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58話 印象

ご報告。2/10

59話と60話に変更点を加え、一つの話として統合しました。






 リリィとの話を終えた次の日の事、俺は学校へと向かっていた。


 いつものようにシャワーで汗を流し、教室のドアを開けると、一風変わった雰囲気に俺は違和感を覚える。


 妙な視線の多さを歩きながら、俺がとりあえず普段の席へと座ろうとすると、足が止まった。一人の生徒を中心にできていた人だかり。俺はその人物に、見覚えがあった。


「池田さん?」


 どうかしたのだろうか、と疑問に思う。しかし俺からみんなの視線が外れない。誰か説明してくれないかな、と呑気に思っていると、途端にあちこちから言葉が濁流のように押し寄せた。


「池田さんに告られたってマジなの!?」

「彼女いるから、って振ったって本当?」


 言い寄られ、俺は言葉を一つずつ拾おうとするが、処理しきれない。


「ちょっ、待って待って」


 俺はなんとか落ち着きながら、大体の事情を把握しようと言葉を拾う。まず、何故か昨日の池田さんとの告白の話がクラス中に広まっている。


 俺は誰にも話してないし、まさか他言しないで欲しいと約束した池田さん自身が広めたとも考えにくい。



「まず、何で知ってるの?」

「クラスチャットで広まってたんだよ。それで池田さんが今……」


 クラスメイトの一人から事情を把握し、俺は池田さんをチラリと見る。


 微かに響く啜り泣く声と、彼女を囲むクラスメイト達が親身に寄り添う様子を見て、俺は大体の事態を察する。


 彼女は誰にも言わないで、と言っていた。

 それが今日学校に来たら広まっていて、ショックを受けたって事だろう。


「つまり、誰かが広めたせいで……ってことか」


 通りでギクシャクした雰囲気が漂ってるわけだ。


 そしてクラスの中の何人かから、俺に敵意の視線を向ける連中に気づく。

 以前から俺に悪感情を向けて来ていた連中だ。


「あのさぁ、良いから吐けよ! お前がやったんだろ、相沢!」


 目が合った瞬間、そのうちの一人が罵声を浴びせてきた。

 こいつは確か、下澤というクラスメイトだ。


 以前クラスメイトの誰かが冗談で二人の内、『下の方のざわ』と言ってクラス中が爆笑したのをきっかけに、俺をずっと嫌っている奴だ。多分俺はそんなに悪くない。

 

 俺が目を点にしていた態度が癪に触ったようで、下沢は俺に詰め寄りながら言った。


「池田さんはな、お前に広めるなって言った上で今日まで誰にも言ってなかったんだよ。なのに学校に来たらみんな知ってたって、どう考えても犯人はお前だろ!」


 大声で発言したことにより、教室内のクラスメイト全員の視線が俺に向く。


「だよな」

「まあ相沢だろ」


 そしてその内の少数が向ける敵意の視線や、こそこそとして言葉に当てられてか、猜疑心が強く俺の身に突き刺さる。


 ……最悪だ。


 俺は状況を素早く理解すると、穏やかな声で述べる。


「あー、なるほど……ごめん、誤解なんだけど俺は言いふらしたりなんかしてないよ」


 正直、どう弁解するのが正解なのかが、浮かんでこない。

 けれど。


ーー賢くあること


 まず優先するのは、俺の印象を下げないこと。


 今俺が処刑場に立っていないのは、俺の今までの積み上げて来た印象のお陰でみんな半信半疑だからだ。


「はぁ? でもお前が友達に話したって噂だぜ?」

「それさ…………」


 それさぁ、どこにそんな証拠がある訳? と言いそうになった言葉をつぐんだ。

 しまった、喧嘩腰の言葉にムカついて言い返しそうになった。昔からの悪い癖だ。


 腹の中に渦巻く熱を自覚し、怒りを顔に出さないようにする。

 

 落ち着け。彼らは幼い、未熟な子供達だ。


 彼らを許せ。

 怒ってはいけない。


「それって、どうやって広まったか分かる? 俺、あの後は放課後だったしすぐ帰ったから友達と話したりはしてない。多分、たまたま現場にいて、盗み聞きした人が俺から聞いたって(てい)で広めようとしたのかも」

「……いや、けど」

「話してる最中結構な人が通ってたし。多分そいつも悪気があった訳じゃないと思うんだよ」


 まず、俺が無実を証明できる根拠。

 そして、犯人を責めない優しさを見せつける。


 周りの視線からも、俺に対する信頼度が若干増えた。


「いやいや、そんなの全部言い訳だろ! じゃあお前、アリバイでもあんのかよ!? 犯人の可能性が一番高いのは、どう見たってお前じゃねえか!」


 それでも下沢は食い下がる。


「ーーアリバイならあるよ」

「は?」

「颯真は放課後私と一緒に帰ったし、告白されてからロッカーに来るまでは誰とも話してない。……私、池田さんが颯真に告白するとこ見てたから」


 突如として割り込んで来た声に、全員の視線が行く。

 

 勇気を振り絞ったような顔色で、美香は裾を握りながら、しかし精一杯の声で主張してくれた。


「美香……いつから」

「さっき。ごめん、遅くなって。桃花から話は聞いて、助けなきゃって思って」

「……ありがとう。助かる」


 情けないことに、本当に助かっている。


 あの告白を聞かれていた事は初耳だったが、名乗り出てくれた美香の姿が。普段の何倍もカッコよく見えた。


「むしろ、下沢君が犯人じゃないの? クラスチャットに最初に書き込んだのって、下沢じゃん」

「あ、確かに! 今朝も池田ちゃんが来るまで、積極的に言い回ってたよね?」


 美香の糾弾に、彼女の友達である桃花も援護する。

 一気に状況が変わった。


「お、俺じゃねえよ! てか、そうだ西田! お前だっただろ、俺に教えたの! お前ヤバいもん見たって俺に笑いながら話して来たじゃねぇか!」

「は、はぁ!? 俺でもねぇよ!」


 突然、気配を消していた西田にスポットライトが浴びせられ、彼もしどろもどろになりながら無実を訴える。


「嘘つけ! こっちはメッセージアプリでのやり取りも残ってるんだよ! 今見せてやろうか!?」

「そ、そんなの偽造だろ!?」


 言い訳が苦しくなった所で、とうとうチェックメイトが刺された。


「え、偽造とかできる?」

「むずくね?」

「うわ、犯人西田かよ」


 断定した口ぶりの面々に、西田は顔が真っ青になる。

 俯きながら、処刑場に上がる囚人のような悲壮感を漂わせていた。


「なあ、そもそも何で俺だって思われてたんだ?」


 事態が解決したところで、俺は適当なクラスメイトに質問をする。

 すると予想外の返事が返ってきた。 

 

「だってお前池田さんに告白されてる時、めっちゃ塩対応だったって池田さんが言ってたし。そしたら下沢が、裏で約束破って誰かに話してても不思議じゃないって言い出してさ」

 

 ……とんでもなく事実が捻じ曲げられてる。


 自分的には頑張って紳士的な対応をしたつもりだったんだけど。それに相手の納得できる理由で断ったつもりだ。



「池田さん、こんな騒ぎになっちゃってごめん。俺は誓って、池田さんとの約束は破ってないよ。それと、あの時もっと君の気持ちを考えるべきだった。傷付けてごめん、許してくれないかな?」


 俺は事態を締めるため、池田さんに近づき謝った。



「………ぁ………っう………ぇ」



 鼻を啜る音がした。か細く何かを言おうとしているが、俺には聞こえない。


 俺はゆっくり待つよという事をアピールするように、少し屈んで相手に目線を合わせつつ、ニコッと笑って怒ってないことを伝えた。


「ごめん、もう一回言ってくれる? 聞き取れなくてごめんね」


 俺が悪い、と口先だけの謝罪をする。大人のみんなはどうなのだろう、納得出来ないことにも心から反省できるのだろうか。


 謝る度に、こんなにも納得出来ない息苦しさや、理不尽さによる怒りと悲しみの混じった感情が芽生えたりするのだろうか。


 おかしいのは、俺だけなのだろうか。

 


「………ご、めん」

「ううん、こっちこそ本当にごめん。色々言われたりして、ずっと大変だったよね。でも池田さんは悪くないから、気にしないで」


 俺がそう言っても、もう周りから声は上がらなくなっていた。俺の印象が良くなったせいか、責め辛くなったのだろう。


 一部はまだ俺を敵対する目で見ているが、彼らは元々俺を嫌っていた連中だ。あれに関してはどう頑張っても無理だ。


ーー俺の吐く言葉の殆どは、空っぽだ。


 けれど、言葉に感情は追いつく。口先だけでも謝れば、相手の態度は変わるし、最初は嘘でもそれが本当になる事だってある。


 この嘘は悪い事なのだろうか。


 事態が収束に向かったのを察してか、皆席へと戻っていく。その時、ドアから人影が見えて、俺は思わず視線を向けた。



 まだ。

 混乱は、終わらないーー。

 


変更前は陰湿さが目立ちすぎたので、これでマイルドになったかと思われます。

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