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48話 県別本戦 初戦

無双回



 生まれた時から、誰にも期待されていなかった。


 俺は望まずして生まれた子供だったそうだ。


 既に兄という育成用の子供がいたのにも関わらず、宿ってしまった子供を親は軽い気持ちで産んだらしい。



 養育費などの見通しは全くなく、周囲に言われてようやく気づいた時には手遅れだったそうだ。 


 

 幕が開けた人生という名前のステージに、俺を待っていた観客は一人としていなかった。


 物心が付いた時には既に夫婦間での仲は悪化していたが、父は母親との離婚を選択しなかった。


 離婚しなかった理由は分からない。世間体からかもしれないし、それ以外の理由からかもしれない。


 けれど。

 父は金泥棒と罵り、俺をとことん嫌った。



 暴力沙汰は日常茶飯事だったし、体に痣が出来ることもしょっちゅうだった。



 それでも気にしなかった。

 幼い頃から、父を嫌っていた俺もまた、彼を父と思う事はなかったからだ。


 頼りは母だった。


 母は、やっぱり降ろすべきだったと、俺を鬱陶しく扱っていたにも関わらず、俺は母を盲目的に己の『親』というただ一つの事実だけで慕っていた。



 母は父とは違った。

 彼女は頻繁に手を出す父とは違って、俺を殴ることは比較的少なかった。



 あざが出るまで殴られることが普通だと思っていた当時、人格を否定し躾程度の暴言暴力程度に収まっている彼女の行動を、俺は『優しさ』だと勘違いした。



 俺はもうあの環境から抜け出し、母を慕ってはいないけれど。

 強烈な思い出と感情は、未だに色褪せることなく心に染み付いている。



||



「改めてよろしく、木崎君」

 

 もうそろそろ試合開始の合図が始まるかというところで、俺は彼に再び挨拶をした。

 これは一種の挑発だ。


 君相手なら余裕だよ、という視線を込めて送り相手の心をかき乱す。


「うん、ありがとう、相沢君。

 でも試合が始まったら………うん、僕が勝つよ」


 彼の雰囲気が変わる。

 長く伸びた前髪から見え隠れする眼球には、強い闘志がこもっていた。 



 ここまで来てるのだ。

 彼は少なくとも、見た目通りの弱者ではない。


 人を打ちのめして来た力を持った、立派な使役師だ。



「いや、勝つのは俺だ」

「……」


 だからこそ、真っ向から否定する。

 一切の揺るぎなく。どちらが強者かをまざまざと言葉で見せつけるように。


「少なくとも君には、負けないよ」

「……っ、確かにさっきは助かったけど……でもーー舐めないでほしいかな」

 

 バチバチと火花が視線の間に散った。

 

 闘いへのスイッチが入ったのか、彼の威圧が変わっている。

 立ち方が変わり、突っ立っていただけの足は軽く足踏みを始めている。



 ……彼の構えた武器は様になっていて。



 先程まで話していた気弱な人間は、どこにもいなかった。


 次の瞬間、ブザーがなって、試合が始まる。


「打ち込め!」


 その言葉と共に戦闘の火蓋が切って落とされた。


 リリィ、メイ、アンナの放つ攻撃は一斉に相手へと放たれていき、雷撃、水砲、氷剣の一斉射撃は相手へと襲いかかる。


「行くよ!」


 しかし、開始と同時に近接攻撃が主体の彼らは、マスターごとこちらへと真っ直ぐ向かってきている。


 木崎君の言葉が、強く心に響く。

 

 雷撃が交わされる。それから開始と同時に巨人へと変貌したスプリガンが水砲を弾くように拳で振り払い、氷剣を巨人のオーグリスとゴブリンロードが己のマスターに寄せ付けない。

 

 猪突猛進という言葉が似合うだろう。全身が傷だらけになりながらも、激しい攻撃を防ぎ切り、接近してくる彼らに俺は一筋の汗を垂らし、命令を送る。


『攻撃を修正するぞ! 雷撃の対象はゴブリンロードに、水砲の対象は相手マスターに、氷剣はゴブリンロードには撃ち落とされるが、オーグリスとスプリガンに対しては有効だからそちらに攻撃しろ!』


 迫り来る相手のプレッシャーを受けながら、第二弾の命令を行う。


 ……修正された攻撃は、想定通り雷撃は防げないゴブリンロードに有効なダメージを与える。


「止まれ……!」


 先程の氷剣でダメージを負ったオーグリスと、多少なりとも手を痛めたスプリガンに氷剣が痛手を追わせていく。


 その攻撃がたまらず彼らの足並みを崩し、速度を緩ませる。


「っ……もう対応されるなんて……!」


 また、マスターに放たれた水泡を防ぐ為手の甲ではなく掌で弾いたスプリガンは、前回よりもダメージを喰らう。


 命令が通じている事に手応えを感じながら、第三弾を放つ距離の余裕はないと判断する。同時に俺は近接戦闘における立ち回り方について指示を始める。


「一番機動力のないアンナを守りつつ、うまく交わしてくれ! アンナはあまり動かなくて良いから、攻撃と防御に専念するように!」

「了解……!」


 リリィ達に投げたその言葉と共に、彼女達は一つ一つ確実に一手を打ち続けて行く。


 相手の迫力たっぷりの攻撃をヒラリヒラリと交わし、防ぐ。一切のダメージを負うことなく、刃で切り付け、魔法を打ち込み、少しずつ傷をつけていく。


 交戦を交えるたびに、相手から鮮血が舞う。


「行ける……!」


 三体ともがそうだ。

 その華麗な姿に、観客の歓声が強くなる。


「つ、強い……! でも、まだだ! みんな、全力で突撃するよ!!」

「ーーガァアア!!」


 叫び、窮地に追い込まれた彼らの咆哮に地響きが鳴ったような錯覚さえ覚える。


 ……全員近接戦闘戦。


 十年以上前からある戦法で、パーティー全員で近接戦を行う事で遠距離攻撃が主体の相手に強いプレッシャーをかけれたり出来るのが利点だ。


 そしてこの戦術の根幹となるのが……マスター自身の戦闘能力だ。


「相沢君、君には押し切らせない……!」


 マスター自身が参加出来れば、ある程度の数的優位を取れる。

 だからこそ、相手マスターの戦闘能力が薄い場合、絶大な効果を得られる戦術なのだ。


 ……しかし。


「なるほど。意外と好戦的な性格なんだ、ね!」


 木崎君の大剣を受け流しながら、こちらも剣を突き返す。

 すぐに躱され、二撃目が来るのを肌で感じながら、再び間に剣を入れ、受け流す。


「勝つのは、僕だ!!」


 激しい攻防が場面を支配する。


「なら証明してみろ……!」


 こちらのパーティーとて近接戦闘が苦手なわけではないし、懐まで潜られて遠距離戦が封じられたとはいえ相手は既に手負い。戦況を鑑みると優位性は五分五分だろう。



 全てを委ねられた俺の手に、この勝負の行方が決まる。

 

 剣を交える。

 どんどん後退していく俺は、明らかに押されている。

 

 強い。使徒達は試合を有利に進めてくれているのに、このマスターのせいで命令を送る隙を見つけれず、決着をつけきれない。


 俺は剣が得意じゃない。剣道をやっていた訳でもないし、自衛の手段として振り回しているだけだ。


 相手はこちらの攻撃を受け流す技術が高く、攻めても全く手応えを感じられない。


 


 なのにあちらの攻撃は一撃一撃が重く響いて、手が痺れる痛みを感じる。



 けれど、後少し。

 時間を稼げば、勝利は俺のものになる。


 彼に向けられる闘志に負けないよう。

 俺もありったけの闘志を込めて彼を睨み返した。



||


 激しい剣の攻防が繰り広げられていた。

 観客やスカウトマンの目が、マスター同士が直接戦うやや珍しい光景に食いついた。


 片腕を挙げて、応援する者。

 ペットボトルの口から炭酸飲料を飲みながら、静かに観戦する者。


 何にせよ、その攻防には面白いと感じられるほどの熱い戦いが繰り広げられていたのだ。


「相沢君……思った以上の才能かもしれませんね」

「ああーー相手も強い筈だが……それを押し切るだけの対応力と、堅実に詰め手を打てる技量がある」

「凄い……もう彼の使徒が、戦場を壊滅させていますよ」


 スカウトマンらは既に勝負の行方を確信していた。

 分かりにくいが、ここまでの相沢は完璧な立ち回りをしている。


 それに自身を時間稼ぎとして作戦に組み込める胆力もあった。


 先に目をつけていたはずの永瀬は、隣で目を光らせてしまった二人に、小さくため息をついたのだった。

 


||



 苦しい。


 息を吐く。

 その一瞬さえ疲労と息苦しさで汗が頬を伝う。



 ……でも、勝つのは俺だ……!


 この大会にかける想いは。

 誰にも負けない。


「っ……スプリガンがやられた!?」

「決着を付けるぞ、木崎!」


 向こうで俺の使徒達は上手く戦いを進めてくれているようだ。

 俺は踏み込み、耐え続ける。


「押し切ってやる!」


 覚悟を吐き出し、そう吠える。

 だが彼も負けと言い返してきた。

 

「いや、先に君を倒してみせる……!」

 

 素早く息を吸い込んで、傷んでいるはずの右手で再び強く剣を握り締め、振り下ろす。

 必死で、ジンジンと右手を痛めていることは伝わるのに手は動いていた。



 不意に蹴りを喰らう。

 油断していた。


 宙に浮くも、体勢を強引に立て直し、追撃を横に避ける。


 相手の剣が自分に居た場所を切り裂くのを感じながら、一歩を前方に踏み出しながら、木崎の方へと剣を薙いだ。


「今だ!」


 壊滅していく敵からついに一体が倒れ、隙を奪ったアンナが氷矢を放つ。


 左から迫り来るう相手マスターの剣と、正面から自分を捉える氷の矢に目を見開きながらも木崎は避ける判断を下した。


 彼は俺から離れ、かつ氷矢の射線から外れる位置に体を移動させる。


(避けれる!)


 そう確信する顔を持った木崎君を見ながら。

 俺は余裕の表情で見返すように視線を合わせた。


 ……ブラフだよ。


 ザッ、という足音が一回だけ鳴って、俺は剣を振る構えだった姿勢から、しゃがむようにしてメイの斜線から外れた。


『水砲』


 水の塊が砲撃として放たれる。


「ぐぅっ!」


 怒号のような破裂音が響き、命中したと認識した瞬間、再びしゃがんだ姿勢から剣を振った。

 

(捉えた!)



 

 感触だけが残った瞬間、ブザー音と歓声が勝利を伝えてくれたのだった。

 





 相沢颯太、初戦突破。




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