49話 変化
初戦が終わった。
終わってみれば案外あっけないような気さえする。
そりゃあそうだ。トーナメント戦は予選とは違うとはいえ、精々制限時間も十分程度。
すぐに終わってしまう。
ぼーっとしながら会場の試合の様子を眺め、水を飲んで水分補給をしていると、気づけばもう二試合目が始まっていた。
「相沢さん。二試合目です」
スタッフさんに呼ばれ、立ち上がる。
胸には緊張した思いと同時に、勝つという強い自信が漲っていた。
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翌日。
更に二試合を勝ち終えて、選抜式の続きを来週に控えた俺は学校へと登校していた。
教室の前につけば、騒がしい喧騒が耳に入る。
あいも変わらず教室は賑やかだ。
教室をガラッと開けた。
「おはよー」
「おっす」
挨拶をすると返事が返ってくる。
席につき、俺はスマホを取り出した。それから鼻歌を口ずさむ。
「あれ、相沢なんか嬉しそうだな」
「……そうか?」
顔に出ていたのだろうか。
昨日は勝てて気分が良かったせいか、今日にまで引きずっているらしい。
「ま、いいや。な、十一話見たか?」
「見てない」
「マジかよ! くっそ良かったぞ! お前も見ろよな」
「あ、ああ……」
無邪気に話す斎藤の顔が眩しい。
けれど今までと違って、俺はその眩しさに目を逸らさずに真正面から受け止めることができた。
どうしてか、心が軽い。
「お、おはよー。相沢、何の話だ?」
「アニメの話だよ」
「なーほーね」
話に花が咲き、自然と俺は笑っていた。
それがどうしてだが、とても嬉しかった。
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放課後の正門前。
彼女が現れる。
その愛らしい整った顔に、わざとらしく少し膨らませた頬を携えながら。
腕を組みながら、誰かを──俺を待っていた。
「いこ、颯真」
短く、彼女は告げる。
どこか不機嫌さを感じられるその態度に、何となく触れて欲しいんだなと理解する。
甘え上手なところもまた、世間一般でいう可愛らしい行動に当てはまるんじゃないか、と気づく。
「うん、待たせてごめん」
自然に謝罪を混ぜる。
相手が怒っている時は、相手に謝ってしまう。
上手いこと謝らせずに、謝った俺は少し満足気に気を直した彼女の顔色を伺った。
彼女もまた意図を読み取るのが上手い。
「ねえ、今日女子に話しかけられてたでしょ。もっと距離取った方が良いんじゃないの?」
「えぇ……ごめん。中々邪険にも出来なくて」
「別に、颯真が悪くないのは分かってるんだけど。なんていうか、最近になってみんな急に擦り寄ってさ。ずるいよね」
「大丈夫だって。美香が一番可愛いんだし」
「……そういう所が良くないんだよね」
何故か疑われるような目で見られる。
浮気はしてないのに。
前に浮気した相手は半殺しにするかな、なんて冗談を言っていたので少し怯える。
心当たりはないので、大丈夫。
いらぬ心配をしながら、横目で隣に歩く彼女を見た。
「もういっそ女の子と話しただけで浮気認定しようかな?」
「人類の半分は女性なんだけど!?」
「あははっ。流石に冗談だから。気にしないで」
内心もしや本気なんじゃないかとビビった自分がいたのは内緒である。
「あ、そうだ。颯真」
「何?」
「私……颯真の事好きだから」
「……え!?」
「忘れないでね!」
逃げるようにそれだけ告げた、振り返って彼女はささっと消えてしまった。
この学校にはもう彼女しかいない。
彼女だけが、まだこの学校にいたいと思える理由だった。
俺は心の声に気づかない。
気づいてはならない。
気づけばきっと自分を嫌いになる。
きっと世界のみんなはそんな事なんて大して気にしていないのだろう。
愛に執着しているのは、俺だけで。この世で一番尊いはずの『愛』という感情の定義をずっと考え続けている。
……別にいいじゃないか。
好きか分からないまま、付き合ってたって。
人なんて、所詮そんなものだ。
なら、何故こんなにも胸が罪悪感で苦しいのだろう。
俺は。
本当は。もっと。
……人間として、生まれたかったのに。
俺は呆然とした気持ちで、頬を触った。
体温より少し高い熱が伝わる。
……自分の頬が赤くなっているのに気づく。
そうだ。大丈夫。
俺はちゃんと自分に恋をしてくれている女の子が、愛らしい。
心に浮かぶノイズが煩い。
それでも。
冬の訪れを想起させる秋風が撫でた熱が、消える事は無かった。




