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19話 正気を堕とせ

明日の投稿は19:30と20:00になります。


 

 思えば誰かと異空に潜るのは初めてだろうか。


 いつも一人でばかり潜って居たから、新鮮な空気感にどこか落ち着かない。

 

 彼女は装備品なんかは良くわからないとの事で俺に任されていたが、異空がどんなモノかというくらいは十分知っているそうだ。


 戦いに関しては一回手を出さずに任せてみよう、と決めて俺たちは足を進めてゲートから遠ざかり異空に景色を視界に入れた。


「うわぁ〜!」


 第一異空に来てテンションが上がった様子の篠原さんをチラリと確認する。


 昔から性格が男子似だったのは知っていたが、こんな純粋な冒険心を前面に押し出した顔をしているのを見るのは久しぶりで少し微笑ましくなる。


 彼女の反応に緩んでいた顔を治し、俺は改めて先の見えない異空の先へ目を向けた。


 

「リリィ」

「はい」


 俺はリリィを召喚し、手招く。


 いつもの姿でリリィが登場したが、彼女は隣にいる篠原さんを不思議に思いながらも口を開くタイミングでないと思い黙ったまま相沢の近くへと歩く。


「それが相沢の使徒?」

「ああ。リリィ、こっちは友達の篠原だ」

「うちのマスターがご迷惑をおかけしている様で」

「ん〜何だろ? 吸血鬼ヴァンパイアっぽいけど、にしてはちょっと見た目が違うよね? そもそもヴァンパイアは八等級の使徒だし……」


 迷惑なんかかけてない、というツッコミを入れる。漫才な様な物を篠原さんの前で繰り広げしたまった事にため息を吐きそうになった。


 篠原さんはリリィの正体に首を傾げていたが、ヴァンパイアで合っている。知識はちゃんとありそうだ。


 確かに駆け出しの使役師が八等級の使徒を持ってるのは不自然だろう。

 だが、本当に色々あってこうなったのだから仕方ない。

 

「まあ色々あって。デビルヴァンパイアのリリィだよ」

「どうも」


 リリィが丁寧に頭を下げる。


 ただ、リリィは篠原さんより背も高いし顔つきも大人っぽいせいで、成人女性が女子高生に頭を下げるような光景に違和感があった。


「へぇ。凄いんだね......! 確か宇川君とか、まだ使徒も五等級くらいでしょ?」


 宇川君。うちのクラスにいる使役師として活動している奴だ。


「頑張ってる方だよ。宇川は勉強も疎かにしてないし」


 彼は正規ライセンスを取得している五等級使役師である。武藤の影に霞みながらもウチのクラスで学校の使役師と言えば?と聞いたら二番目くらいに名前が挙がる人物だ。


「リリィって、その子の名前?」

「ああ、よく分かったな」

「そうなんだ。えっと、よろしくリリィちゃん。美香でいいよ」

「よろしくお願いします、美香さん」


 篠原さんには砕けた様子で話すリリィに、俺は何とも言えない感情を抱いた。


 俺と出会った頃のリリィはもっとツンツンしてたような気がするんだが……悔しい。


「あ、篠原さんもそろそろ呼び出してみたらどうだ?」

「うん。そうして見る」


 俺が呼びかけ、篠原さんはエインセルを呼び出した。


「エインセル」

「初めまして! 貴方が私のマスター?」

「うん! 私が貴方のマスターだよ!」


 エインセルが召喚され、彼女は直ぐに自分のマスターへと向いて明るい声でそう言った。


「あれ、元気一杯だね……?」

「あー、なんか感情の封印がゆるい個体もいるっぽい。特に害はないよ」

「ふーん」


 彼女の右腕から痛々しいほどの火傷痕が見える。

 エインセルという使徒の特徴だ。


「ね、なんかいつもより心が苦しくない! こう、締め付けがゆるい感じ? スピネル様になんかあったのかなあ?」

「さ、さあ……」


 顔は幼く、少女は十二歳ほどといった所か。尖った耳に、緑色の鮮やかな髪色。そして煌びやかな羽を持った彼女はまさに『妖精』だ。


 俺は思わず火傷に目線をやってしまっていたが、篠原さんは気にした様子などなく話を続けている。


「……えっと、エインセルは何が出来るの?」

「私? 私は治癒魔法の回復(ヒール)と、光魔法の閃光(フラッシュ)、それから風魔法の風刃(ウィンドブレイド)が使えるよ!」

「へー、凄い!」


 俺も頷きながらも、正直イマイチ決定力に欠けるんじゃないだろうか、と率直な感想が内心で浮かぶ。


 かといって近接戦闘は……いくら何でも無理だよな。


 彼女の背丈は百五十cmほど。見た目の年齢相応ではあるが、俺たちより小さい子を前線に立たせるのは抵抗感があるだろう。


「とりあえずスライムでも見つけてみないか? 篠原さんは防災訓練で擬似異空室を一回体験してみた事があるくらいだろ? 慣れといた方がいいかも」

「そうだね」


 篠原さんは肯定の為、頭を短く縦に振った。

 

 俺たちは第一異空の一階層を歩き始める。

 

 すると、歩き始めて一分ほどで早速スライムが現れた。


 粘着生物スライムは全ての穢者の中でも最弱と呼ばれる一等級の穢者だ。その聖遺書の価値は数百円にも満たない。


 ぷにぷにとした球状のそれは、こちらを確認すると同時に、キュッと鳴き声を上げながら突っ込んで来た。

 

 篠原さんが戦いやすいよう、俺は数歩後ろに下がって戦闘の行方を追う。


 俺が下がったのを確認すると、篠原さんはすぐにエインセルへ命令を下した。


「エインセル! 引き付けてから、よく狙って攻撃!」

「了解!!──風刃!!」


 エインセルの手のひらから風が吹き荒れ、集まり、そして刃を成した。

 緑色に輝く魔力が風を制御する。


 二秒とかからず、『風刃』はスライムを目掛けて発射された。


 エイム力が良いのか、はたまたはスライムの動きが一直線に飛びかかって来たからなのかは分からないが、攻撃はしっかりとスライムの中心部分を捉えた。


 空中でのけぞる様に勢いを失ったスライムは、青いゼリー状の体が裂けて地面にぶちまけながらも、中心部のコアは割れかけながらも、生命の活動を維持している。



 キュゥウ!!


 バスケボールくらいの大きさがあるスライムが、着地と同時にバネの様に跳ねて、再びエインセルへと飛びかかった。


 

 エインセルの場合、風刃の使用制限は大体十五秒。

 基本的に初級魔法のクールタイムは、およそ十秒から三十秒ほどの間だ。


 そしてエインセルは武器を持っていないため、攻撃手段の風刃が回復するまで時間を稼ぐ必要がある。


 何故なら、攻撃されるから。


「っあ!!」


 肩付近に纏わりつき、エインセルから痛みを訴える悲鳴が聞こえる。

 スライムは基本的に攻撃性が低い穢者だが、殺されかけた事で必死になっているのだろう。


 酸が皮膚にダメージを与える。今、エインセルにはピリピリとした苦痛が走っているはずだ。


「やば!」


 篠原さんは即座に走り出し、スライムを強引に剥がす様にして引っ張った。


 スライム自体の吸引力は弱く、すぐに外れたが、代わりに体を変体させ篠原さんの手の付近に纏わりつこうとする。


「っ!!」

 

 本能的に恐怖の顔色をみせ、必死に腕を振ってスライムを振り落とした。


 彼女の腕を目視で確認するが、特有の肌の赤みは見受けられない。


 触れていた時間からも、攻撃は受けてないだろうという予想は当たっていた。というか攻撃を受けそうだったら助けに入らないといけない。


「颯真様、助けに入らなくて大丈夫ですか?」

「いやまだ待とう。危険はなさそうだし、流石にスライムくらいは篠原さん自身で倒させないと」


 エインセルも篠原さんも、戦闘慣れしていない様子が着実に出ている。

 それに動きにキレがないように感じる。


 だが、それは俺たちが強いから。普通の人間の動きの限界なんてこの程度なのだ。


 一直線でノロノロとしたスライムの飛びかかりすら避けるのが怪しく、必死に振りかぶって殴りかかろうとしてもあっさり躱される。


 これが大抵の人間の現実だ。


 もちろん、きっと雪男イエティと初めて戦っていた俺も、こんなぎこちない動きだったのだろう。


 だからこそ、人は穢者を倒すため、使徒に頼る。


「エインセル!今!」

「うん!!」


 スライムの飛び掛かりを転けながらも避けると、エインせるが息を合わせるように手を翳した。


『風刃』


 風の刃がスライムへと向かい──柔らかな肉体を裂きながら、赤色の球体、コアへと到達して真っ二つに切り裂いた。


 キュウゥウウッ───!!

 断末魔はは途中で途切れ、事切れたようにピクピクしていたゼリー状の肉の破片が動かなくなる。

 

 戦闘が終わった後にはゼリー状の肉体が飛び散るように散乱しており、唯一本体と呼ばれるコアのみが本来の形を保っていた。


 スライムに感情があるかどうかは知らないが、彼らは死ぬ前に何を思ったのだろうか。


 光の粒子に包まれ、一瞬の内に消え去る。


「篠原さん、解放の呪文を」


 俺が声をかけるが、まだ立ち上がれないらしい。

 まあ仕方ないか、と思いながら代わりに俺が解放の呪文を唱える。


「……お疲れ」


 魔石が落ちているのを見て、完全な消滅を確認する。

 しかし篠原さんはへたり込んだまま動かない。


「解放は失敗かーー篠原さん、大丈夫?」


 フォローする言葉を脳内で考え、一旦声を掛ける。


「う、うん。多分」

「一旦休む? 無理せずやめるのも手だしさ」


 フォローするような言葉を投げかけながらも、心にもないことを言っていると思った。


 何故なら明らかなほどに……篠原さんの目つきが答えを物語っている。


「舐めないでよ。……うん──もう大丈夫」


 彼女の目が変わる。

 表情からは歪みが見え、意図的か口角が吊り上がっていた。


 首から下げた聖具の水晶が、ドロッと黒く濁る。


 それは紛れもなく、彼女が使役師へと染まった瞬間だった。



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