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53話 リリィの決意

2/2日 設定に大幅な改善を加えました。


大会という名称を選抜式に変えました。

使役師闘技大会→使役師選抜式

全国大会→本選抜


といった感じです。


その他細かい変更点等は活動報告にて記させて頂きます。


 


 私が恋をした颯真様には、付き合っている人間の女の子がいた。


 きっと、私みたいな使徒にしか過ぎない使徒が、愚かにもマスターに劣情を抱いたのが間違いだったのだろう。


 

 私は、自分の中の恋心に蓋をしてしまっていた。

 だから、全部手遅れになった。


 初めて会った時、颯真様にはまだ付き合っている女性はいなかった。


 それこそ、初めて美香という颯真様の友人を紹介された時も、男女の関係にあるようには見えなかったし、だからこそ安心していた。


 

 こんな私でさえ、優しくしてくれるような颯真様には、私があっさりと恋に落ちてしまうような颯真様には、当然のように私以外の女の子がいて。


 そこでようやく、夢から覚めた。


 恋とは盲目だと、人はいう。


 熱に浮かされ、まるで夢を見ているかのようだった。いつでも頭の片隅には彼がいて、彼と一緒にいるだけで絶え間ない幸福感に、心は踊り、自然と嬉しさが表情に現れる。


 それは恋だった。

 紛れもない、年頃の女の子が理想の王子様に夢見るような恋だった。


 だからこそ、いつか時間が経つにつれ、その王子様は自分には振り向かないと知っていく。

 

 私は、叶わないと知ってしまった。

 恋を知らなかったとても幼い私の。淡く、都合の良い夢だった。



 きっと颯真様は、あの時、私が気持ちを抑えきれなくなって泣いてしまった時にある程度私の好意を悟ったのだろう。



 だから、私は区切りを付けるために次に颯真様に会った時、全部忘れてほしいと言った。



 私はもう、未練はないと言った表情かおで颯真様に嘘をついた。


 本当は、まだ諦められないのに。

 私は自分が思っているより醜かった。




 私があれほど固い絆を結べたと思っていた颯真様は、やっぱり私のことなんてただの使徒としか思っていなくて。





 ……私が人間だったら。


 使徒じゃなかったら。



 そんな考えが浮かんだ時、私は人間になりたいという在りし日の願望の、その動機が変わってしまっていたことに気づいた。



 死ぬのが嫌だった。

 記憶が消えてしまうのが嫌だった。


 だから、人間になって平和な世界に住みたいと願った。


 前のマスターのことはもう何も思い出せないのに、忘れたくないほど大切だったのだろう。ぽっかりと心に空いた穴をずっと抱えている。



 でも、今は死ぬかどうかより、颯真様のその横顔を振り向かせるには人間になるしかないと思っていて。



 颯真様はきっと、いつか私を人間にしてくれる。



 ……でも、その時にはもう彼の隣の席は私のものじゃなくて。



 彼の全てが。……頭のてっぺんから、まだ細くて真っ白な四肢の指先まで。彼の肉体の全てが、他の女に奪われている。



 他の女に手を付けられた。



 ひどく惨めだった。自然界と同じだ。望んでいたオスには他のメスがいて。私はそのオスに群がっていただけの、選ばれないメスだった。



 けれど何より。彼の心が、他の女に奪われた。

 そう考えるのが、一番、怖かった。



 あれほど願っていた、私が存在し続けている理由。人間になる事。それが叶ったとしても、もう彼の心が私のものになることはないのかもしれない。



 私は……。



||



「みんな。聞いてほしいことがあるんだが、いいか?」


 俺は最後、部屋を出る前に彼女らに改めて声をかけた。


「……はい?」

「構わないけれど、どうしたのかしら、マスター?」


 作戦は伝え終わったが、まだ話したいことはたくさんあった。

 

 不安を自分一人で抱えこむのが辛かったからかもしれないし、あるいは彼女達に信頼を示したかったからもしれない。



 とにかく、俺は一呼吸置いて話し始めた。


「……俺はこの試合に勝ちたい。勝って京都対異空高校からのオファーが欲しいんだ」


 思えば、誰にも話したことがなかった話だ。


 対異空高校に受かりたい、っていうのは姉さんや美香には話してたけど、京都の対異空高校に行くことは誰にも言っていない。


「京都対異空高校には………兄貴がいるんだ。俺が一番憎くて、一番越えたくて仕方がない人でさ。だから、次は絶対に勝ちたい。せめて次くらいは勝たないと、リリィ、アンナ、メイ、フェリス、シャナ。


 ──俺についてきてくれ。代わりに、俺が出来ることなら何だってする。これはリリィとも約束したんだが、それこそいつか望むなら、人間にだってさせてやるつもりだ」


 アンナ、フェリス、メイ、シャナ達はそれぞれ俺の言葉を聞いた瞬間、深く息を吸い込む。


 その目の色が隠し切れないほど変わっていて、今言ったことを彼女達は喉から手が出るほど欲しているのだと分かった。


「それは、本当か……マスター?」


 メイが鋭い眼で俺に聞いてくる。


 嘘だったら許さない、と言わんばかりの彼女の顔に俺はたじろぐ事なく、堂々と目をとらえていってやった。


「ああ、約束だ」


 力強く宣言した俺の言葉に、彼女達の目に渇望が宿り、表情に強欲が携わった。


 すると、ふらっとリリィが俺へと近寄ってきた。


 ……元々は、これはリリィだけとの約束だった。


「勝手に決めて悪いな、リリィ。代わりにもう一個、俺に出来ることなら何でもするから……ってリリィ?」


 俺はリリィに弁明するように言葉を並べるが、リリィが反応を示さないでいるのを見て顔色を覗き込もうとした。


 突如、リリィが更に近づいて、肉薄した距離で俺に囁く。


「ーー分かりました颯真様。代わりに、次の試合が終わったら二人だけで異空をのんびり探索しませんか? ………沢山、………話したいことがあるんです」

「……あ、ああ」

「忘れないでくださいね、約束」


 その言葉を皮切りに、リリィは俺から離れて悲しさを滲ませた顔をした。


 他の使徒達が、俺たちの行動に困惑したが何も聞くことはなく聖遺書の中に戻っていって、俺はシミュレーションルームが起動してある部屋を出る。



『勝者は小鳥遊 結奈選手です! 順当な結果となりました! 会場のボルテージも最高潮ですよ! いやぁ〜実に素晴らしい試合でしたね!』



 会場から響いてくる声が、この廊下からも小さく聞き取れた。


 会場の観客からは大きな歓声が上がっているようで、すごく盛り上がっているらしいと分かる。どこの新聞やネット記事も、事前にはこの選定式が彼女がどこまで成長したかを示す為の選定式になると言われていた。


 実際、観客の中にはきっと未来の日本を牽引していくであろう彼女を一目見ようと集まった人が大勢いて、俺たちはきっと彼女達の中での踏み台に過ぎない。



 ……小鳥遊 結奈。その実力は間違いなく本物だ。出来れば準決勝じゃなく、決勝で会いたかったが、彼女を倒して、本選定への切符すら掴めないまま敗退させて、注目を掻っ攫うという意味ではそう悪くはないだろう。



 ともかく、どちらにせよ目の前の試合に勝たないといけない。


 


 俺はスタッフに呼ばれて、会場の中へと入る準備を進めるのだった。

 

 




||








 会場の熱気と耳を劈くような大きな歓声が耳に入る。


 ざっと数千人はいる観客達に、少しばかり竦んでいた足は、歩き出した瞬間気にならなくなった。


 会場に入っていくにつれ、段々とはっきり聞こえるようになってきたアナウンサーの声を受け取って、俺は背筋を正し、反対側の出入り口から会場に入ってくる相手をとらえた。



『さあ、本日最後の試合になります! 対戦するのは相沢 颯太選手と宮下 詩乃選手! 準決勝へと駒を進めるのはどちらなのか! 残すところもあと僅か! 長らくお待たせしました、さあ両者位置に着きます!』



 アナウンサーが言う通り、俺は位置について、聖遺書を取り出していた。


 トーナメント戦の序盤は複数の試合をテンポよく同時に進行させていたが、準々決勝にもなれば一試合ずつアナウンサーの実況もつく。


 今観客にいる人たちは、全員が俺たちを見ている。



 プレッシャーも期待も全部噛み締めて、俺はドクドクと激しく、燃えるように熱く脈打つ心臓を右手で軽く抑えた。



『さあ、開幕です!』




 応援歌が耳を貫いて、心臓へとダイレクトに反響を鳴らしている。


 凡そ五万人近い観客を収容出来るスタジアムも、半分以上が埋まるというほどの人でごった返している。


 普段なら落ち着いて隣同士会話できるのに、現在は隣へに話しかけるのにも少し声を張り上げなければならないほどの苦労だ。


 そんな中、スカウトマンである八代は一人淡々と試合の行く末を見守るつもりでいた。


 

 二人の選手……相沢選手と宮下選手が入場すると、歓声が上がる。


 横では同じスカウトマンの村上と永瀬が話し込んでおり、入場を見る気はないようだった。

 それよりもどの選手に唾を付けておくか、という事に必死なのだろう。


 八代は自身の膝の上にあるタブレットに目線を落とし、二人のデータを表示させる。


「八代さん、今日最後の試合ですけど……この試合どちらが勝つと思います?」


 ふと、村上と話していたはずの永瀬に話しかけられた。

 村上も八代の回答に期待しているようで、永瀬の横でこちらに顔を向けている。


「む……そうか。君たちデータは確認していないのかい?」

「いえ、確認はしましたが……」


 その返答に、八代は呆れたように溜息を吐いて、真っ直ぐ今まさに試合を始めんばかりの二人の選手を見て答えた。




「個人的な予想だが……今日勝つのは宮下選手であろうな」

 


 忖度の無いその言葉を皮切りに、実況が大きく叫んだ。



『試合開始!』




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