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20話 普通の恋愛を



 子供の頃だ。

 

 ある時から、加奈と颯真は急に仲が良くなった。


 四年生ごろ。二人が仲良くなったことから、クラスの人間関係も変わり始めた。つるむ人間も変わったし、女子と男子の対立も薄くなった。


 

 私は急に一緒に遊ぶようになった、大嫌いな相沢に戸惑いつつも、時間と共に少しずつ受け入れ始めて。



 まだ仲は悪いままだったけど、彼と一緒にいて、確かに楽しいと感じる瞬間も増えていたのだ。



「颯真君、急に連絡取れなくなっちゃった」



 だから。六年の時、泣きながらそう言った親友の加奈に、私は彼への怒りと困惑と同時に、確かな心の痛みを覚えたんだ。




||


「あー、疲れたー!」

「お疲れ様」


 異空から帰還し、肩の荷を下ろした俺たちはそれぞれロッカー室に行き、軽いシャワーを浴びた後ロビーで集合した。


 ロビーチェアに座り、換金待機の番号札が携帯に表示されているのを確認する。


「換金まで四十分くらいだって」


 まあ順番は俺の一つ前だし、同じくらいか。


「じゃあ、その間に少し早いけど晩御飯でも食べようか?」

「うん。そうだね」


 時間を見ると午後五時半だ。

 俺が誘い、ギルド本部内にあるレストランを利用する事が決定。


 ……ギルド内に女の子と一緒に食事出来るような店なんてあるのか、とちょっと躊躇う。


 だが篠原さんから学生なのだし変に気負うよりも、と気軽に行けそうな値段の店にしてほしいと言ってくれたのでそのまま決まった。


「食べたい物とかある?」

「いやー。色々ありすぎて決めらんないかも」

「分かる。ここら辺だと、和食の店とキロリス料理と……あとここはシザラ料理かな? あ、この中ならどれがいい?」

「んー。ここのキロリス料理が良いかな」

「俺もそんな気分だし、ここにしようか」


 案内図を見ながら、俺たちは店を決める。

 そして結果キロリス料理に決まり、俺たちは移動を始めた。


 キロリスと言うのは現在は神聖国に統一された国一つであり、かつては美食の国とも呼ばれていた。

 

「じゃ、三階に向かおうか。結構美味しいって聞いたし、多分大丈夫だと思う」

「うん。美味しいといいね」


 入った店舗はちょっとおしゃれな店内のキロリス風料理レストランだった。


 本場キロリス料理じゃないんだ? と疑問に思うかもしれないが、今のご時世だと逆に本場キロリス料理の店を名乗るのは難しいのだ。


 何せ日本は長らく西大陸との外交を制限しているのだから。


 なので本場キロリスの味を慣れ親しんでいるような世代が減ったことから、店もビジネスとして一般化されたキロリス風レストランとしてやっているのだろう。


 まあ、客もほぼキロリス料理として入ってるし問題ない。


 俺はそう思いながら、店に入る。


 家族連れの客も多く、そこそこの客で賑わっている。


「あ、この席どう? でも、ちょっと寒いかな?」

「あ、うん。ちょっと冷房効いてるかも」

「じゃあ、向こうの席にしようか」


 そんなやり取りを交わしてから俺たちは席に着く。


 俺は洋風お粥的なご飯料理にマンゴージュースを頼み、篠原さんは麺料理とジンジャーエールを頼んでいた。


「それにしても、異空って割と大変なんだね」

「まあそりゃあね。穢者は生まれ変わるとはいえ、命を奪う場所ではあるから」

「そっか。でも夢はあるんだよね?」

「凄い実力主義だけどね。でも上澄みの人は、毎日大金が手元に入ってくるらしいよ」


 勿論ハードな肉体労働なだけあって、ブランクを開けないと怪我にも繋がるから毎日働ける訳じゃないけど。


「俺が見てる限り、篠原さんには使役師になる才能があると思うよ」

「そう? やった!」


 素直に俺の言葉を受け取る篠原さんを見て、微笑ましい気持ちになる。


 次の会話、返事を考えながら携帯を確認した。

 通知によれば、受け取りまであと十五分ほどか。


 まだ時間はあるけど、あと十分程度あれば食べ終われるだろう。



 財布には、ここの晩飯を奢れるくらいの金額はあった筈。

 適当にお祝いだとか理由を付けておけば、支払いは俺が出来るだろう。


 別に女性との食事は男子が奢るべき、としつこいクラスメイトに適当に頷いていたからではないが、単に奢っておいた方が印象が良いのではないかという理由である。



 ……というか、あれ、これデートじゃね?



「ん? どうしたの?」

「あ、いや」


 

 異空探索に付き合うって話だったのに、気づいたら買い物して探索して飯食ってるよな?


  確かに日程のスケジュールを組んだのは俺である。やり取りの流れで、飯や買い物も付け加える事になったが、しかし何故疑問に思わなかったのだろう。


 よくよく考えたら、色々詳しいから買い物は一緒にしようだとか、時間空くからって飯も一緒に食べようとか。……デートだこれ。


 そもそも何故彼女はこんな余計な誘いに乗ってくれたのだろうか。


 いや、そもそも彼女もこれがデートだと気付いてない可能性がーー


「それで、今日は、その……デート……に、誘ってくれてありがとうね」

 

 いや、気付かれてる!!

 しかもデートを小声で言うの可愛い……。


 平静を装うも、内心の照れを俺は隠しきれない。


「い、いやいや。楽しんでくれて良かったよ。お支払い済ませとくから、先にお店出ておいて」


 二人ともデザートまで食べ終わっていた為、俺は時間をチラ見しつつお支払いを済ませると切り出す。


「え? そんな、悪いよ。私も払うしさ」

「いやいや。今日は頑張った筈だしお祝いって事で。奢らせて」

「……わかった。ありがとうね」


 素直に引いてくれた彼女に感謝する。


 俺は食事は誘った側が奢るのが吉、という斎藤の言葉を信じて数千円を店員さんに渡し、お釣りを受け取る。


 その後、二人で換金所へと足を進めた。


||


「……合計で二千四百円ですね。振り込みは使役師クレジットで宜しかったでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」


 一層を潜っただけな上、俺はサポート役に徹していた物だから大した討伐数は稼げなかった。

 が、まあ下へと進めていけばもっと稼げる様になるだろう。


 俺は換金を済ませた篠原さんに声をかける。


「終わったよ。お疲れ様」

「うん、相沢こそお疲れ様」


 二人揃ってギルドを出る。

 既に夜は暗くなっていて、電灯が人混みを照らしていた。


「途中までは帰り一緒だよね? 一緒に行こ」

「そうだね」


 すぐ近くの駅に入り、そのまま電車に乗り込む。

 そして、俺たちは電車に揺られながら窓の外を眺めていた。



||



 side篠原 美香。


 


 もうすぐ十五歳になる。

 周りには言っていなかったが、私は異空というものに興味がある。


 というか、昔からそこそこ興味はあった。



 今ではきっかけはよく覚えて居なかったが、小さい頃相沢を含む男友達との会話の際に割と話題に上がったから、男勝りな私も影響を受けたのかもしれない。



 でも異空へ行きたいという欲求が強くなったのは最近になってからだった。

 多分、言うまでもなく誰かの影響のせいだろう。




 私は待ち合わせ場所で待っていた。


 ……やっぱりこれって、デートだよね?



 向こうにはそのつもりがない様だったけど、買い物に行って、遊んで(?)、ご飯を食べるのは普通にデートだ。……別に断る理由もなかったので承諾したけど、こうして待っていると地味に焦ったい。


 私が早く来たのもあるだろうけど、アイツが中々来ない。



「悪いちょっと遅れた!」

 

 たった一分。それなのに、こんなにも焦らされている事に気づかないまま。

 私は時を楽しむ。



 こうして改めて見ると、彼の良い点ばかりに目が行く。


 会話を聞いてくれる所とか、こまめに心配してくれる所とか、言って欲しい事を察してくれる所とか、常に気を遣ってくれる所とか、時々褒めてくれる所とか、凄いのに謙虚な所とか。



 勿論ちょっとドジだったり、カッコつけたがりだったり、そういう欠点もあるけど。

 でもそれすら引っくるめて可愛いとも思ってしまった。




「あ、いや」




 店内で甘酸っぱいレモンのアイスクリームを口に含みながら、何かに気づいたように声を上げた彼は、私が問う質問を誤魔化した。



 私は一口貰えば良かったかな、と少し後悔しつつ彼の口元に向けていた目線を、顔全体の表情に向ける。



 どことなく、相沢の考えてる事が分かった。そこそこ態度に出やすい奴だ。

 もしかして、今更デートだと気づいたのだろうか。


 周りを見渡したり、ソワソワした様子になり始めてた。


 

 私も側から見れば男女が一対一なのだからカップルに見られても不思議じゃない事を自覚し、少し気恥ずかしくなる。



「それで、今日は、その……デート……に、誘ってくれてありがとうね」



 顔が真っ赤で、恥ずかしさに負けた為、別に気にしていないような、余裕を持った言動で答えようと言う目論見は完全に失敗した。



 彼の顔を見れば、同じくほんのり赤く染まっているのが分かった。



 場の雰囲気はどこか甘やかで、彼の表情が、仕草が、色気が、……私を狂わせる。


 

 変な雰囲気に呑まれながら、私は気付けばもう帰る時間だという事に気づく。



 そして気づけば電車に揺られながら、相沢の肩の上で私は彼との甘い夢を見ていた。



||



「篠原さん、起きて」


 俺は、うとうとしながら俺の肩を借りて寝ていた篠原さんを起こす。


「あれ、いつの間に……」

「疲れていたんでしょ。十数分くらい寝てたよ」

「あ、そ、そうだったんだ……ごめん。重かったよね?」

「いや全然」


 別に重かったかどうかはどうでも良く、むしろ、肩からどかした方がいいのか、起こしてしまう可能性を危惧するべきか悩んでいたので気が気ではなかった。


「あ、篠原じゃなくて美香って呼んで良いからね」

「え。あ、うん」

「そっちは颯真、で良いよね?」


 断ると言う選択肢は、頭に無かった。


「勿論。じゃあ降りようか、……美香」

「うん、そうだね」



 乗り換え線の移動の為、俺たちは空いた駅内へと降りた。



 確かに彼女の関係の進展を実感しながら。

 不思議と、嬉しさが浮かんで。



 彼女と別れるまで、俺は彼女の手を引いていた。


 

 





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