33話 考え
「マジかよ、ハル!」
「お前池田が好きなの?」
「声がデカいって!」
それは、ある日のこと。
食堂で同じテーブルに座っていた軽井晴との会話の最中、軽井の突然のカミングアウトに全員が驚いていた。
俺も昼飯を突きながらも、そこそこに驚いている。
「へ〜」
最近、ハルと一緒にいる事が多くなった。
というか、多分俺がハルを避けなくなったからだろう。
それに釣られて俺の周りも、ハルとの接触を増やしている。
本心から来る驚きをそのまま、表情にする度に気づく。
自分の中で溶けてきている、ハルへの警戒心に。
チラッと、窓ガラスを見た。
そこに反射する自分の姿を捉える。
高い美容院で切ってもらった髪。少しがっしりとして細身ながらも筋肉のついてきた身体。全体の清潔感。ピンとした背筋。
ーー何より、顔に宿った自信。
人とは違う自分。
前と比べて、良くなったと一目で分かる自分の姿。
そして、鏡を見ながら感じ取れる、自分に対する愛情。
ハルへの態度に対する変化の理由は、なんとなく自分でも察していた。
だから。
俺は心の中で思ったことを、己含め誰にも気づかれないようひた隠しにする。
「それは知らなかったな〜」
「黙っとけよ、お前ら!」
「分かった分かった」
ハルが少し照れながら口止めをする。
それに呆れたように頷き、俺は自然と口から溢れた物を形にした
「ま、俺は応援するよ。どんな恋だったとしても」
「まるで失恋するみたいないい草やめろ」
俺の言い方に、斎藤たちが笑う。
言われたハルは不満そうだ。
「まあ俺は別に、片思いの恋でもいいと思うんだよ。報われなくても、一方的でも、それ全部含めて愛ってやつだと思う」
「相沢お前、なんか独特な考え方してるよな」
自分の考えを述べると、斎藤が突っ込む。
自分ではそう思わないので、俺は思わず聞き返してしまった。
「そ、そうか……?」
「ああ。なんていうか、固定観念に囚われないっていうか……」
「そんな大層なもんじゃないよ」
||
……さて。
今日も今日とて、俺は異空に潜る予定である。
実は、折角の七等級の立場なのだが、今の所あまり活かせているとは言い難い。
八等級に上がる為の試験はもうちょっと先だし、異空災害に遭遇する機会にも巡り会えていない。
そういう訳で、最近はあまり変化のない異空探索を行っているのである。
異空探索のみの稼ぎ(素潜りという)だけでは物足りないし、掲示されている依頼をいくつかこなして日銭を稼ぎたいところだが……。
何にするか…………。
そう思いながらも、掲示板を見ていると……ふと既視感のある声が耳に入った。
「あら、貴方何してるのよこんな所で」
「……遭遇率高くないか?」
「私は毎日来てるもの」
それはそれで青春を大事にしなくて良いのか、思ってしまうが。
小野寺京香。
アカデミー生の使役師である。
「何よその眼。仕方ないでしょう、家にいてもやる事がないのよ」
「君、友達いないもんね」
「前に貴方が友達になってくれるって言ってなかったかしら」
あれ、言ってたっけ?
……いや、言ってたな。なんか勢いで。
「あー、そ、そうだったな。悪い悪い。じゃあ友達はいるのか」
「ええそうよ。最近人に話したら信じてもらえなかったけれど。大体、何なのかしら、友達の多さでマウント取ってくる馬鹿どもは。友達は量よりも質よ。それを分かってない人が多すぎるわ」
怒りを滲ませながら彼女は言う。
話がそれていないだろうか。
「まあ、そうかもしれないね。俺は君に賛同だけど、でもその人たちに態々怒るのはエネルギーの無駄だと思うよ」
諭すように告げると、少し落ち着いたのか小野寺さんは言葉を慎んだ。
「で、結局何の用?」
俺は話しかけられた理由を尋ねる。
彼女とは等級さもあるし、同じ依頼を受けようという可能性は低そうだが……
「何よ、理由もなく友達に話しかけちゃダメなの?」
「そんなことはないけど……」
小野寺さんってそういうタイプには見えないのだが。
俺が訝しげな目で見ている事に気づいてか、彼女はため息を吐いていった。
「理由がないのは本当よ。ただ……質問があって。その、友達料って……いつ渡せばいいの?」
「は?」
「いくら位が相場なのかしら?」
何言ってんだこいつ。
「友達料なんていらないけど」
「え……? 友達になってもらってるのに、お金いらないの……?」
「何で驚いてんだよ逆だろ」
そもそも金を払い合う関係は友達か怪しいだろ。
という旨を懇切丁寧に説明してやると、やや疑い深い顔をされながらも納得してくれた。
「……で、本当に用事はない感じか?」
「ええ、そうなるわね。暇ならお礼に何か奢るわよ? 少し話したいし。まあそんなにお金はないのだけど」
今から異空探索に行こうと思っていたところなのだが……。
「小野寺さん、俺より稼いでそうだけどな」
「女性使役師だからかしらね。日本はまだ男尊女卑の風潮が多いけど、その中でも使役師は顕著よ。使役師はマスターが死んだら全滅なこともあって、女性は不利に見られがちだし。依頼を受けてもソロだと断られることが多いの」
「そうなのか……」
「これでも昔はもっと酷かったのよ? 小鳥遊 優彩が女性でもやれるって印象を世間に与えてくれて相当立場が上がったのよね」
さすがである。
まあ小鳥遊 優彩は女性というより少女くらいの若すぎる年齢で功績を立てまくった特異点なのだが。
「じゃあ普通に割り勘で食べに行くか?」
「いいわね。丁度、安くていい店が……」
それは唐突だったように思う。
けたたましいアラームが鳴り響いた。
彼女の言葉が止まって、俺は状況の把握に急ぐ。
「これって……」
「異空災害よ!!」
ギルド内にざわめきが広がり、俺も思わず狼狽える。
しかし小野寺さんは慣れているのか、動揺せずに俺の方を向いた。
「貴方等級は!?」
「七だ!」
「丁度いいわ。参加するなら付いてきなさい。私がレクチャーしてあげる!!」
強引にそう言われ、俺は反射的に頷いた。
彼女はすぐに俺を連れて、受付に向かい叫んだ。
「異空災害に出動するわ! 異空内通信機器を二つお願い! 後肩ポーチも一つ!」
「は、はい……!!」
受付の男が急いで裏口に向かうと、帰ってきた時に持っていたのは小さめのスマホのような端末機器だった。
俺は渡された肩ポーチ(?)を肩にかけると、端末を一個受け取る。
「場所は東方面ね……とりあえず送迎車に乗るわよ!」
「わ、分かった」
「走りながら聞いて。使い方は大体スマホと同じよ。探索者ライセンスを入れたら勝手に貴方を登録してくれるわ」
言われるがまま、俺は端末に探索者ライセンスを差し込む。
すると俺の探索者情報が映し出され、「認識終了」とスマホが発した。
「マップに写ってる青点が他の使役師よ。赤点が穢者で、このアイコンが異空主ね。今の所はまだ見つかってないみたい」
「なるほど。で、このタスクってのが俺たちに下された指示か?」
「ええ。基本的に討伐出来る穢者を倒しつつ、避難を助けるのが主ね」
そんな風に会話していると、黒い大型車の前についた。
「災害に向かう使役師ですか?」
「ええ、そうよ。二人」
「お乗りください。すぐに出発いたします」
物腰が丁寧な男性がお辞儀をすると、二人で席に座る。
車内には他の若い使役師の男女が六人おり、総勢八名を乗せたバンが出発する。
窓の外を見ていると、異空災害から遠ざかるための車で渋滞しており、空いている道をグングンと進んでいく。
他の使役師達が仲間内で作戦会議をしている最中、俺と小野寺は全く会話しない。
ずっと無口で彼女は端末をいじっていた。
……作戦会議とか、しなくていいのだろうか。
そう思った瞬間。
「相沢君、私たちはまだ駆け出しよ」
「え……あ、ああ」
「組織に所属しているわけでもないし、まだ大きな実績がある訳でもない」
「……そうだな」
「だから、避難補助は地味な仕事に見えるかもしれないけど……全力でやりなさい」
真剣な目つきで、そう言った彼女に俺は一瞬、息をのむ。
けれどすぐにその心を振り払うように、力強く言った。
「ああ」
それから再び互いに無言になって凡そ十分ほど。
「皆さん! 到着しました! 異空領域内手前です! 入ってしまったら車は作動しなくなるのでここまででお願いします!」
車が止まって、俺達は車を降りる。
目の前に広がっていたのは、じっくりと領域を広げる異空災害の膜で、固唾を飲んだ後、俺は踏み出した。
「行くわよ!」
「了解!」




