機室に座る。
今や四人まで減ったこのトーナメントでは、待機室は選手各々の個室と化している。
待機室の席は柔らかく、壁に背中を当てながら俺は会場内の様子を写している大画面のスクリーンを見た。
会場内に入る時の混雑から分かる通り、会場には万規模の観客が入っていて、大会の注目度の高さを改めて痛感した。
最も、観客の目当ては注目の小鳥遊選手だろうが。
俺は軽くネットの声を調べてみる。
前の俺の試合は熱心なマニアっぽい人によって百前後の投稿があったくらいだが、今回はテレビ放送な上、相手は小鳥遊優彩だ。
軽く数千を越した投稿の数を見て、改めて注目度の高さを実感する。
殆どが小鳥遊を中心に投稿している。
俺が勝つと思っている人は一人もいない。
そんな中、動画のURLが腹れた投稿に目が止まる
『【悲報】小鳥遊結奈の準決勝の相手、負けが確定する』
その宣伝の返信欄にはたくさんのコメントが付いていた。
多くは俺の勝ち目がなさすぎて可哀想、といった書き込みだ。小鳥遊のファンらしい方々の応援コメントもある。いくらスクロールしても、誰一人として俺が勝つ予想はしていない。
随分と好き勝手言ってくれる。
俺は電源を落とし、息を吐いた。
はっきり言って、恐らく今回の対戦相手である小鳥遊選手は、この中で一番強いだろう。
できるなら決勝で会いたかった相手だ。
でも、こうなった以上仕方ない。
俺は、小鳥遊という天才がどれほどの物なのかを知らない。
まだ戦ったことがないから。
自分の実力がどれほど通用するのか、まだ分からない。
だから全力で挑むだけだ。
ここで勝って、周りの全てを黙らせれば良い。
観客の視線と歓声の全てを掻っ攫いたい。全ての賞賛と愛と注目を一身に受けたい。そんな欲望が心中で渦巻く。
……そういえば、試合前にインタビューがあったっけ。
今日も猫を被ろう。
長らく本当の自分がどういう性格だったのか、忘れている気がする。
もしかしたら過去を振り返れば、思い出せるのかもしれないがそれは俺が捨てたものだ。
でも構わない。
どうせ。
本当の俺は、誰にも愛されないのだから。




