35話 九尾の狐
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選定式まであと一ヶ月と近づきつつある。
エントリーも済ませてあるし、後はただ備えるだけだ。
つい最近では異空災害も経験したし、使役師としても一回り成長した気がする。
異空に着き、聖遺書で使徒らを呼び出す。
リリィ、白狐、フェリス、アンナが続々と出てくる。シャナは……今回も出番はないと思う。
「皆んな元気にしてたか?」
「ええ、元気にしてたわ」
「颯真様こそ、元気にしてましたか?」
全員平気だな。
疲れもなさそうだ。異空災害が一週間前なので、凡そ二週間ぶりの異空攻略。
最近は学業も忙しくて帰った後の課題を考えると憂鬱だし、何より今日は二時間ほどしか時間が無い。
いち早く本題に入っておくか。
そう考えて、白狐に声を掛けた。
「白狐」
「なんだ?」
「ああ、実は金が貯まったのもあってな。……昇華する気はあるか?」
手に握っているのは九尾の聖遺書だった。
等級は十。七等級の彼女を昇華させれば大幅な戦力増強に繋がるだろう。
「ああ、勿論歓迎しよう」
「……そうか、ありがとう」
すんなりと彼女は受け入れの言葉を口にした。
表情を見るに、あまり抵抗はなさそうだ。
一応種族を変えるという事は中々大きい事ではあるのだけど。
「昇華先は九尾で良かったんだよな?」
「ああ、以前伝えた通りだ」
「良し。なら早速九尾に昇華しよう。白狐はカッコいいからな、新しい姿もきっと似合うと思う」
聖遺書を白狐に渡す。
すると白狐は光に包まれ、形を変えて行く。
固唾を飲んで見守っていると、数秒後に変化は終わった。
白狐に目をやる。
根本的な部分は変わってないが、大きな狐姿の彼女は尻尾が九つに増え、額あたりに模様のような物が新たに付いていた。足の周りの炎はより一層激しさを増し、所々巻き毛も見られる。
もう一度、深く彼女を見た。
そこに居たのは白狐ではなく、九尾だった。
それはまるで白狐が消えてしまったみたいで。
目の前の彼女をどうしても白狐と思えない、昇華時特有の違和感が襲っていた。
「白狐……いや……今はもう九尾になったのか……」
「ああ。どうだ、マスター?」
彼女の声は変わらない。
喋り方も、立ち振る舞いも。
けれど。彼女が消えてしまったかのように、とても寂しかった。
「……どうしたマスター。ふむ……こっちの姿も見るか?」
言いながら、彼女は姿を女性に変える。
そこには前のような彼女が、しかし少しだけ違う彼女がいた。
「人化の姿もちょっと変わるもんなんだな」
「そのようだ。やはり、違和感は多少あるな」
長身、短髪。
凛々しさという言葉が似合う佇まいで、真っ白な髪が誰かが創った存在であるかのように非現実的で、それでいて美しい。
容姿にあまり変わりはない。
けれど、髪の色が以前より白さを増しており、まつ毛は赤色に変わっている。
「なんていうか……変な気分だ。まだ慣れない」
「ああ。私も内側からも変化が実感できるくらいだからな。それこそ……まるで、以前までの私が死んだような気さえする」
「……それは、正直少し切ないな」
「そんなものだろう。スピネル様曰く、生き物である以上は変化をし続けるという。まあ……私たちは使徒なのだがな」
目の前の彼女と言葉を投げ合う。
思えば、随分と彼女とは打ち解けられた気がする。何というか、こう……かくしごとをしなくなった。
それは彼女の会話が上手いせいだろうか。ついつい当てられて、本音を溢してしまうのだ。
「けど、君が君である事に……変わりはないんだろ?」
平然とした彼女の表情と対比的に、俺は寂しさみたいなものからかーー自らの表情が暗くなっている事を、自然と下がった眉の重さから自覚する。
あまり良いセリフが思い浮かばなかった。だからこそ俺は着飾らない、ありのままの感情をセリフに表した。
「……。個体としてはな。私は、これからは九尾だ」
そう明言されて、心を鳴らすのはやはり寂しさだった。
心の空白を埋めるように、俺は彼女に呼びかける。
「白狐……いや、九尾」
「なんだ?」
名前がまだ定着していなかったせいか、一瞬間違えてしまう。
けれど……そんな事はもうこれから関係ない。
「メイって名前はどうだ?」
「む?」
九尾は驚いたような表情をした。
彼女の名前はずっと考えていたし、実際のところほぼほぼ決まっていた。ただ、言い出す機会が無かっただけだ。
「種族名を呼ぶのはやっぱり、なんか違うと思うだんよ」
「何故……」
「まあ、贈り物だよ。今までのお礼って意味で。使徒だって一つくらい、自分の所有物があっても良いだろ?」
そのセリフに照れくささは無かった。
心からの本心だったから。
「そう、か」
「メイで良いか、九尾?」
相手の反応を伺うように、俺は恐る恐る問いかける。
すると、いつものクールな顔をしながらも少しだけ恥ずかしそうに言った。
「メイだ」
「え」
「メイと呼んでくれて、構わない」
そう答える彼女は、真剣な表情だった。
もう照れている様子もなく、ちゃんと向き合ってくれているのだと思った。
だからこそ、俺もちゃんと向き合いながら感謝を告げる。
「……ああ、これからも宜しくな、メイ」
そうはっきりと宣言すると、彼女の顔に少しだけ笑顔が宿る。
その表情を見ながら釣られて笑顔になる自分さえ、とても愛おしく感じた。
「待ってください、颯真様。私は?」
喜びに浸っていた所で、唐突にツッコミが入る。
俺は呼び止めた人物に視線を向けた。
「どうしたリリィ?」
「いや、だって何か私だけ等級低くないですか? メイは十等級、アンナも十等級、フェリスに至っては十一等級ですよね? 私まだ八等級なんですけど」
彼女の言うことは最もである。
俺たちの中で一番戦闘のセンスがあるリリィが、一番低い等級なのは勿体無い。
「……確かにそうね」
これには、普段リリィに冷たく当たりがちなアンナまでもが頷いている。
「心配するなって、ちゃんとリリィの昇華先も用意してあるから」
「へー……そんなお金あったんですか?」
痛い所をつかれて、俺は頭が痛くなる。
涙目になりながら答える。
「正直、貯金は全部崩れた」
「それはまた……巨額な投資ですね」
「だ、大丈夫。取り戻せるから」
まあ、明日からはもやし生活になるかもだけど。
引き攣った顔を浮かべながら、リリィにも聖遺書を渡す。
リリィはそれを受け取ると、何も言わずに昇華して姿を変えた。
違和感はあったが、メイの時ほど酷いものは感じない。
きっと、彼女を既にリリィとして認識しているからだろう。
「リリィの昇華先はノーブルヴァンパイアだ。等級は十一」
「中々思い切りましたね。値段も張ったでしょうに」
姿を変えたとはいえ、イマイチ変わりはないように感じる。
というかほぼほぼ変化が分からないタイプだ。
「まさか。リリィの為ならむしろリターンが確定した良い投資だろ」
「それは嬉しいですね。……ちなみにいくらでしたか?」
「まあすごく高かったとだけ……」
言えない。
全員合わせて三桁万円したとか……。
「そういえば、マスターってそんなに稼いでたんですか?」
「ああ。これでも使役者特典って言ってな、一般人が買うより半額くらい安く変えるんだ」
一般人は資財以外の目的だとそもそも買わない事がほとんどだけど。
「そういう仕組みなんですね……」
「ああ。使役師は、稼ぎを現金で引き下ろすと手数料がえげつないんだよ。だから基本的に手数料がかからない異空探索ショップで買える物で君たちに還元するのが一番良いんだ」
「ちなみに何割取られるんですか?」
「俺の場合だと三割」
「それは……中々」
政府主体の組織だからね。雇用されてる訳じゃないから公務員ではないんだけど。
しかし、無茶をしている甲斐があってか随分と稼いでいる。
そもそも客観的に見ても、自分はかなり驚異的なスピードで進んでいるという自覚はある。
周りからしてみれば天才だとか持て囃されるかもしれない。
けれどそうじゃ無い。俺は自分を天才とは定義しないだろう。
ただ、運が良かったのと……。ここまで頑張ってこれたから。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
まだ満足なんて出来ないよな。
脇目も振らず、夢に突っ走るイタイ奴が成功出来る世の中だって事を、知っている。
なら、後は自分で実行するだけじゃないのだろうか。
「……」
「なあリリィ……約束してくれないか?」
「何をです?」
「俺達で、いつか最強になってーーその姿をナナにでも自慢しよう」
それこそが、俺たちの存在証明だと思うから。
「それ、私にだけ言って良いんですか? みんな不満そうですよ? 私、嫉妬されちゃうじゃないですか」
「え?」
言われて気づく。
ジッと俺を見つめる、アンナ、メイ、フェリスの視線に。
「あら、私に対する信頼が、リリィより低いみたいね? マスター?」
「……まあ嫉妬するのはアンナだけだが……面白くはないな?」
「というか、私はリリィの正妻顔に辟易してたんだけどね」
順にアンナ、メイ、フェリスに責められてしどろもどろになってしまう。
どうしてだ。全くそんな事はないのに、浮気がバレたクズ男みたいな雰囲気を感じるのは。
「みんな……違うんだ。これはほら、やっぱりリリィは特別だからさ」
「そ、そうですか……全く、颯真様は小っ恥ずかしい事を言わないでください」
確かに、今のはちょっと恥ずかしいセリフを吐いてしまったかもしれない。
「何なんだこれは……」
「甘すぎて嫌になりるよね」
その証拠にメイとフェリスからある種の軽蔑したような視線を一心に受けた。
アンナは爪を噛んで、リリィの方を睨みつけている。
「でも……」
でも事実だ。思春期らしく思った事がある。
自分を何者かにしたいって。誰もが憧れる存在に、なりたいって。
その道を知っているのに。
どうして立ち止まっていられるのだろうか。後は突っ走るだけなんだ。
「俺は本気だよ。みんなと一緒なら、叶えられると思う」
その言葉に皆んなが息を飲む。
硬直したように固まって、全員が気恥ずかしさから頬を赤く染めていた。
「お前、やめろバカが」
「あのさ……真っ直ぐすぎて恥ずかしいよ……マスター」
真っ先に毒を吐くメイとフェリス。
でも照れ隠しの意味を含んでいると分かるからこそ、愛おしく思える。
「……まあ、良いわ」
呟いたアンナの声を拾い、俺は彼女にも微笑む。
すると肩をつつかれ、振り向くと目が合ったリリィが言った。
「……約束ですよ、颯真様」
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