54話 準々決勝
スタジアム内に大きな歓声が湧き上がる。
試合が決し、息を切らしながら地面に崩れ落ちる男子に小鳥遊 結奈は近づいた。
「大迫君だったかしら? 貴方の気迫、素晴らしかったわ」
そう言って小鳥遊は負けた相手に向かって手を伸ばした。
彼は差し伸べられた手に、悔しそうに奥歯を噛んでから、しかし小鳥遊の手を借りて立ち上がった。
「私の手を取れるなら、腐らないわ。何度でも立ち上がりなさい」
そう言い残す小鳥遊の背中を、負けた相手はただ見つめることしかできない。
天才だった。
手も足も出なかった。
学校だと一番の天才だったのに、本当の天才である彼女は、一生かけても敵いそうにない相手だった。
あの試合でできたのは、最後までみっともなく諦めない事くらいだ。
彼は敗北感と悔しさの涙が出そうになるのを耐え、自分の拳を強く握りしめた。
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宮下 詩乃は己の使徒を呼び出し、作戦を吟味していた。
先程までは会話していたのだが、待機室に次の対戦相手である相沢が入って来てから、というもの少し過敏かも知れないが口を閉じ、一人で作戦を組み立てていた。
目の前にいる彼女の使徒は三体。
赤いローブが特徴のメフィスト(十一等級)、魔法書を手に持つサタナキア(十一等級)、狩人の格好をしたバルバトス(九等級)である。
それぞれが男性で、本来伝承では醜く不潔で息が臭いと言われる人型の悪魔とは違い、彼らは清潔で端正な顔立ちだ。代わりに伝承の能力の全てを受け継げているわけではないが、それほど致命的なものはない。
……よし、これで行きましょう。
「行くわよ、みんな」
彼女は作戦を決めると、己の使徒たちに声を掛け聖書に戻ってもらうよう指示した。彼らはいずれも無表情で感情を見せないまま頷き、聖書へと戻っていく。
宮下 詩乃は表情を見せず、端正な顔立ちで無表情キャラに近い彼らをよく思っていた。
………ただでさえこの次の相手は小鳥遊選手なんだから、こんなところで負けてられないのよ。
彼女は強い気持ちで、ギリッと奥歯を噛み締める。
私はーー負けない。
彼女は足を踏み出した。
その瞳は目の前の対戦相手……相沢颯真など映しておらず、彼女が見るのはその先の景色だけだった。
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……火花が切って落とされた。
俺は真正面で彼女……宮下 詩乃と向かい合い、三十メートルの差の中ジリジリと距離感を図りあっていた。
俺のメンバーはリリィ、アンナ、フェリスの三体である。
対して相手のメンバーがメフィスト、サタナキア、バルバトスという悪魔パーティーだ。統一性があるのは弱点であり利点でもあるが、今回に限っては利点だろう。
悪魔パーティーは聖属性や光属性を使える使徒に弱いのだが、どちらも俺は持っていない。
更に、状態異常などの対抗策であるシャナは戦闘力が低いという理由で使うのに懸念が持たれた。
まず当然、戦闘が始まった瞬間に状態異常を喰らわないように上手く立ち回らなければならない。
その上でキーになるのはリリィだろう。
俺のパーティーの中でただ一人悪魔種に分類されるノーブルヴァンパイアである彼女には、闇魔法などの相殺をしてもらわなければならない。
そうなると魔法にかかりっきりになる為、前線を任せる事になるのはフェリスだ。
アンナも魔法抵抗は使えるから程度は大丈夫だろうし……。
俺が思考しながら、静かに作戦を念話で伝えていると、カウントダウンが着々と進んでいた。
『さあ互いに使用する使徒が決まり、試合が始まります。三、二、一……! 始めッ!!』
開始の合図と共に、俺はゆったりと武器である剣を構えた。
俺が戦いに参加することはそうそう無いだろうが、マスターが倒されれば終わりな以上、最低でも跳び道具から身を守れるよう注意しなければなるまい。
「挨拶がわりに一発。行きなさい、サタナキア! 」
「了解です、主人様。 催眠」
頭の横に悪魔の角を生やした男の見た目をしたサタナキアが淡々と手から波動を放つ。
それに当たらないよう、俺は避けながら、アンナに命令を下す。
「サタナキアの処理を頼む」
「ええ、了解! 氷槍! 」
アンナがサタナキアに牽制の意味を込めた氷の槍を撃ち放つが、一歩横にずれることで交わされた。
「メフィスト!」
「分かっております、主人……妨害」
次いで相手の悪魔、メフィストが赤いコートの中から腕を広げ、闇魔術を発動させる。
魔法抵抗を発動させようとするアンナを片手で制し、自身の体で魔術を受け止める。
走っていた右足が固まったように動かなくなり、体のバランスが崩れ視界が地面に近づく。素早く片手で地を打ち付け、受け身を取りつつ一回転する。
魔法抵抗の呪文をすることなく、射撃体制を取ったアンナは慣れた手つきで氷の矢を短い詠唱時間で生成し、正確にメフィストへと打ち抜く。
そのまま左肩に刺さって、ダメージが与えられるのを確認する。
俺は片膝をついたまま、痺れて動かない右足をチラ見し、左足に重力を預けたまま剣を地面に突き刺して立ち上がった。
そこへ狩人の外見の悪魔、バルバトスが距離を詰めたまま、銃の引き金を引き俺へと魔弾を撃ち放とうとして来る。しかし、懐へと死角から飛び込んで来たフェリスの鉤爪を銃身で受け止め、フェリスの連撃を素早く左手で腰から引き出した短剣で受け止める。
「ッ」
「危ないな、お嬢さん」
悪魔とは思えないほど端正な青年に擬態したバルバトスの無表情な軽口を、フェリスは睨み返し、嘲笑う。
「逃げられないよ、悪魔さん」
「私も、猫は狩らないんだがな……」
取り回しに苦労するであろう右手に持ったままの銃を、フェリスは弱点だと的確に見抜いた。
そのまま加速して距離を肉薄させ、銃身の向きを素早く変えられないマスケットを無効化する。右手でバルバトスのを短剣を抑え、左手で心臓を抉りにかかった。
「メフィスト!」
「主人は人使いが荒い……」
そこで、メフィストが矢が刺さったままの左肩を上げて拘束を使用し、フェリスの周りに現れた縄が急速にフェリスを縛り上げる。
言葉とは裏腹に不満気な顔は見せず、無表情のままメフィストは手を握りしめ、縄の拘束力を強くするが、フェリスは突き進んだ。
「ガァアア!」
「なっ、グッ……」
素早い詠唱だったにも関わらず、フェリスは縄に縛られながら鉤爪でバルバトスの心臓を抉ろうとした。縄が強い拘束力を発揮するが、腕に強いアザを付けながら縄を引きちぎらんばかりの勢いと形相で、バルバトスに胸元に傷跡を作る。
鮮血のエフェクトが舞う。
が、しかし、浅かったのかバルバトスは膝を着こうとした自身の体を銃身で支え、立ち上がりつつ短剣を投げる構えに入った。
「リリィ!! アンナ!!」
「任せて下さい」
「了解よ!」
リリィが雷撃を放ち、短剣を投げようとしていたバルバトスは回避に体を捻らせる。
同時にアンナが大技である水竜を相手マスターに放った。
水竜は相手マスターを守る為、射線に立ち、魔法破壊を詠唱するメフィストへと向かった。その間、アンナはあれだけでは仕留め切れないだろうと判断し、杖を用いて交戦のため次の魔法を詠唱し始める。
雷撃を放ったリリィは、その行末を追うことなく、炎槍を放って来たサタナキアと交戦する。魔法を交わし、距離を詰めナイフで首を掻き切ろうと目論むが、サタナキアは聖書を模した魔法書を開き、機械の触手を生成し防いだ。
……リリィの雷撃は、避け切れないバルバトスに確かに命中していた。だが、バルバトスは手傷を負いながらも短剣を放ち、本来狙った所では無いにせよ、フェリスの脇に浅く刺している。
フェリスは軽減された痛みに若干呻きながらも、己の鉤爪で素早く自身を拘束していた縄を切って解く。それから、短剣を引き抜いてから放り捨て、バルバトスに向き合った。
「っ……毒」
「ええ、お互い痛み分けのようだ……」
毒に顔を顰めるフェリスとは対照的に、バルバトスは少なくない筈の苦痛に無表情のままそう答える。人間とは違い痛みが無ければ戦闘に大きな支障が出る使徒は、痛みの無効化ではなく軽減が行われている。けれど、表情を変えないバルバトスにフェリスは疑問を投げかけた。
「痛くは無いの?」
「痛いですよ、ええ」
「じゃあ何で貴方は、その感情を偽るの?」
「っはは、それが使徒だからでしょうな」
「なるほどね」
フェリスは納得し、鋭い眼光で、獲物を狩る目をしながら鉤爪を向けた。
そして宣言する。
「逃さないよ」
「……怖いですな」
「怖い? 嘘だよ。悪魔なんだから偽る必要はないでしょ?」
「ふっ……少しは応えるとしましょう」
バルバトスは悪魔らしく、ニタッと口角を上げて嗤った。
それは悪魔としての作られた表情なのか、はたまたは純粋な感情から来る本心の表情なのか。
彼の首に下げられた水晶は、透明色のままだ。
フェリスにはその水晶が濁ったのかすら見抜けないまま、思う。
感情とは自由であって良いと思うのですが……まあ、主人が私のマスターのような人である方が珍しいのでしょうね。
「殺してあげるよ」
「狩ってさしあげます」
フェリスは鉤爪を構え、ふらりと揺らいだ。
……姿は消さない。
それが切り札だと分かっている。フェリスは自覚しながらも、その動きを辿るように爪を下段から素早く眼へと向かって突き出した。
一瞬の動きに何とか喰らい付いたバルバトスは、後方へと下がりながら顔を傾ける。鼻先を掠める鉤爪が遠ざかっていくのを目視するも、瞬間、避けるためにフェリスから目線を逸らしてしまったを後悔する。
視界から消えたフェリスはそのまま確実にバルバトスの心臓を抉り取った。
「ぐうっ!」
心臓を潰す感触を確かに捉える。
胸元を貫通されたバルバトスは血を吐きながら、それでも尚距離を取るように一歩下がる。
両手でしっかりと構えていた銃を持つ力が失われ、カランと音を立て彼は己の武器を手放した。
心臓を潰されてもなお立ち続けるバルバトスの生命力に感心しつつも、フェリスは下手に近づくことを警戒し、動かずに爪を構えたまま彼が膝を突くのを待つ。
瞬間、バルバトスは嗤った。
「いやはや。奥の手とは、隠しておくものですな……」
銃を落とし、力が入らないのかと錯覚させられていた彼の手は素早く動き、狩人の革色の服装で隠された背中からもう一本の短剣を取り出した。
「なっ、嘘ーー」
フェリスはバルバトスの行動を素早く察知し、止めを刺そうと動くが、それよりも早く毒が仕込まれたナイフは投げられた。
射線には交戦中のメフィストとアンナ、そしてマスターである相沢颯真がまとめて居る。
最悪のタイミングで投げられた、と舌打ちしたフェリスはバルバトスの首を落とす。
一方で、メフィストと交戦中だったアンナは、己のマスターの叫びによって事態を把握した。
「アンナ!」
メフィストは機動力の高さを生かしすぐに射線から外れるが、アンナは振り返った時には既に近くまで向かって来ているナイフに戸惑った。
クソ、まずい……。
俺はそう思いながら、必死に足を進め剣を構えるが間に合わないと確信する。
それどころか、アンナが避けれたとしても自分に当たる可能性があると思い、剣を構えた。
思い出すのは、初めてアンナと戦闘した時のこと。彼女は雪を投げ付けるだけの攻撃に目を瞑ってしまうほど、回避能力や防御能力が低かった。
杖を持っているが、あの細長い棒でナイフを打ち落とせるほど器用でもないだろう。
「怯むな、アンナ!」
だから俺は叫んだ。
力の限り。すると、目を閉じようとしていたアンナの眼は再び見開き、間一髪で直撃を避け擦り傷に終わる。
俺はそのまま流れて来たナイフを打ち落とし、すぐにフェリスとのパスを繋いだ。
『ごめんマスター! 私のミスで』
『いや、いい。それよりフェリス、まだ動けるか?』
『毒はきついけど、もうしばらくは大丈夫』
『悪いな、頼む』
『全く、どのマスターも、人使いが荒いよね』
フェリスは既に消えてしまっていたバルバトスを置いて、駆け出したのだった。
ランキングに復帰するまで後2ptが足りません……!
皆様、どうかブクマをお願いします……!




