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17話 アカデミー生



 俺は今日も探索に来ていた。

 昨日探索に潜ったばかりなので、体力的にはキツイのだが、心は案外にも弾んでいた。


 先日、六等級の使役師に上がったからである。

 直近で作ったミズチの討伐記録等々で積み重なった実績のお陰だ。 


 もう一度上がれば、ついに七等級の使役師になれる。


 とはいえ一週間後には篠原さんとの異空探索が待ち受けているので、今日は軽めに潜るだけの予定だ。


 使役師組合に入り、ロビーで俺は異空に潜る為の必要事項を記入した紙を受付に渡す。それが受理された後、更衣室で着替えた後に、俺は組合の奥へと入って行った。



 ロビー付近は飲食店やショップなどが並んでいる為、一般人などが入ることもある。なので探索者用の格好をする場合は、ギルド内へ行くのが基本だ。


 

 

 使役師組合、別名ーーギルド。ファンタジー作品のようにそう呼ばれるだけあって、ここ使役師組合の展示版には依頼が良く並ぶ。



 勿論俺が普段依頼を受けないように、俺は依頼を受けるのは時間や行動範囲を制限される為効率が悪いのと考えている。



 しかし今回は金優先だ。アンナの昇華用の聖遺書を買いたいのもそうだが、そろそろ稼ぎが惜しい。



「どれが良いかな……」



 黒板が何個も並ぶ程度には依頼の数が豊富だ。


 ここまでに依頼の数が賑わう理由は、掲示板設置の為の黒板やスペース、またスタッフの代金を国金額で賄っているからだろう。


 後は依頼受注というギルドならではのロマンだ。依頼ならばオンラインでも受けれるっちゃ受けれのだが、何というかそれはダサいという風潮がある。


 その為か依頼者も受注されやすいギルドを通して依頼し、その依頼に人がギルドに集まるというスパイラルが起きているわけだ。



『サキュバスの翼の取引

 報酬:交渉にて

 連絡:XXXXXXX-XXXXX』


 交渉か。

 ……面白そうだけど、サキュバスの翼は持っていない。


 受注側はギルドに売るより高い値段で、発注側はギルドから買うより安い値段で取引したいという事だろう。


 他に何か良い依頼はないか……そう探していた時だった。

 俺はとある依頼に、思わず目が止まる。



『依頼内容:息子(15)の初異空探索の講師役

 探索異空:四等級

 条件:男女問わず、十五歳であり五等級の使役師である事

 定員二名:七等級以上の使役師である場合、一人でも良い。*二人の場合、報酬は折半

 報酬:六万円

 日程:七月十四日。

 依頼日:七月七日

 連絡:XXXXXXX-XXXXX』


 六万……!?

 高額な依頼に思わず二度見する。二人で分けても、一人三万円ずつだ。


 依頼日が今日である事からも、まだ誰にも見つからずにこの美味しい報酬が残ってくれていたのだろう。何なら、たった今貼り出されたばかりかも知れない。


 初異空探索のガイド役、という事であれば要する時間は大体五時間ほどだ。

 

 それで一人三万。五等級使役師としては美味しすぎる報酬額だ。時給六千円とも言える。しかも難易度は四等級の異空。


 受けるしかない。


 そう確信して俺が手を伸ばし依頼を手に持った瞬間、俺の手を掠める手があった。


 

「え?」

「あっ……!」


 俺が驚く声を上げて手の方を見ると、驚いた顔の少女がいた。恐らくは同じ依頼を受注しようとしていたのだろう。


 ある意味で横取りとも言えるが、こちらの方が早かった。


「君もこの依頼?」


 ちょっとした気まずさを抑え、俺は少女に話しかける。

 

 まさか同じ依頼を取ろうとしていたとは。これが本であれば恋愛ロマンスのワンシーンになっていただろう。可愛い文学少女との。

 

「ええ、そうよ」


 しかし目の前にいるのは、顔は可愛いのだが、なんとも気の強そうな同い年の少女である。依頼を受けようとしていた事からも、十五歳なのだろう。


 まあ使役師だし、気の弱そうな少女はいないよな、なんて考えが脳を過ぎる。


 被ったのは少し意外だったが、同じ依頼を受けようとしているなら話は早い。定員は二名だ。これも運命だろう。至極単純、目の前の彼女を誘えば良いのである。


「そうなんだ。多分見てたと思うけど、この依頼定員が二名でさ。良かったら一緒に……」

「はぁ?」


 なるべく印象が良いように、気の良い笑顔で話しかけたのだが、話の途中彼女は怒りを含んだような顔になった。


「え?」


 何か気に触ったような事を言っただろうか。思い返しても変なことは言っていないはずだ。


「貴方、その依頼よこしなさい」


 俺の疑問への返答は、冷たい言葉だった。

 まあ男子と一緒に、というのは確かに警戒されても仕方がないかも知れない。


 けれど護衛対象だって俺たちと同年代の男子だ。どうせ一時的に組むだけなのだし、気にされる必要も無い筈だ。


「一緒に受ければ良くないか?」


 俺が純粋にそう聞くと、少女はため息を吐いた。


「察しが悪いわね……。私は! 七等級の使役師なの! つまり貴方と組む必要はない訳。 私を誘うって事は貴方、五等級くらいの使役師でしかも一人って事でしょう? 違う?」

「……ああ。確かに、俺は六等級の使役師だけど」

 

 そう言われて俺は納得の感情を抱きつつも、同時に彼女を訝しむ。どう考えても同じ年代の少女だ。そんな彼女がもう七等級の使役師だと言うのだろうか。


「しかし、七等級か。『一人前』と呼ばれるレベルじゃないか……凄いな」

「でしょう? 分かったなら良いのよ。ほら、早く譲りなさいな」


 彼女の言い分に納得するが、それでも食い下がる必要が俺にはある。

 俺は真っ向から言い返すことにした。


「なるほど、理由は納得できた。でも悪いが、依頼は早い者勝ちだろ?」


 俺が諭すように彼女に説明すると、彼女は何処吹く風といった様子で答える。


「けど貴方今一人だから依頼を受けられないでしょう? それならこの私に渡しなさいよ。依頼者も私が来た方が喜ぶでしょうに」


 やけに自信満々だ。


「なんでさ?」

「私が天才だからよ。この私に教えられたら、どんな子でも伸びるわ」


 その自信は一体何処から来るのか……。

 いや。心当たりはある。というか、流石に今回は若干察しがつく。


「君って、もしかしてーーアカデミー生か何か?」

「……ええ、そうよ。貴方は見ない顔だし、一般生なのかしら?」

「ああ」


 やはり、と言わんばかりの答えが返ってくる。

 どうして武藤と良い、アカデミー生は自信満々で不謙遜な人が多いのか。


 いや俺が身近で知っているのは武藤と、目の前の少女だけなんだけど。


「そう。もう六等級なのは悪くないわね。貴方、名前は?」


 彼女の目が少し変わる。こちらを下に見るような、嫌な視線だ。

 口では褒められているが、自分が上だという確信を持った余裕の話し方。


 

 しかし武藤とは違って嫌な気持ちにはならない。


 武藤と同様で、俺を下に見てはいるが、侮ってはいないせいだろう。

 そう。彼女は決してーー己に酔いしてれてはいない。


「相沢 颯真だ」

「……ふーん。私は小野寺 京華よ」


 自己紹介する必要は感じなかったが……。

 まあ、求められたなら答えない理由もないだろう。


「……まあ、いいよ。この依頼は譲る。俺の場合、相手が見つかるかも分からない訳だし」

「あら、そう? 助かるわ。貴方のこと、覚えておいてあげる。いつかサインでも書いてあげるわ」


 うーん、自信たっぷりなのは良いんだけどね……。

 しかし俺も言われっぱなしだ。


「気持ちはどうも。でも同じ使役師である以上、そのサインは遠慮しておくよ。君を超える気でいたいからさ」

「あら、本気かしら? 私を超えたいなんて、対異空高校にでも入らないと無理よ?」

「そりゃ大変だ。でも、俺は入る気だよ」


 少し冗談混じりに本気を混ぜる。

 分かっている。これは大言壮語になるかも知れない。


 目の前の彼女には、鼻で笑われるくらいの小っ恥ずかしいセリフだ。


 だが口先の言葉を笑われたまま終わるか、見返せるだけになるかは俺次第にできる。それにこのくらいの気概でいた方が、メンタル的にも丁度いい。


「それは、本気で言っているのかしら?」


 言った瞬間、小野寺がグイッと近づく。

 俺を覗き込むような仕草だ。


 日和る事なく俺は目を見て言い返す。


「ーー本気だよ」


 彼女は俺から躊躇いを感じなかったのか、呆れたように身体を離す。


「……あのね、否定はしたく無いけど……貴方と同じような人は何万人もいるわ」


 語り出す彼女の口調は、全体を指している。しかしその目はどこか遠くを見ている。


 誰かを思い出しているのだろうか。


「それこそ人生を掛けてでも対異空校に入りたいって人はいる。生まれた瞬間から、親の期待と気の遠くなるような金額を重しに背負って、ね」


 彼女は目を閉じた。

 その瞼の裏には、誰かが写っているのかもしれない。


「……理解してるつもりだ」


 俺は反論のような口調ではなく、ただ同意するように頷く。


「当然、そんな期待を受けた子は頑張るわ。朝も昼も夜も、一日たりとて休む事なく、普通の人生の全部を捨てて、時間を注ぎ込む」


 俺は今度は口を挟まずに、頷きながら彼女に話をさせる。

 いや、本音を言うと聴き入っていた。


「でもご存知の通り、アカデミーは進級する毎に毎年脱落者を出すわ」


 知識として理解はしていた筈だ。

 なのにこうして実際に語られると、その重みを改めて実感する。


「毎年、初等部に五百人ほど入ってくるアカデミー生も、最後の方には百人になっているの。それでようやく本番よ。それだけ頑張って、ようやく対異空校を受験する。そしてそこから更に二割が、貴方たち一般生のために落ちさせられる」


 散々言われている話だ。

 もっと現実を見ろと。


 俺たちの目指しているものは、実際はこうなのだと。酷く正しい理屈だ。


 世間でアカデミー生の子は、エリートだと持て囃される。特に年齢が高いにも関わらず未だにアカデミー生の子達は、尊敬の眼差して見つめられるだろう。


 けれど最後の最後でも、そのおよそ二割は肝心の対異空校に落ちる。


「脱落した人たちはみんな、異空探索校に入る為に命と人生を捧げて来た人たちばかり。特に中等部三年まで生き残って脱落した人はーー最後の最後にしか気づけないの。自分には才能がなかったって。その行き着く果ては、当然悲惨ね」


 話し終えた彼女は、悲しそうな目をしていた。

 俺は思わず釣られて、同情の顔を示してしまう。


「私はその二割にはならないわ。ここまで生き残ってきんだもの。絶対に。私は絶対に、自分には才能が無かっただなんて、そんなチンケな言葉でへし折られるなんてーー許せない

「……」


 どう反応すればいいのか分からない。

 でも自然と頭に浮かんだ言葉を、俺は彼女に告げた。


「それでも、俺の気持ちは変わらないよ」

「……そう。良い気概ね」


 彼女は説得が無意味だと思ったのか、短く口上を述べた。

 それから俺と目を合わせ、再び口を開いた。


「別に面白い話でもないんだから、そこまで真剣に聞いてくれなくても良かったのに」

スピネルも言っていただろう? ”貴方は何故なにゆえ生きるのか”ーーって。君はちゃんとそれに向き合っている。だから俺は君との会話が無駄だとは思わない」


 それは以前、俺が答えを出せなかった事だから。


 思考を回す。そうして一つ答えを出せるだけで人生においての土台がどれだけ積み重なるかを俺は知っている。


 きっと俺より高い位置で違う景色を見ている彼女に、尊敬を抱くのは自然だった。


「スピネル、第三の福音ね」


 当然知っているわ、という顔で彼女は俺の顔を見据えた。


 使役師である以上、呪文を使う事もある以上覚えるだろうが、スピネルの問いかけの意味を考える人は少ない。


 スピネルの、彼女の福音の意味が理解できない人もいるだろう。でも考える頭があるなら、きっとその教えを奥深く感じるようになる。


「それに俺の為に言ってくれたのなら、悪い気はしないよ。俺だって本気だからこそ、君が背負う重圧の重さに耐える覚悟を尊敬するし、追いつきたくなる」


 俺は彼女の言ってくれた言葉に、共感を示せる部分はあれど、その全てに共感する事はできない。その全てに共感を示すだけの人生を積み上げていない。


 けれどだからと言って、彼女の語った言葉を切り捨てるのは、あまりに愚かだと思うから。


「別に、貴方がどうこう思う必要はないわ。全部……私たちとはまだ、関係のない話だもの。そんな未来が来ない様に、私たちは今、努力を積み重ねればいいの。貴方はーーこれを聞いてもヘッチャラな顔をしてるし。きっと大丈夫よ」


 あっけらかんと彼女はそう言ってくれる。

 存外、彼女はいい人だ。俺はそう思った。


「ありがとう。小野寺さんって印象とは違って結構良い人だよね」

「……どういう意味よ」


 彼女は少し戸惑いながらも、その気持ちを誤魔化すようにして答える。


「良い話が聞けて良かったよ」

「……もう行くわ」


 用が終わったらしく、立ち去ろうとする彼女に俺は応援の言葉をかける。


「じゃあ、頑張ってね小野寺さん」

「……貴方こそね。えっと、……相沢君」



 おい、今俺の名前忘れかけてただろ。

 サインの話はどうなった。……いや、決して欲しくはないが。


 そう思いながら、俺は去っていく彼女の後ろ姿を呆れながら見ていた。








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