15話とある同級生
あれから少し騒がしくなっていたこの中学も、数日もすればあの異空災害を風化するように再び世界は歯車を回し始めていた。
本格的に夏に差し掛かって来た今日この頃。
あれ以来、再び使役師として頑張るという目標を立てたお陰か、物事に対してのモチベーションは高い。
「相沢、ちょっと来い」
ところが、今。俺は担任の男性教師、もとい赤井先生に呼ばれて、彼と共に職員室へと向かっている。
この担任の教師は体育教師をやっているせいか、かなり体格が良くゴツい。
うちのクラスが先生に弱いのも、この教師に威圧感があるからだろう。
「何で呼ばれたかは分かるか?」
見た目に反し、彼は穏やかに俺にそう問いかけた。
「……いえ」
「お前、進路希望先は京都対異空高校だったな?」
対異空校。それは政府が主導で運営している高校・大学であり、全国各地にあるこの対異空高校に入れるかどうかで、将来はかなり変わってくるとも言われる。
何せ対異空高卒業者は下手な大学を出るより泊がつく、と言われるくらいだ。
「はい、確かに俺の進学希望は京都対異空高校ですが……何か問題でも?」
「ああ、問題だぞ。お前が二年の頃だったら支持できたかも知れないがーーお前、最近成績が落ちてるだろ」
故に対異空校への入学はとんでもなく倍率が高い。政府直属という事で相当に高度な教育が受けられるし、税金を多く注ぎ込んだ教育環境は一流リゾートかと錯覚するほど施設が充実している。
何より異空についての最新鋭の教育を受けられる数少ない環境である上、擬似異空室を使った実験を認められているのは対異空校だけだ。
使役師だけでなく多くの生徒にとって最高の学び場。
「……はい」
「少なくとも現状では厳しい」
対異空高校高校には一般科と異空科がある。殆どの人が入りたがるのはこの一般科だ。先ほど述べた優良企業が欲しがるという話も、全て一般科の生徒の話である。
だが、異空科とて需要は高い。特に卒業者には専門使役師として三大組のどこかに所属できる場合が殆どだ。
俺も自分が一般科として入るのが難しいのは重々分かっている。本命は異空科としての入学だ。
「分かっています」
「まあ、お前は地頭も良いし巻き返せるかも知れないがーー進学先は京都だろう? どうするんだ? 寮に入るつもりか?」
「……そうしようと思っていますが」
対異空高校に入るための条件は実にシンプルだ。
それは他の受験生より、優れている事。毎年の入学席の枠を、取り合えば良い。
勿論、大抵の人は勉強して入る。
だが対異空高校の席は試験上位者以外にもある。
それが、使役師枠。
勉強が苦手な人材に設けられている、実力枠。
入学試験を受けられる最低条件はーー七等級以上の使役師である事。
俺が目指しているのはこっちだ。
「なら、より厳しいぞ。何せあそこは成績上位者から優先的に入寮していく。枠にも限りがあるからな。……考え直した方が良いんじゃないか、相沢」
「……そうですね」
頷きつつも、返答を変える気はない。
俺は彼の言葉を聞き届けた後に職員室を後にする。
分かっている。彼の言うことは限りなく正しい。
でもーー俺はもうその忠告が耳に届かない。
だって、理想に魅せられてしまった。
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「おはよ〜」
寝不足の目を擦りつつ、俺は教室へと入って行く。
異空探索の日々は楽しさを感じる。
それに今朝の事も重なってか、今はとにかく少しでも多く異空探索に潜りたい。
スマホで日程を確認するが、やはり何度見ても日付は変わらないし次に自分で予定を入れた探索日まで後三日もある。
ふと足音が聞こえる。
誰が来るのかを察しながら、俺は静かにスマホをポケットに突っ込んだ。
「おい相沢テメェ!!課題の答え送ってくれるって約束したじゃねぇか!!何で送ってくれなかったんだよ!!!」
「ごめん。寝落ちしてた」
「ざけんな!?」
友人の一人である斎藤と、そんなやり取りを交わす。
冗談混じりの会話が小さく耳朶に響いた。
「なあ、相沢お前進路希望票提出したか?」
「あー……まだだな」
俺は濁しつつ答える。
本当は対異空高校に行きたいのだが、そうなれば使役師の活動を打ち明けることにもなるだろう。なんせ普通科で受かるのが無理なのは、誰からも明らかだ。
「マジか。てか、聞いたか? 菊池の奴、対異空高校受験するってよ」
「マジ?すげーな。アイツ頭良いし、納得だわ」
「エリートは違うなぁ……人生勝ち確コースじゃん。羨ましい〜」
友人達の間で会話が盛り上がる。
側から聞いているが、俺はあまり話題に興味がないので相槌役だ。
「そういや昨日の使役師たちマジですごかったな」
「あー、名古屋の方だっけ? 俺も中継つければよかったわ」
すると話が変わった。
ちょうど俺も知っていたタイムリーな話題だったためか、つい話に入ってしまう。
「俺も見てた。夜廻組のリヴァイアサンの活躍えぐかったよな」
「あー、保田っていう新人の使徒だよな」
「確かに地味だけどめっちゃ……」
その方向で話が盛り上がりかけた時、人の気配を感じた思わず俺は言葉を止めた。
「……何の話?」
クラスメイトの葉里さんという女子だ。
誰からともなく、言葉が消える。
「使徒なんて、穢者と変わんないでしょ。なんでそんな盛り上がってんの?」
見た目通りのキツい性格で、嘲笑うかのように彼女は言い放った。
別に彼女自身が喋ったわけでは無い。
けれど、学校中には周知の事実だ。
彼女が過去に親族を穢者に殺され、相当に嫌っているということは。
「ごめん」
「……ふん」
すっ、と消えた彼女に俺たちは話を再開しづらくなる。
別にこんな事は珍しくも何ともない。世界には彼女みたいに肉親を穢者に殺され、どうしても使徒というものに抵抗感を覚える人は少なからずいる。
「なんか悪いことしたな、葉里さんに」
「気にすんなよ相沢。そういうこともあるって」
「俺らもちょっと声大きかったし、配慮が足りなかったのは反省すればいいしさ」
気を遣われ、俺は思わず感謝の気持ちが浮かぶ。
「そっか。……サンキュ」
「おうよ、気にすんな。ダチだろ?」
「そうそう」
そう言って良い笑顔で笑った彼らに。
俺も釣られて笑った。
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「……いやどこがダチだよ……くっそぉ、裏切られた……」
俺は一人、そう呟く。
体育の授業の最中、俺は友人らに裏切られ一人グラウンドの真ん中で彷徨っていた。
俺たち五人グループは、そのうちの一人、藤井に内密に、彼が好きな女子生徒をくっつける為ペアになるよう仕組んだ。
そして、既にペアを見つけていた斎藤を罵りつつ。俺はこっそり村井と口裏合わせをしてペアになり、必然的に余る田中を省く合算だったのである。
だが事もあろうことか村井と田中に逆にあっさりと裏切られてしまった俺は、代わりの相手を探していたのだった。
完全に出遅れた、と自覚する。どうしようかと考えるばかりだった。
何せうちのクラスの男子は偶数。斎藤が女子と組んだせいで、俺は男子同士がペアを作る中、一人余ってしまった。
よって、あぶれた俺は女子と組む事になる訳だが……。
「あれ、篠原さん?」
「相沢?」
同じく向こう側でも余ってしまったであろう女子生徒を見て、声を掛けたのだが……相手は俺も知っている人物だった。
篠原美香。
小学校時代からの知り合いで、二年の頃のクラスメイトである。
特段仲が悪くもない相手だ。
まあしかし、知らない相手と組むよりはマシである。
てっきり、クラスでもハブられがちな片山さん辺りと組む事になるかもしれないと失礼ながら覚悟していたので余計にそう思った。
俺は気さくに彼女に話を振る。
「あれ、珍しいね。いつもの相手は?」
「風邪で。そっちは何で?」
「まあ色々あって」
「ふーん」
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今の体育の授業は陸上であるが、種目は走り幅跳びだ。
お互いに早い順番で番が回ってきたので飛び終え、少し話をする。
と同時にそういえば言葉を交わすのは久しぶりかもしれない、と思う。
「いえーい、二メートル半〜!」
「え、菜乃花やばぁ!」
他の人たちはまだ飛んでいる最中だ。
そんな彼ら彼女らを横目に、俺は自分と組むことになった篠原さんに申し訳なく思う。
「悪かったな、余った俺と組むことになって」
「え、いやいや全然! いいよ、別に」
そうなのか、と少しホッとする。
そこで彼女から話題が振られた。
「あのさ、最近は何してるの?」
「え? ……あー、特には。本とか読んでるよ」
無難に答えると、彼女から相槌が返ってくる。
「へー。なんか、相沢って話しやすそうな顔になったよね。最近なんかあった?」
篠原の問いに俺はどう返事をするか一瞬迷った。彼女の質問の答えとして真っ先に浮かんだのが、使役師としての活動だったからだ。
結局曖昧に回答を誤魔化しつつ、逆に問いかける。
「特には。ていうかそっちこそ。最近は何してんの?」
……昔、小学生の頃は彼女ともそれなりの関わりがあったと思う。
というのも、よく連むグループにお互い所属していたからだ。彼女とは友達の友達という関係だった。
「うーん、勉強して遊んでってくらいなんだよね。ほら、高校受験もあるし周りがどうしてるのか気になっちゃって」
……が、今は友達と呼べるような関係ではない。
なので今の彼女の生活については知らない事が多かった。
「そっか」
俺が短くそう返すと、彼女は話を続けるためか俺に質問してくれる。
「そっちこそ、本? 普段本を読むイメージないけど」
「あれ、そう? 小説とかは普段からそこそこ読んでるよ。それに一ヶ月くらい前、プレゼントで姉さんに色々本を買ってもらったから」
俺がそう返すと、彼女は顎に人差し指を当てて考えるような仕草をした。
そして一呼吸置いて、思い出したように俺に言ってくる。
「一ヶ月前? そういえば相沢ってその頃誕生日じゃなかった?」
「……よく覚えてたね」
「ほら三年前だっけ? 加奈ちゃんの家で相沢君の誕生会開いたじゃん。色々用意してて。楽しかったから覚えてる。……ずっと気になってたんだけど、相沢君の誕生会、何で加奈ちゃん家でやったの?」
その出来事はよく覚えている。
確か当時、誕生会に誘われることはあっても、自分の誕生日を祝われることはなかった。だから、当時幼馴染で仲の良かった加奈がウチでやろうと言い出したのだった。
「まあ色々あったんだよ」
俺は言葉を濁しながら、答える。
その後、当然だが加奈は勝手に決めてしまった事を両親に怒られていた。けれどホールケーキは彼女のお小遣いで買うと言い出したので、そこまでいうなら、と暖かい目で許して貰えたらしい。
……まあ俺の親は興味もなく、「お金がかからないなら勝手に行ってくれば?」というスタンスだったのだが。
ささやかにも誕生日を祝ってもらった後、家に帰って感動のあまり少し泣いてしまったのを覚えている。
まだ三年ほど前のことなのに随分と懐かしい思い出だ。
「……加奈って今、何してるんだろうな」
中学に上がる時に別々の学校に進んだので、もう長らくあっていない。
当時は恋かどうかも分からない特別な感情を抱いた。今となっては苦いの思い出みたいな物で、心の隅に消えないまま残っているだけだ。
「あ、そっか。もう連絡取ってないんだっけ」
独り言を聞かれてしまったのか、篠原さんはそう言ってくる。
「篠原さんは知ってるの?」
「うーん、まあそのうち分かると思うよ」
「え、気になるんだけど」
俺はそう言うが、彼女が話を続ける気配はないのを察してか押し黙る。
すると彼女が不意に要件を口にした。
「あ、ていうか相沢さ」
「何?」
「放課後、大事な話があるから校舎裏に来てよ」
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放課後。校舎裏。
恋愛漫画でよくありそうなセリフを吐かれ、俺は少し浮ついた心のまま校舎裏で待っていた。
それなのに酷く先ほどよりも現実を生きているかのような気がする。
踏みしめた地面の感触が鮮明で、視界から伝わる景色の色彩がいつもより色鮮やかに見えた。
(……篠原さんの性格的に、そう言う意味はないだろうけど)
一人、何度も自分にそう言い聞かせる。
手は髪を確認するように何度も触っており、変じゃないかと心はどこか不安で一杯であった。
今朝出かける前に全身鏡で自分の身なりを確認したが、変ではなかったはず。
そう言い聞かせて、俺は緊張を押し殺した。
「あ、ごめん待った?」
到着し早々そう声をかけた彼女に、俺はどこか心が落ち着いた気がする。
彼女から色っぽい気配はなく、どことなく俺もやっぱり彼女の言い方が紛らわしかっただけだと何となく察したせいだ。
こういう所は、小学校にいた時から変わっていない。
「まあ、うん」
「そこは待ってない、って否定するところでしょ」
苦笑まじりに言われ、俺はまあ十五分待たされてるし、と文句まじりに返す。
彼女にはごめんごめんと謝られ、俺は要件を聞いた。
「……それで、何の用?」
「あ、そうそう。本題だけどさーー相沢って今使役師やってる?」
その言葉に、俺は固まる。
誰にも話していないので、知っている人はいない筈だ。
どこからバレたんだ……?
「ええと……」
「昔から憧れてたでしょ? 最近、なんていうか凄い生き生きしてるし」
……話す気はない。
理由としては、俺がまだ五等級の使役師だから。
それに、周囲にバレるリスクがあるから。
でも、彼女はきっと言いふらす様な人間じゃないだろう。
そもそも俺が公表したくないのは。
馬鹿にされると思ったからだ。
「……そうかな? あんまり変わった感じはしないけど」
「そんなことないよ。なんか前を向いてる感じがしてカッコよくなったし」
それなりの関わりがあるからこそ、俺は彼女の性格を知っている。
彼女は素直に褒めてくれるのだろう。
俺はしばらくの沈黙を貫いた末、観念したように吐き出した。
「……確かに、今使役師として活動してる」
「やっぱり?」
当たった、というような無邪気な喜びを表現する彼女。
どう反応すればいいのか分からない俺は、誤魔化すように口を開いた。
「……それで? どうして急に?」
「ほら、私って二日前誕生日だったじゃん?」
そう言われるが、俺は彼女の誕生日を忘れていた。そのため、少し気まずい気持ちで頷きながら内心で目を逸らす。
「で、実は準ライセンスも取ったし行こうと思ってたんだけどさ。一人で行くのも怖いし、かといって年齢条件を満たしてる友達はみんな行った事なくて。出来ればーー信頼できる相沢に手伝って欲しいんだよね」
篠原さんは、上目遣いで遠慮気味に呟いた。
「駄目?」
「そもそも……篠原さん、異空とか興味あったんだ」
「まあ、うん……私もそう言われると思ってた」
でも、そういうことなら構わない。
まだ他人と潜ったことはないし、良い経験になるだろう。
「うーん……、まあそれくらいなら……全然良い、かな?」
「本当? ありがとう!」
信頼のおける……という部分については、小学校時代は仲良かったけど、中学に上がって以降そんなに話してないよな? と疑問には思ったが、俺は特に気に留める事もなく前向きに考える。
俺が少し迷った末そう結論を出すと、彼女ははにかむような笑顔でお礼を言った。
「分かった。じゃあ再来週の週末とかで良いか?」
「うん、了解。あ、ていうか連絡するよ」
そう言いつつ連絡先を交換する為、彼女はスマホを差し出す。
交換した後、用事の済んだ彼女は俺に別れを告げた。
「じゃあね」
「ああ」
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