27話努力の理由
ーー篠原美香ーー
加奈から相沢との連絡が途絶えたと聞いていたからこそ、中学に上がって相沢が私と同じ学校にいた事に凄く驚いた。
けれど知っていながらも結局、話しかける機会すらなく。
久しぶりに言葉を交わした時は既に二年生に上がった後だった。
聞きたい事は色々あったけど、久しぶりに話した相沢は凄く変わっていて。加奈にしか見せなかったような笑顔を、誰にでも振り撒くようになっていた。
小学生の頃、相沢は加奈と仲良くし始めてから男子に嫌われた。
男子側に立って女子と争っていた彼は、相手のリーダーとくっついた裏切り者になったのだ。
元々深い仲の友達も多くなかった彼は、本当に仲の良い二人だけを連れて、私と加奈ともう一人の女子ーー真希という子を加えた六人組で新しいグループを作った。
このグループにいる事で男子女子双方に揶揄われることもあったけど、それ以上に楽しい日々だったと思う。きっとあの頃はまだ男女の境目なんて全然なくて、絆で結ばれたただの友達同士だった。
けれど。
思い返してみれば、私達にはあのグループで遊ぶようになった後も、他の友達との関係を続けていたのに。
相沢だけは、あのグループ以外の居場所を全て無くしていた。
私達の中心は、相沢と加奈だった。
溶け込んだ相沢は、今まで話してこなかったような自分の話をたくさんするようになって。
凄く色々抱えてるけど、思ったよりも面白い奴なんだな、と彼に対する味方が変わった。
親と仲が良くない事。
実は男子のとあるノリが嫌いな事。
今が楽しい事。私たちが、他の人とは違う所。
そういう恥ずかしい話を、お互いたくさん曝け出しあった。
でも、中学に上がる頃には私達はもう疎遠で。
今、こうして別々の道を進んでいる。
私達だけの世界にしか馴染めなかった彼は。
いつの間にか、独りで生きていたと知ったのだ。
そして彼の近くにいつもベッタリだと加奈もいなくなり、性格の変わった彼を遠目で見ているうちに私はーーいつの間にか。
私が彼の側にいてあげたいと思うようになってしまった。
ある人が言ったらしい。
恋は甘やかな毒なのだと。
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相沢 颯真視点。
「えーと……今の予算がこの位で……次必要なのは……」
カチッ、カチッ、となるデジタル時計は一時十分と表示されている。
ただ、その音はパソコンと繋げたヘッドフォンから流れる音楽で掻き消された。
俺はノートを開いて、金銭面の計算や必要だと感じたものの確認を取っていた。
こうして改めて見るが、かなりの金額が手数料諸々で取られているのが分かる。
魔石やドロップアイテムの価値は薄く、聖遺書の売却が稼ぎの殆どを占めているのだが……この二ヶ月で入った五十二万、そこから三割が引かれ口座に入っているのは三十六万円ほどだった。
小遣いにしては相当な額である稼ぎだが、一人暮らしを考えると全く足りない。
XXXX年現在、一人暮らしに必要な平均費用は月十三万円ほどだ。放課後や週末にしか潜ってないとはいえ、二ヶ月で三十六万、月換算で十八万では家を出てもロクに貯金出来ない。新しい聖遺書や装備を揃えるのも厳しい。
それに何より、使役師は主な収入源が聖遺書という低確率でしか入らない物品だ。そのため、収入が安定することは珍しい。
この数ヶ月で既に命の危険を三回経験したことの対価としては安すぎる。
それでも、使役師に縋っているのは。
俺がそれ以外の道を知らない、不器用な存在だからだろうか。
それとも。
使役師に拘るほどの憧れが、俺に、残っているからだろうか。
「あっ連絡来てる……」
加奈からの連絡の通知が来ているのをスマホで確認するが、俺は除くかどうかで小一時間悩んで結局連絡を見た。
何気ない内容。
今何してる? とか。この動画知ってる? とか。
「……」
頬が緩むのを自覚しながら、俺は返事を打ち込んだ。
どうしてだろう。
不意に会いたくなった。
声が聞きたくて、今自分は孤独じゃない、とそう思いたくなった。
「……生きてて良いのかな」
誰かに心を許せば許すほど、比例して自分の心の醜さが際立つ。
全部全部嫌で、俺が死んだら全てが良くなると思っていた。
でも昔、姉さんに泣いて死なないでと懇願され、消えてはいけない呪いをかけられた時から。
生きる理由がひどく不安定になった。
きっと対異空高校に入学出来れば、良い大学にだって自動で進学出来るのだろう。
いや、それどころか高卒だって対異空高校を卒業していればかなり良い所で働ける。
でも学費は高いから。
だから、使役科で特待生を取ろうと思って頑張ってきたのに。
なのに、今は酷く……疲れている。
俺はそこで、ようやく時計を見て気付いたように呟く。
「あ、やば……そろそろ寝ないと」
気づけば普段眠りに着く時間はあっという間に過ぎていた。
基本的に、俺は健康体である事を目標としているし、その為なら多少キツイ筋トレや食事制限も厭わない。
最初は姉さんにも心配されてたけど、もう子供ではないのだから大丈夫だと説得した。
眠いな……。
横になって電気を消すと急激に睡魔が襲ってくる。
明日はどうしよう。
対異空高校に受かるためには、勉強もしないといけないが最近は、毎日の思考が異空での事ばかりになっている。
次の異空攻略は明後日だ。
大丈夫、勉強も大事だが、異空で成長出来れば実技試験の役に立つ。
自分への言い訳に罪悪感を覚えながらも、隠しきれない楽しを抱えながら、俺は眠りに落ちた。
||
私が幼少期の頃の記憶は少ないながらも、印象的なものがいくつか残っている。
一つは加奈を見る目が変わった出来事。
最初にあった時の出来事なんか覚えてないのに、ただの会話相手だった加奈を友達として意識するようになった出来事だった。
「馬城君、ちゃんと片付けてよ。今日当番でしょ?」
クラスの仲の悪い男子に、私は正義感から注意した。
話しかけたくなどなかったが、だからと言って他の人が迷惑してるのをほっとく訳には行かない。
「はあ? 今忙しいから、後でな」
「何言ってんの、今やって。ったく、これだから男子は」
「は? それは関係ねぇだろ。女子こそ良いよな。先生に告げ口したら何でも信じてもらえるもんな」
嫌味たらしく、彼はそういう。
これだから男子は、という発言は普段裏で女子同士よく言っているので貶める意図はなく単に思った事を口に出しただけなのだが、相手は挑発と受け取って同じようにそう返した。
勿論どっちもどっちであるのだが、私の中では急に喧嘩をうってきた相手に思わずカッとなる。
「なっ。うるさい、バカのくせに!」
そうして休み時間、私はクラスメイトの男子と口論を始めてしまっていた。
「なんだとー! このゴリラ女!」
私がキレて始まった喧嘩ではあったけど、喧嘩を買ったそいつも大声で反抗し始めた。ただ、そいつには擁護してくれる男友達が数人付いていたけど、私を助けてくれるする女子はいなかった。
今回ばかりは私が暴走気味に喧嘩を始めたから、みんな遠巻きで眺めるだった。
私はいつも助けてあげてるのに。
私は、みんなの友達なのに。
「っ、バーカバーカ!」
……しばらく一人で言い合っていたが、他勢に無勢が何とやらで私は言い負けるばかりで悔しい気持ちでいっぱいだった。
そもそも私は口論が強くないし、友達はみんな口達者なのに助けてくれようとしない。
少し涙ぐんでいるのを自覚するが、それが一番嫌だった。
そうして堪えていると、突然声がした。
「ね、美香。私が片付けちゃうから、それで良いでしょ? 馬城君、ごめんね」
白熱していた私たちの中に割り込んだ声こそが、加奈の言葉だった。
今回の事件、加奈に非はない。
けれどその彼女が謝ってきているのだから、流石に許さない訳にもいかずその男子は口をつぐんだ。
私は勝手に謝ってしまい、負けたみたいになった原因を作った加奈を睨もうと、彼女を目に捉える。
しかし彼女は優しい笑みを私に向けて来て、「男子達を注意してくれてありがとうね」と黒板の落書きを消しながら言うのだから私は何も言えなかった。
「ほら、お前ら次の授業始まるぞ? てか、ハゲならすぐそこの廊下まで来てるし」
男子側も先生が来てると忠告した相沢の一言に、「まじ?」と聞き返して「マジ」と答える彼。すると男子らは慌ただしく、黒板を消していた彼の脇から黒板消しを取って一緒に消し始めた。
落書きを消す時、先生の似顔絵に腹を抱えながら他と笑い合っていた彼が少し印象的だった。
結局、急いで消したが席に着くのが間に合わなかった相沢は、先生に「早く座れ」って怒られていたけど。
ーーああ、そういえば。
もう一個覚えてる。
先生の授業が終わると、確か加奈が相沢にこっそり「ありがとう」ってはにかんでお礼を言っていたんだった。
私はそれを聴きながら、何で感謝しているんだろうって疑問に思っていた。でも今になって思えば男子の怒りを逸らして、加奈が消している黒板を真っ先に手伝っていたのは相沢だった。
加奈だけが、相沢を見ていた。
相沢に加奈だけが気づいていた。
その時の二人の間に流れる甘酸っぱい雰囲気を。
私は今更、夢を思い出した。
目覚めた時。
ああ、夢だったんだ。
って一瞬安堵した。その後、そういえば昔そんなこともあったな、なんて現実に引き戻される。急に不安と緊張で胸がいっぱいになった。
加奈は、颯真のことが好きだった。
じゃあ、颯真は?
……そう思ってしまったから。
今、相沢はちゃんと私の事を見てくれているように気がする。
私が相沢をちゃんと見るようになったのと同じように。加奈の友達の一人、としてじゃなくてちゃんと私を見てくれているような、気がする。
でも加奈がまだ颯真に気があるって知ったら。
その時はどうなるのだろう。
私は彼を、どうするのだろう。
私はスマホを手に取った。
今でも加奈とは頻繁に連絡を取っている。
加奈は大切な友人で。
突然相沢が自分と別の中学に進学先を変えた時に落ち込んで塞ぎ込んだ時、すごく頑張って励ましたくらいには大切なのに。
でも今は。
彼女が存在しなかったら、なんて妄想が一瞬頭をよぎった。
それに気づいた時、私は酷く、自分を気持ち悪いと思った。
||
次の日。
放課後を知らせるチャイムの数分後、玄関付近で美香が立っていた。
「美香?」
「……っ、颯真!」
「その髪可愛いね」
「うん、……ありがと」
ポニーテールに結んだ彼女の髪についてコメントを残すと、ほんの少しだけ頬を赤らめながら、美香が感謝を伝えた。
「何してたの?」
「いや、何もしてないけど……」
ん?
なら何故あそこにいたのだろうか。
まあいいや。
「一緒に帰らない?」
考えを振り払い、俺は何気なく彼女を誘った。
が、後から自分が言ってる事の意味を自覚する。しかし、それより前に彼女は短く答えた。
「うん」
何気ない様な、特別な意味を含まないような、そんな返事だったのに。
俺の心は不思議と高鳴っていた。
「じゃあ、……行こうか」
彼女と帰り道を歩き出す。
普段なら一人だった筈のアスファルトの道は、和やかで楽しい場所に変わっていた。
彼女と雑談を交わす。何気ない事だったり、今日の学校で起きた出来事だったり、友人の笑い話だったり。
彼女が笑うと釣られて俺も笑う。ニコッと笑みを顔に出す彼女を見て、表現出来ない感情が心を温める。
「それでさ……」
「うん」
「桃子が先生の髪、めっちゃ河童じゃんって小声で突っ込んでたんだよね。それに遥が吹き出しちゃって……私もお腹痛過ぎて楽器持つ手震えてたね」
「っはは、あ〜音楽の授業で? 音楽は別のクラスだからなぁ……俺も見たかったよ」
「いやいや、あの後誤魔化すの大変だったんだよ?」
「確かに、大変そうだね」
笑いながら、楽しいと自覚する。
「あ、そうだ。あれから、異空には行ってるの?」
「うん。あれから何回か一人で潜ってみたけど、すっごく順調だよ。第一異空で四層まで行けたし」
「え、凄いじゃん」
「まぁね〜」
実際、かなり進みは早い方だ。
「颯真は選抜式出るんだよね?」
「ああ。出るつもりだけど、美香は出ないの?」
「どうなんだろうね。今の所は何とも言えないな〜。でも対異空高校を目指すなら出といた方がいいのかもしれないけど、やっぱり申し込みとか準備とかも色々大変だろうからなぁ……」
俺は今、使役師に打ち込んでいる。
「そっか」
「颯真は対異空高校だけじゃなくて、専門使役師とかも目指してるの?」
「……え、まあ、そうなるかな。なれたらだけど」
いや、のめり込んでると言っていい。それは多分、手応えを感じているからだ。
使役師を経験してみた時、紛れもない才能を感じたからかもしれない。
専門使役師ーーそれも夜廻組などの三大組織に所属出来る機会が来れば、恐らく躊躇わずに人生の全てを捧げれるだろう。
「私は仕事としてはあんまり考えられないかな。何にでも上には上がいるからさ」
「そうだね。……でも、俺は別に一番になりたい訳じゃないんだよ」
「そうなの? 専門使役師を目指してるのに?」
考えていたことがある。
バイト資金を投資して、俺は使役師という職業を経験した。
専門使役師と言うのは、中々に夢のある職業だ。
一般の使役師はともかく、使役師の三大組織に入っていると言えば聞こえは良いし、実際収入も安定して良い。
けれど日本一の使役師に与えられる称号ーー『王の指揮者』だとか、そう言うのはまだまだ雲を掴むような夢物語だ。
「多分、俺の場合は仕事に近い感覚なのかな。楽しいっていうよりかは、それが自分のできる事だから。使役師は自己を証明する為の道具なんだと思う」
「……」
「あ、ごめん。何でもない……行こうか」
「……あのさ、迷ってるならやってみればいいんじゃ無いかな」
その彼女の言葉は案外簡単にも、俺の心に深く突き刺さって。悩んでいた事を解消してくれた。
「そっか……」
他の人間と違う道を歩む事を。
「私は、応援するよ?」
その不安と恐怖を。
それを彼女は取り払ってくれた。
きっと一人だけでも良かったのだろう。
たった一人でも。側にいて支えてくれる人がいたら。
心臓が跳ねる。
頬が熱い。
否応なく、自覚する。
俺は……彼女が好きだ。
けれど、まだ告白できないのは。
脳裏にリリィ達が思い浮かぶから。
「……ありがとう」
だから。
瞼の裏に熱いものが込み上げ、少し赤くなった目を、夕日で誤魔化しながら。
俺はただ、感謝の言葉を伝えることしかできなかった。
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