43話 気づけない
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side河合 渚
私の人生には一つ、大きな……とても忘れようのない挫折が一つある。
エリート街道を目指して、アカデミーの試験を受けた。
親に高い費用を払ってもらって、試験を受けに来たのだ。期待に答えたかったし、何より誰にも劣っていない地震があった。
対異空高校に入る為、運動神経も良く、迷宮についても沢山勉強していた私は自信満々で試験を受けた。
一緒に試験を受けた子たちの中で、私はとびきり上手くやれていた自信があった。
試験官から体力テストやシミュレーションルームでの結果を発表されて、その結果に周りがどよめき驚く度、私の自信と受かるという確信は増幅するばかりだった。
実際、合否通知を受け取るまで、私はてっきり自分は受かったものだと思っていた。
『不合格』
鼻っ柱をへし折られた気分だった。
何で、と思った。
後から私より鈍臭い動きをしてた奴らが、私よりもちんぷんかんぷんな回答をしていた奴らが、受かったんだと報告してきた。
怒りのまま、私は問いただした。
何で、あなたが受かって私が落ちてるの。
その子は怒りながら答えた。
そんなのあんたの勘違いよ、あんた本当は全然出来てなかったんじゃないの?
と。
結局、理由は確定しなかった。
金の問題か、実力の問題か。私は答えを知るために、今はどこかでアカデミーを続けているのか続けていないのか分からないその子に、テレビ越しに鼻で笑ってやるんだ。私の方が正しかったという為に。
この選抜式で勝ち進もうと決めた。
||
再び向かい合う。
「放て」
俺は指示を下した。
遠距離からの最も有効な手段は魔法。そしてもちろんうちのパーティーの全員が使用可能だ。
『水砲』
『雷撃』
『氷剣』
地を薙ぎ払うように魔法の群れが敵に突っ込んでいく。
火力を合わせた攻撃が止み、敵の姿が見えた時相手は相当なダメージを喰らっているのが分かった。
やはり一体失った状態では完全に防ぐ事は難しかったのだろう。
「どうした? その程度か?」
「……まさか」
挑発に、無表情で彼女は返す。
それから少し俯き、彼女の表情が髪で覆われ、把握出来なくなった瞬間……彼女の口元が吊り上がるのを目で捉えた。
状況を把握しようとした時には遅い。
彼女達は全員で突っ込んでくる。
河合がユニコーンの影に隠れながら、突進し、こちらに急接近していた。
俺の瞬きから目が開かれ、視界が目に映ると次の瞬間にはもうユニコーンが二対に増えていた。
代わりに河合に化けていたドッペルゲンガーの姿は見当たらない。
……なるほど、厄介な話だ。
ドッペルゲンガー。ドイツ語で二重歩行者を意味し、自分と瓜二つの顔を持つ他人や、自分自身の幻影を指す言葉だ。
そして、ドッペルゲンガーを目撃した物全てに……
現実と幻覚の境界線を曖昧にし、強い錯乱をかけるという。
「ッ」
突然、立ちくらみを起こした。
目を開けると、二対のユニコーンが両方ともブレるように形が歪む。
激しい頭痛の混乱の渦に脳が引き込まれそうになった、その時。
「落ち着いて下さい、颯太様」
リリィの優しい声に、ハッとする。
その言葉に一言「ありがとう」とだけ言ってから、目をしっかりと閉じて再び開かせた。
形が歪むユニコーンを見る。
大丈夫。所詮は幻覚に過ぎない。当たりさえすれば、相手は倒せるのだから。
だから、焦るな……俺。
「一掃するぞ」
広範囲の攻撃魔術。
愚直に、通用している事を繰り返す。
それだけ。
『氷剣』
『水砲』
『雷撃』
再び最大火力を放つ。
真っ直ぐ向かって行く攻撃を、相手はユニコーン2対を盾に減速せず受けた。
煙の中からボロボロになったユニコーンと、幻覚のブレが小さくなった手傷を負ったドッペルゲンガーがいた。それでも尚こちらに向かって来るのだから、やはり痛みが無いというのは偉大なのだと分かる。
「防ぐぞ!」
こちらとて近距離戦が出来ないわけでは無い。
リリィはナイフを、俺は魔鉄剣を構え、メイは姿勢を低くして備えていた。
アンナを見る。
彼女は周囲に氷槍を張り巡らし、反撃の準備をしているようだ。アンナは防御力も低いし、攻めることで守るという事だろう。
「喰らえ!」
河合が叫ぶように、命令を下す。
ユニコーンは大きな図体と共にメイに体当たりをするように衝突した。
獣同士がぶつかり合い、メイの真っ白な体毛がバサっと揺れる。
ユニコーンが踏み込み、メイを倒さんと押すがメイもまた負けじと相手を押し返す。
一旦離れると、再び向かい合ってからお互いの懐へと飛び込む為、二対は同時に地面を蹴った。
再び激しくぶつかり合う。
メイが脚の爪をユニコーンの体に食い込ませると、ユニコーンも角をメイの体に食い込ませた。
二人は一歩も譲らないまま、ジリジリと戦いは続き、互いが必死の表情に変わっていった。
その間、アンナとリリィもまたドッペルゲンガーと交戦していた。
ドッペルゲンガーは上手く『擬態』を使い分けアンナやリリィの姿に変身すると共に、錯乱を掛け目の前で変身したのにも関わらず、どちらが本物だったか見分けがつかなくなるように立ち回っていた。
「手強いわね……」
「ですね……」
見分けが付かず、安易に魔法を打ち込めず強い戦いづらさを感じる。
万が一誤射した場合、ドッペルゲンガーだと思った方が本物だったら折角の数的優位性を手放すことになってしまう。それは良くない。
──来る。
リリィはドッペルゲンガーが歪むのを感じ取り、身構えた。
強い頭痛が襲い、視界が一瞬だけボヤける。
その瞬間、ドッペルゲンガーはアンナの姿に変身していて、魔法を打ち込めずに手が止まる。
ドッペルゲンガーはそれを隙として、アンナの姿のまま近付いてシックルを刺してくる。
リリィはそれを避けて、反撃にナイフを突き出した。
が、それを上手く避けられ、ドッペルゲンガーは後方へと素早く移動し距離を取った。
そこに本物のアンナの『氷矢』が飛ぶ。
避けきれず肩に浅い傷を負ったドッペルゲンガーを見て、リリィは再びナイフを構え直した。
大丈夫。
集中力を切らさなければ、厄介ではあるが必ず相手は倒せる。
そう考えて。
「一人少ない癖に全員での近距離戦闘。度胸があるな」
「どうも……ありが、とう!」
俺の軽口に、河合は剣を打ち込みながら返答した。
ジリジリと剣を押し合って、膠着した状態が続いたと思った次の瞬間、お互いが二、三回に打ち込み合い全て受けるか躱わした。
……ここを耐え切れば勝てる。
俺は押し切れると確認しながら、有利な状況だと心に余裕を持ちながら固唾を飲んだ。
リリィ達なら、数的有意の状況でロストするといったヘマはしないだろう。
なら時間切れになったとしても、相手を一体落としている俺たちが勝つはずだ。
鉄がぶつかり合う音が響く。
それを、俺は内心舌打ちしたくなるほど鬱陶しい気持ちに包まれていた。
……俺の剣ははっきり言って弱い。
剣道を習ったわけでもなく、探索者登録試験に受かる程度の最低限の自衛用の技を再現出来るといった程度だ。だから、俺の剣は全て自らの想像力で打ち込み方が作られる。
相手は手慣れているのか、力で劣っていようがお構いなしにこちらを圧倒して来る。
受け流しの技術も上手い。
叩き潰す気で切っても、驚くほど軽い手応えで。次の瞬間にはもう防御に転じないとダメなほど相手の剣が狭合っていたりする。
結果として、俺は防御に専念して時間を稼ぐ方針でいた。
「防ぐのだけは上手いんだね、うざいなぁ!」
「そりゃどうも。……負ける訳にはいかないからな」
そう吐き捨て、俺はタイミングを見計らって距離を取った。
誰に向けていうわけでもなく、小さく誰にも聞こえないよう自分だけに言い貸せるように呟いた。
「……ほら、状況を変える一手を打つのが、マスターじゃないのか?」
相手に挑発するように、言葉を投げかける。
しかし、だからこそ俺は自分にもその言葉を再び投げかけて。
しっかりしろよ、俺?
そう自分に言い聞かせた。
相手の目が挑発に乗って怒りを見せる。
それを正面から受け止めた。
決着を付けよう。
河合、渚。
「う、らぁあ!」
力に任せて剣を振るう。
確かな手応えを感じた。
せめぎ合う剣の位置は、こちらの力で向こうへ傾いた。
俺の剣が近づく。
彼女は受け流そうと試みるが、俺が喰らいついて離させない。
それでも決め手にかけていた。
あと一手。
少しずつ後退する相手の河合に、決定的な一打を。
「うああ!!」
彼女も負けじと剣に篭る力が強くなった。
二人の顔が限界にまで強張る。
それでも、闘犬の顔をむき出しに戦う二人に決着が訪れたのは一瞬であった。
彼女の足が蹴り上げられ、俺の腹に当たる。
堪らず離れるが、彼女の剣から追撃があった。
それを避けるのに転じる。
十分な距離がある。
避けれる。
そう確信した時だった。
彼女は剣を手放した。
投げたのだ。
剣を。
危ない、と本能で感じた。
刹那の時間中、脳の思考を巡らせる。
当たる。
間違いなく。
首へと横薙ぎの型から投げられた剣は、その勢いのまま首を切り付けるするだろう。
冷静に状況を分析して。
そして俺は脳の解答を、実行した。
ーー重力が失われる。
脚から地面の感触と、無理に身体を跳ね上げた事で空中で不恰好になった。
どうにか小さく跳ねた事で、剣があたる位置が僅かにずれて、肩付近の腕に刃が当たる。
血も痛みもなく刃が体内に入る込む感触を覚えながら、致命傷に入っていない事を確認する。
俺は武器を失い逃走しようとした河合に素早く追いついた。
「仕方ないか……」
彼女は無表情でそう呟き、拳を構えた。
まだ勝機を窺っているらしい。
俺は傷ついた右手にある剣を左手に持ち替えて、剣を構える。
左手で戦う剣士と、丸腰で戦う剣士。
勝負は決まっていた。
振り下ろした剣は、河合へと向かう。
「マスター!」
状況を把握し、戦闘を離脱し向かおうとしたユニコーンは、メイに抑えられて。
ドッペルゲンガーが放った『闇矢』はアンナの『氷矢』に撃ち落とされた。
頼りになる仲間だ。
彼女の顔は最後まで諦めていない表情で。
それを見終えて。
ああ、勝ったんだなと実感が湧いた。
『ピーー』
試合の終了を告げる笛が鳴る。
俺の腕は元通りになっていて、剣も彼女の元へと戻っていった。
アナウンスが勝者を告げ、河合は立ち上がり俺へと向かって来る。
「負けちゃったかぁー」
彼女はあまり気にしていないように、ケロッと言った。
まあお互い全勝だし、一つ負けただけなので、あまり気にしてはいなかったのだろう。
「強かったよ。お疲れ様」
「そっちこそ。惜しかったなぁ」
「俺もヒヤッとしたよ」
口上を述べながら、彼女は肩をすくめる。
「二次予選、抜けたらアタシと再勝負だから。約束して」
「ああ」
「次は負けない」
「こっちこそ」
俺はそう言い残し、離れようとしたが彼女は言葉を続けた。
「あ、お兄さんってSNSやったりする?」
「うん、やってるけど……」
「アカウント教えてよ。フォローするから」
「ああ、そういうことか。全然良いよ」
俺は素直にスマホを取り出し、彼女に指定されたSNSアプリを開く。
彼女のアカウントは普通に女子のアカウント、といった何気ない投稿が殆どだった。
「ありがとう、お兄さん。負けたらちゃんと報告してね?」
「そんな報告はしないよ」
笑いながら和んだ会話を返す。
いつの間にか周りにはリリィ、アンナ、メイが集まっていてスマホを覗き込んでいた。
河合との会話に一区切りを付けると、集まっていた彼女たちに話しかける。
「どうかした?」
「……いえ、スマホ自体初めて見たので」
気になった、というわけか。
「って、待ってその人誰!?」
突然、河合がメイを指差しながら疑問の声を上げる。
そういえば人間の姿になっていた。
「九尾だ」
「え? メス!?」
「ああ。そうなんだ」
「え〜、想像と違うんだけど」
彼女が意外と言わんばかりに表情を出し、そういえば俺も最初はこんな反応だったな、と思い出しクスッと笑った。
その時。
ピロン、とメッセージが通知に表示された。
差出人を見て、俺はスマホを隠しながら連絡アプリを立ち上げる。
「え、誰?」
すごく気になるといった様子で、河合が聞いた。
ある程度察しはついている癖に面倒臭い表情をするものだ。
「彼女。写真でも見るか?」
「ヘぇ〜」
河合は笑いながら頷く。
「リリィ達も……」
俺はリリィ達にも見るかどうか問おうとして。
しかしその先から声が出なかった。
「…………え?」
振り返って。
彼女達を見た時。
リリィは呆然と立っていて、驚愕と……それでいて悲壮の混じった表情を浮かべていた。
俺はその顔を認識しながら、言葉が喉でつっかかっているように、何も発せない。
……なんで?
そんな顔……。
「あ……」
沈黙が場を支配する。
上手く声が出ない。
「ぁ……その……すみません、これは……なんでもなく、て……」
勝手に伝う涙を拭い、リリィは震えた声で言った。
アンナが後ろから歩み寄り、そっとリリィを抱き寄せる。
リリィは顔をアンナの胸で隠すように深く抱きつく。
「あ……」
その空間に、俺だけが置いてかれている。
鼓動が脈打つ。それなのに、心臓が張り裂けるように痛い。パンパンに張った喉の声で声がでない。
「ごめんなさい、マスター。リリィはちょっと疲れているみたい」
アンナは困ったようにそう言う。彼女もまた、泣き出しそうな表情をしている。だが、俺はその事実に注意が向かない。
足元が消えたような感覚だった。
心はずっと上の空で、見ている視界の焦点が合わない。
本当は少し気づいていた筈だ。
なのに目を逸らしていた。だって使徒に恋をするのは、禁忌だから。
ポツポツと浮かび上がる事実を、思考は纏めようとしない。
……なぜか、俺まで涙が出そうになった。
泣いているのは彼女の方なのに、不思議と自分の中の喪失感が消えない。
目尻が歪み、酷く圧迫された喉が痛む。
それでも泣けないのは。
どこかが、壊れてしまっているからだろうか。
なんでこんなに苦しいんだろう。
だって俺は美香が好きでーー。好きでいて良いのは、一人だけなのに。
メイが代わりに手を差し出す。
その要求を察して、俺は震える手で彼女達の聖遺書をメイに預ける。
言葉を交わすこともなく、アンナとリリィは同時に聖遺書の中へと戻っていった。
メイは困ったような、それでいてとても切ない顔をしてから、口を開いて。
「……」
でも、言葉は無かった。彼女は再び口を閉じ、首を横に振った。
そしてメイもまた、聖遺書の中へと戻って行った。
沈黙だけが残される。
「あ……なんか、ごめん………じゃあね」
河合も何も言わずに、いや言えなかったのか、俺に別れを告げて。
そして。
俺一人だけが残された。
||
結局のところ。
私には結果なんて分かっていた。
別にマスターが女性と付き合う事に違和感はない。彼の見た目や態度なら、まだ中学生とはいえど恋愛関係になる女性は沢山いるだろう。
でも。
それでもやはり、彼が人間と付き合うという当然が悲しかった。
もし、私が使徒じゃなかったのなら、何かが違ったのかしら。
ふと、そんな事を思う。
ああ。
でも。
もうとっくに決着は付いていた。
それに私達が気づいていなかっただけだ。
この恋は叶わない。
始まってすらいなかった。
………でも。
マスター。
もう一つ、分かってることがあるわ。
貴方には漬け込む隙がある。
たとえ。
相手が人間であろうとも。
構わないわ。
結局、最後にこの私が貴方のそばにいれば良い。
そうでしょう?
その見知らぬ女にも、リリィにだって、絶対に渡さないわ。
彼は、私だけの……
ブクマ高評価お願いします!




