45話 県別本戦 事前挨拶
最終予選からおよそ六日が経つ。
時間は自分で思っていたより、あっという間に過ぎた。
この一週間は本当に授業はロクに耳に入らず、ノートは戦術をひたすら書き込むばかりだった。
朝も昼も夜も、ノートと向き合う。
カリカリとシャーペンがノートを打ちつける音を、狂うほど聴きながら。
ただ無心でいたかった。
勝つ。ここまで来たらその二文字しか頭になかった。
気づけば週末になっていて。
刹那の如く、その時が来た。
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使役師選定式県別本戦。
その本戦へと、俺は駒を進めている。
本選に参加するのは六十四人。
ベスト六十四から優勝までがこの数日に渡る選定式によって決まる。
尚、本戦からは一般客の観戦も可能になる。
つまり、スカウトの目に止まる可能性が出てくるのもここからだ。
専門使役師として本気で頂上を目指すならば、全国に辿り着く必要がある。
……しっかりやらなければ。
誰かに認められたいなら。
折れてはいけない。
「じゃあ、ちょっと友達と遊んでくるから」
俺は家でくつろいでいた姉に告げて、靴を履いた。
「友達? いるのー?」
「いるよ! 失礼な」
確かに家の中の俺は無口な方だけど。
一応友達はいるし、学校ではちゃんとやっている。
俺の態度を察したのか、姉さんは口元を隠して小さくクスッと笑う。
その態度には、俺は不満げな顔を隠さない。
すると、彼女は前屈みになって崩していた姿勢を直した。
こういう仕草をするときは、決まって少し真剣な話を始める時だ。
平然とした顔でその仕草の意図を探る俺に、彼女はこういった。
「まあまあ。そんなバレバレな嘘つかなくても」
「……嘘って」
「姉の事舐め過ぎでしょ。選定式、行くんでしょ?」
見透かすような目で、彼女は俺に告げてくる。
驚きは意外にもなかった。
いつかはバレると思っていたし、むしろバレない訳がないと心のどこかで確信していた。
「……バレてたんだ」
「本当は、もうちょっと前から気づいてたんだけどね。言えなかったや」
「……うん」
酷く冷たい声で言う姉さんに、俺は静かに頷いた。
すると彼女ははぁーっとため息を吐いて、俺を見る。
「あのね、……まずはお姉ちゃんに相談して。ちゃんと私を……信じて。お願い」
「……ごめん」
想像していた言葉がそのまま俺に投げられた。
俺は素直に謝る。申し開きはない。悪い事をした自覚があったから。
「なら、いいよ。正直、背中を押してあげたくは無いし、本当はやめて欲しいとは思うけど。でも、私は止められる立場に無いからさ」
彼女は悲しみを堪えた顔で、笑顔を作る。
姉さんはやっぱり、俺のやりたい事を否定したりしなかった。
押し寄せる罪悪感を振り払って、俺も笑顔を見せる。
「……ありがとう。でも、観戦には来ないでね」
「何でよ」
「……家族が応援に来るの恥ずかしいし」
冗談混じりに言うと、どこか心が軽くなった。
姉さんは……やっぱり、大切な人だ。
「はー。珍しいこと言うようになったねー。これも成長かな?」
「しつこいな。もう行くよ?」
「はいはい。行ってらっしゃい、颯真」
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「はい。相沢 颯真さんですね? 後ほど会場まで案内いたしますので、あちらでお待ち下さい」
受付の人に言われ、俺は書類とIDカードを首にぶら下げて大部屋へと案内された。
適当な席を取って、俺は座る。
辺りを見渡すと、周りは参加者がほとんどだった。
中学三年と高校一年。
その年代が入り混じる訳だからこそ、親連れの参加者も多い。
まあ中学生ではあるし、不自然ではないけれど。
俺の場合、保護者の同意書があるから大丈夫だ。
「あ」
辺りを見渡していると、知り合いに気づいた。
河合だ。
目があったが、そっけなく逸らされる。
まあ二次予選を突破していたのは知っていたけれど、前回気まずく終わったのもあって仲良く談笑とは行かないのだろう。仕方がない。
携帯を触りながら待っていると、やがてスタッフの量が目に見えて多くなって行ったのが分かった。
その動向を注目していると、『ビーーーー』という大きなブザー音がなって参加者らの声が途切れた。
スタッフの内の一人がマイクに向かって話し始める。
『えー、皆様。本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。これより会場へと向かっていただくのですが、試合開始前に皆様には一言インタビューを行います。尚、保護者様の同行は出来ないため観客席へとお移り下さい』
ざわざわとざわめく会場と、別の女性スタッフにマイクを渡した、先程のアナウンサー。
『会場はこちらですので、各自名前を呼ばれたら会場へと向かってマイクをお拾い下さい』
その言葉と共に、ぞろぞろと出口へと案内されていく保護者らと、会場の様子が映し出されたモニターに目線をやる参加者達。
保護者らが移動し終えると、アナウンサーが話す会場の音声が聞こえてきた。
『さあ始まりました、大阪予選! 実況を務めますのはわたくし、長谷部と解説の』
『林です』
『では、画面に第三十二回選定式のプロモーションビデオを流させて頂きます!』
画面にビデオが流れる。
前回選定式のハイライトに合わせ、音楽が流れる。
それからテロップが挿入されていった。
『さあ、三十二回に渡る毎年恒例の使役者選手権選定式! ラウンド一と二では四試合を同時に行わせて頂きますがベスト十六の試合からは二試合同時、そしてベスト四からは一試合ずつ行います!是非とも楽しんで行ってください!!』
明るい声が響く。
スピーカーから発せられる声に耳を傾けていると、その意識は突然遮られた。
「相沢 颯真さん」
「あ、はい!」
「五十音順となりますので、最初に意気込みを語っていただくことになります。準備は宜しいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
そう言われ、俺は準備室から出た。
『さあ、次は参加者の皆様に一言意気込みを語って頂きます。では、最初は相沢 颯真さん』
ステージに案内され、俺は段を上がってステージの上に立った。
「トップバッターと言うことで。どうですか? 緊張してますか?」
スタンド型のマイクの前に誘導され、その前に立つ。
横にいたアナウンサーの長谷部さんに明るく聞かれた。
何百、何千といる観客の視線が一斉に注がれるのを感じた。
強い光を浴びさせられ、目が少し眩しいと感じる。
それでも、ゆったりと落ち着いた声で言葉を返した。
「……そうですね。中々緊張してます」
「見えませんねー。では、意気込みをどうぞ!」
「あー。精一杯頑張らせて頂きたいです」
「ありがとうございます! では次、青木 駿さん!」
入れ替わるように、俺はステージを降りた。
スタッフに「こちらです」と案内されるがままに準備室へと戻る。
そこでようやく緊張の息を吐き出した。
無難な返しは出来ただろうか。
準備室に戻ると、参加者らからの視線を浴びてからすぐにそれが消えるのを感じた。
変には思われてない筈。
そう思いながら、俺は緊張が収まらない胸に手を当てつつ、再び席に戻ったのだった。




