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24話 少しの変化



 改めてだが、人は通常、一つの呪文ーー第一の福音しか発動できないそうだ。


 しかし才能を秘めていれば、二つ以上の福音を使えるようになる。使役師にとって福音を複数使えるというのはそれだけで大きなステータスだ。


 第六の福音ーーそれは一言で表すなら『強化』の呪文だ。攻撃力増加、威圧感の付与、回復力や耐久力の上昇など効果は多岐に渡る。


 


 さて、そんな特別な呪文をアンナに限ってとはいえど発動できる様になった訳だ。更に言えば俺はつい昨日から七等級使役師でもある。



 七等級の使役師からは、異空災害への援助が求められる代わりに毎月組合から報酬が自動で支払われる。



 七等級の使役師の場合は、月五万円。

 

 少なく見えるが、安定的な収入を得られるのは、使役師の場合とてもありがたい。



 七等級以上の使役師は『一人前』の使役師。

 堂々と使役師として活動していると言っても、笑われることはないのである。


 勿論こうなれば誰かに話しても笑われることはないのだが、俺はまだ誰にも話せずにいた。


 

 ……それは、姉さんにすらも。



「昨日は相談に乗ってくれてありがとうね」

「良いよ、全然」


 同じクラスの池田さんとの話を終え、俺は廊下に出る。


「あ、ちょっと良いかな、相沢君」


 すると後ろから掛けられ、思わず振り返って相手の顔を確認した。


「……菊池?」


 菊池。

 クラス一のイケメン君だ。


「相沢君、さっき黒板の写真取ってたでしょ? あれ、僕にも送ってくれないかな? 実はノート取りきれなかったんだ」

「あー……なるほどね。勿論良いよ」


 断る理由もなく、俺は二つ返事で了承する。

 菊池とのこういう小さな会話が、最近になって増えた。


 ……それとも単に、以前は俺が避けていたからなのか。


「それじゃあ……ってそういえば僕、相沢君の連絡先知らないね?」

「学校のアドレスで良いなら、そこに送るけど」

「多分気づくのが遅れるからさ、ちゃちゃっと連絡先を登録しちゃおうよ」

「あー、分かった。じゃあグループチャットから申請送っとくよ」


 それだけを言い残して、俺は菊池と別れた。


 サラッと連絡先を交換してしまったが、どうすれば良かったのだろう。


 人見知り気質があるせいで全く断る事が出来なかったし、されるがままだった。

 画面を見れば、数少ない友達が増えていた。


 ……不思議な感覚だ。


||




 それから一ヶ月が過ぎた。

 


 最近、学校では菊池だけではなく、武藤とも絡む機会が多くなった。というか、向こうから話しかけてくる。


 それとここ一ヶ月、あまり異空に潜れていない。第七等級の使役師に上がってから潜った回数、実に三回。


 何か新しい仲間が増えた訳でも大幅に改装を進めた訳でもなく、変わり映えのない日々を続けている。


 目下のイベントと言っても体育祭が近いくらいか。

 とはいえまだ九月上旬。体育祭は十月の半ばだ。


 

 そんな日々を過ごしている俺だが、異空に潜りながらも本業である勉強は続けている。特に最近は課題の量がぐっと増え、忙しさに疲れる毎日だ。


「あ……美香からか」


 異空関係の道具を机に並べて整理していると、美香からのメッセージが舞い込んだ。


 一旦仕分け作業を止めて、連絡の通知を見てみる。


 通知の数分のみが表示されるが、その内容は案の定、たわいもない話だ。だからこそ頬が緩み、俺はメッセージを打ち返したくなる。


 しかし今はこっちの作業が忙しい。画面を開いて既読を付けてしまえば、やり取りで時間を取られるの違いない。



 申し訳ない気持ちで一杯になりながら、俺はそっとスマホを置いた。



 そろそろ彼女以外にも、使役師として活動していることを打ち明けれる人物を作った方がいいのだろうか。


 姉さんは……ずっと話せていない。

 きっと姉さんには彼女が気づくまで話せないのだろう。


 結局、二ヶ月後の選定式に出てテレビに乗ったりしたら隠しきれない。

 そうわかっているのに。


「……。これは……二十層の首領のドロップアイテムかな?」

 

 そういえばではあるが、先日第一異空の二十層を攻略できた。

 かなりの激闘ではあったが、無事に勝つことが出来て何よりと言う他ない。


 

「……」



 そして俺はまた黙々と作業に戻る。

 

  

 異空攻略自体は順調だ。資金も一日の探索毎に数万ほど稼げるようになり、既にアマチュアの使役師としては上澄みパーセントに食い込んだと言っていいだろう。



 これは序盤をサクサクと進められた事にもあるが、何よりリリィ達が強かったという運も味方したと思う。



 けれど使役師はやはり命の危険が高い職業だ。使役師のうち、四割の人間が三年以内に死ぬとも言われている。


 

 なのに未だ使役師になりたがる者が減らないのは、憧れか、使命感か、名誉か。



 俺はどうなのだろう。


 ナナを見つけたい気持ちは変わらない。使役師として毎日異空に潜っていれば、いつかは彼女が見つかるという淡い気持ちを持ち続けている事からも、多分変わっていない。


 でも実際、本当に見つかると言う可能性は低い。


 それは砂山の中の一欠片を探し続けるくらい……奇跡的な可能性になる。




 そんな時にふと、思ってしまうのだ。


 今、俺は何のために異空に潜っているのだろう……と。





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