44話 縋る人
ブクマが入ったのでこの45話を投稿することにしました。
ストックがすり減っていって怖いです。
初日が終わった。
予選が全て終了し、俺は帰宅した。
第二次予選の一戦目後のトラブルもあり、俺は一旦リリィ残りの試合で使わずに他のメンバーで乗り切った。
戦いは順調に進んだ。
二戦目はメンバーを入れ替え、メイ、フェリス、シャナで戦った。相手の使徒が六等級三体だったこともあり、メイとフェリスの火力で押し切り、ものの数秒で決着がついた。
相手の「えっ? あれ、俺今負けたの?」みたいな顔が印象的だった。本当に一瞬で決着がついてしまったので特に話すことがない。
三戦目も同様で、勝負はあっさりとついた。メイ、シャナと一度も使ったことのない木の精霊であるドリュアスを使用したのだが、初戦の河合さんはやはり強い相手だったらしい。
相手は六等級二体、七等級一体という相手だった。
ドリュアスの使用感としては蔓を鞭として殴ったり、拘束したりするのが得意なのだろう。ドリュアスによって締め殺した一体と、拘束されている隙を突いて撃破した二体によって、こちらの勝ちが確定した。
次いで、同様に四戦目、五戦目も主力二対と普段使わない一体を駆使し、全戦全勝を収めた。
得た結果としては、ドリュアスや狛犬が良かったという事。
同時にいくつかの欠点も判明した。
四戦目のこと。どうやらケット・シーとフェリスの相性が悪いらしく、ケット・シーの能力自体は問題ないが、相性的な観点から不和を起こす事を懸念し、使うのは難しいと判断した。
フェリスがやたらと戦闘中不機嫌で、ケット・シーに対する当たりが強かったからである。縄張り的なものだろうか?
まあ、違いはあるといえど戦闘スタイルも似てるし、下手に使うと、フェリスの代役、もしくは入れ替わり用として使っているとも思われかねない。
盛大に口喧嘩を始めてしまい、対戦相手が若干戸惑っていた。それで勝ってしまったのだから、相手に申し訳ない。
最後に、マンドラゴラだ。
酷かった。実に、酷かった。まず、植物系の使徒である以上、自発的に行動することが出来ないのである。
仕方ないので、自ら引っこ抜いたのだが、この使徒、味方をも巻き込む攻撃を使う。叫び声によって味方の使徒と相手の使徒を、全員まとめて錯乱状態にしたのである。
幸いと言うべきか、マスターである以上、自分だけ問題はなかった。だが相手マスターは倒れ、両陣営の使徒らは耳を抑えて膝を付いている状態だ。
すぐにマンドラゴラを地面に投げつけて、踏み付け自分で倒したが、その後の戦いはめちゃくちゃになり、相手はボロボロだった。
ある程度情報を集めていたとはいえ、絶対に事前テストをしておけば良かった。現在進行形で後悔している。使えれば強力だが、扱いには深い注意が必要と書かれていた理由が分かった。注意が必要な理由を、合わせて詳しく書いておいてくれと若干記事を恨んだ。
予選だと舐めていたが、油断できる試合は一つもないのだと改めて実感する。
そうして以降の試合も恙無く終えた俺は、無事最終予選への進出を決めた。
結局あのグループで一番手強かったのは、河合さんだけだった。
全く寄せ付けずに全戦全勝。
結果だけ見れば素晴らしい終え方だった筈だ。
けれど、不安は拭えなかった。
最終予選、バトルロワイヤル方式となった試合で、リリィを呼び出してみるも先ほどの事に付いては一切触れず、気丈に振る舞っていたが動きは硬かった。
結果としてアンナが辺りに『氷剣』を放って相手を全員串刺しにしたことで勝ったが、蟠りを残す試合となった。
ベッドにダイブし枕に抱きつく。
激しい虚無感だった。
何かを間違えたような気がするのに、その間違いの理由が分からない。
脳に反響する、彼女らの表情。仕草と、悲しみの、感情。
表情が歪む。
心が痛むのが分かる。
誰かに相談したい。
誰かに泣きつきたい。
誰かに、助けてほしい。
「美香……」
美香が恋しい。
メッセージを送る。返信は来ない。
送って数秒なのだから当たり前なのだけど。
携帯を軽く投げた。ベッドに優しく跳ね上げられ、ポフっとベッドの上に戻る。
無駄だ。
違う。
こんなことがしたいんじゃない。
俺は、美香が好きだ。
俺が好きなのは美香だ。
なのに、力が湧き出なかった。
おかしいな。
傷つけたんだろうか。
あの二人を。……リリィとアンナを。
それが、悲しいのだろうか。
……あの二人が傷ついた理由を考えたくない。
その事実だけでいい。
ああ、嫌だ。嫌なことから全部目を背けたい。
重力の重さを感じる。
疲労が抜け落ちない。体が重い。気怠くて、気分が悪い。頭痛が痛む。
「こういう時、どうすれば良いんだよ……」
誰かに聞くわけではなく、自分で呟いてみる。
答えは出ない。
姉さんはいつ帰って来るだろうか。
いや、そもそも姉が帰ってきたとしても、俺が彼女に相談する事はないだろう。
姉さんには弱音を吐きたくない。
……吐けない。
どれだけ姉さんが優しく、「頼っても良いんだよ」と囁いても。彼女に泣き言を言える気がしなかった。
信頼はしている。
でも。どうしてか、出来る気がしなかった。
どうすれば良いのだろう。
「…………母さん」
母の顔を思い浮かべてしまった。
見下ろす目。冷たい表情。凍りつくような視線。
それでも。
子供だった俺が泣き言を言った時、「うるさい」とひっぱ叩いて構ってくれたのは。
あの、母親だけだった。
記憶がある。感情が覚えている。
どれほど痛くて悲しくて辛い記憶だったとしても。
泣いた時に、相手をしてくれたのは母親だったという自覚が。
「………助けて、母さん」
もうどこにいるかも分からない。
何をしているのかも、最早自分を覚えているのかどうかさえも分からない。
けれど。
それでも。縋ってしまう。
これが、呪縛なのだろうか。
……急に。
吐き気がした。
すぐにトイレに駆け込み、腹から上がってきた吐瀉物を吐き出した。
胃酸の味と言いようの無い苦しさが残る。
食べたものが全部吐き出された。
何度も、何度も吐き気が絶え間なく襲って。息が出来ない。
咽ぶ。
息がつまる。声を詰まらせながら、激しく泣く。
便器に寄りかかった。
苦しい。苦しい。苦しい。
ーーガチャ。
「ただいま〜」
ドアノブが開けられ、ドアが開く音がする。玄関口の音だ。
清潔なトイレの壁に付いていた手に力を込め、体を起き上がらせて、口元をトイレットペーパーでふく。
すぐに吐瀉物を流した。
気分は悪いけど、吐き気はもうしない。
「あれ、トイレだった?」
「いや………。お帰り」
「今日の夕飯何かな〜?」
「クリームシチューだけど。良いでしょ?」
「おっけーおっけー。いつもありがとうね」
姉の言葉に心が少し軽くなる。
何気ない感謝に、嬉しくなった。
「体調悪いみたいだし、先にお風呂入って休みなよ」
……気付かれてたか。
「ありがとう」
「……うん。ちゃんと休んでね」
二人暮らしに慣れたせいだろうか。
お互いに気を遣い合えることが多い。
前の家にいた時は、たまに喧嘩したりもしたし、気なんて使い合わなかったのにな。
明日は選抜式の二次予選なんだ。
ちゃんと、しないといけない。
そうだ。
失敗はできない。
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