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14話 異空災害



 さて。

 

 本格的に使役師として再び活動し始めた俺だが、やはり『一人前』と呼ばれるようになる七等級使役師までは遠い。



 とりあえずだが、俺には目下お金が必要だ。

 アンナを進化させるのもそうだが、他にも色々欲しいものがある。



 それ故、俺は今日は探索で得た品々を換金する為、使役師組合に向かっていた。


 駅から出ると強い日差しが頭上に降り注ぐ。

 俺は目を細め、歩き始めt。あ



 ところでだが、この地区には異空災害時に出動する担当使役師が複数いる。

 近隣住民には顔を知られた存在で、俺も子供の頃は何度か話をした思い出があった。


「……んー、困ったなぁ」


 なので、道端で明らかに困った様子をされていると目に付くのである。

 若い男性が道先でう〜ん、と唸っている様子を人々は避けて通っている。


 俺はというと、どうしようか迷っていた。


 一応知っている人だし、同じ使役師として幼い頃からリスペクトを持っている存在なので声をかけたい自分と、面倒事に巻き込まれそうな予感があったのだ。


 確かに時間に焦っているわけではないのだが……。


「……どうかしましたか?」


 俺は思い切って声をかける。


 最初自分が話しかけられているとは思わなかったのか、その男性はキョロキョロと辺りを見渡し後、あ、と理解したように自分を指差した。


「僕かい?」

「はい。困ってそうだったので。手伝えることがあればと」

「あ、いやいや、大丈夫。悪いし良いよ」


 そう首を振る彼だが、どう考えても大丈夫には見えない。


 顔を覗き込めば、かなりのイケメンであることが改めて分かるが、先ほどまでの様子は完全に不審者だった。


「……えっと、河野(かわの)さんですよね? 北部を担当してる使役師の。今日はどうして南部(こちら)に? 」

「あれ、僕のこと知ってる? 珍しいね……」

「小さい頃は北部に住んでいましたので。何かあったんですか?」


 引っ越したので、もう昔の事だ。

 それに両親の顔を思い出したくないので、北部には滅多なことがない限り行っていない。


「大したことじゃないんだけど、南部(こっち)の使役師組合に行く気が……道に迷っちゃったみたいで」

「スマホは無いんですか?」

「バッテリーがね、……ほらご覧の通り」


 そう言って電源の付かないスマホを見せてくる。


 ……なるほど。土地勘もないし、困っていたのだろう。にしてもこうして声をかけられる前に、誰かを頼るべきだったとは思うが。


「じゃあ、ここからそう遠くはありませんし、行き方なら分かるので教えますよ」

「えっ……うーん、でも僕が市民に頼られるのはちょっと……使役師の沽券に関わるというか……」 



 それなりに矜持があるらしい。

 だが、そもそも不審者っぽい挙動をしていた時点で忘れるべきだ。


 そういえば子供の頃、小学校に訪れてきてくれた時もこんな抜けた感じの人だったな……という懐かしい記憶を掘り返しながら、俺はため息を吐いた。


「一応ではありますが、同じ使役師なんで。丁度向かう所でしたし、良いですからついて来てください」

 

 まあ普通に今日使役師組合に向かう予定はなかったが、嘘も方便だ。

 それに、まあ先輩使役師として尊敬を持つ彼と、少し話をしたかったというのもある。


「あ、本当だ。申し訳ない……本当助かるよ」

 

 使役師の証である首飾りーー聖具を見て信じたのか、それ以上の押し問答はなかった。


 俺は内心で自分の等級数を聞かれなかったことにホッとしながら、彼を案内する。

 使役師組合までは、周辺駅近くのここから歩ける距離だ。


「……河野さんは普段北部の担当ですよね。今日は何でこっちに?」


 歩きながら、俺は話題を振る。

 貴重な機会なので、少しでも話を聞きたい。


「まあ、会議っていうか……そんな感じだね」

「異空災害時以外は何をしてるんですか?」

「あー、まあ色々だね。書類仕事とか、顔売りだとか、他地域の異空災害に駆けつけることもあるよ」


 なるほど。河野さんは天義組という組織に所属しているので、そこから賃金が発生しているのだが、やはり非番以外でもきっちり仕事はあるらしい。


 この地域に限ればもう半年は異空災害が起きていないが、隣接市等ではあったのでそこに駆けつけたりもしていたのだとか。


 ちなみに河野さんは、使役師の等級としては十一らしい。

 まあ異空探索よりも異空災害の対処がメインなので、あまり高くないのは仕方ないだろう。


「住民からはへっぽこだとか、頼りないとか言われることもあるけどね。でも全力で仕事はしてるし、僕たちだけで対処出来なかったら応援を呼べる姿勢も整ってるからさ。今の仕事には満足してるよ」


 そういった会話をしていると、気づけば使役師組合の目の前まで来ていた。

 彼を送り届け解散すると、去り際に応援の言葉を貰う。


「君も頑張ってね。使役師、結構大変だから」


 そう微笑む彼の顔は、温かいものだった。



||



 それから凡そ一週間。


 俺はいつも通りの日々を送っていた。


 暮らしは特段変わりのない。アンナの昇華先の聖遺書を下見に行ったりもして、値段に少し頭を抱えたりもしたが、学校生活では普通だ。



 先生はいつものようにチョークで黒板に授業内容を書き殴っている。



 時間は真昼ど真ん中。

 この授業が終われば昼休みだ。


 そんな中。

 グゥ〜っ、と誰かの腹が鳴った。


 みんなの視線がその主へと行く。

 視線の先には照れながら、笑う軽井というクラスメイトがいた。


 普段はハルと呼ばれていて、俺もそこそこ話している明るい奴だ。


「腹が減ったのは分かるが、授業に集中するように」


 先生に叱られ、謝るハルに周囲から小さな笑いが巻き起こる。


 俺も釣られて笑う。常日頃から愛想笑いをしていると、どうも笑いのツボが低くなるように感じる。


 顔の緩みを治していると、先生も再び授業を再開しようとしたようでチョークを黒板に向けた瞬間。



 ーーけたたましいアラーム音が鳴り響いた。


「な、何だ?」


 クラスのうちの誰かから、そんな声が上がる。

 ざわめく教室内を見て、先生が声を張り上げた。


「みんな落ち着け! 放送が聞き取れんだろう」

「先生、避難訓練の予定なんてあったんですか?」

「ない! だからみんな静かに!」


 強い混乱に全員が殴られるが、それでもパニックにはなっていない。

 事態を把握しようと、俺も放送に耳を澄ませた。


『異空災害警報、異空災害警報です。〇〇町で異空災害が起こりました。災害等級は九です。ただちに避難を開始してください』


 ……異空災害。

 つい一週間ほど前に出会った河野さんの姿を思い返す。

 


 何かの運命に導かれているようだと、感じざるを得ない。

 

「みんな、落ち着いて避難だ。廊下に出るぞ!」


 そう言われた俺たちは先生に連れられて教室を出る。

 辺りは同じく廊下に出た生徒達で混み合っていて、皆不安そうな表情を顔に宿していた。


 誘導に従ってグラウンドに集まろうとする中、俺の耳は一つの喧騒を拾う。


「おい、武藤!どこに行く!」

「オレは使役師だ。異空災害に出向くから、学校を出させて貰うぞ」

「……ダメだ! 学校中だぞ! ここにいる間、お前は生徒で保護対象だ!」


 先生と武藤が揉めているらしい。


 同じ声を拾ったのか、クラスの連中が宇川というウチのクラスで最近使役師になった男子に話しかける。


「な、宇川。あれって、良いのか?」

「普通はダメだと思うぞ。でもアイツ七等級以上の使役師だろ? 異空災害に向かうかどうかは、多分アイツの意思が優先されるだろうな」

「マジか。お前は行かなくて良いのか?」

「ばっか。俺はまだバリバリの五等級だっつーの。行きたくても行けねぇし、大体、今の異空災害は九等級だぞ?俺が行っても支援役すらこなせねぇよ」


 そんな会話を拾いながら、俺は頭を回して自分は行くべきかを考える。

 俺だって五等級ではあるが、同じ使役師だ。


 でも異空災害に対処できる等級じゃない。


「武藤って凄いんだな……」

「正直クズだけど、今はなんか頼もしく見えるわ」


 俺はみんなに自分が使役師であることを言っていない。


 と言うより、露見するのが怖かった。宇川と違って、俺は馬鹿にされるだろうという不安があったから。


 俺も、みんなに釣られて武藤の背中を見る。


 あんなのでも、彼は一人前の使役師だ。現に、クラスの連中が彼を見る目が変わった。ここにいる全員が、彼を認めている。


 人類を苦しめ続けている、あの異空災害に対処できる。それだけで、尊敬の対象なのだから。


 ……それが、どうしてか、悔しかった。


「あ、おい! 武藤! クソっ……!」


 武藤は先生の静止を振り払って行ったらしい。


 グラウンドに出ると、異空災害の様子がはっきりと見えた。


 数キロほど先で、急にドーム状の闇が見える。

 それが段々とこちらに近づいているのが分かった。


 現実世界に、異空世界が侵食してくる。

 あの壁のような隔たりを、人は境界線と呼ぶ。


 異空災害は地上を簡易的に異空内部と同じ状態にし、中に穢者を徘徊させる仕組みだ。

 

 当然巻き込まれた住民達は穢者に攻撃されるし、異空主が倒されない限り、境界線は広がり異空災害は大きくなり続ける。


 

 俺は素直に避難しながら、どこか悔しさを胸に抱えていた。

 今頃、使役師達があの災害に対処しているのだろう。

 

 そこに、俺はいない。


 日本に住んでいれば異空災害には、年に二、三回ほど遭遇する。

 今回の規模は中程度だが、ものによっては数時間で片付くものもあるそうだ。



「全員、無事か!?」

「はい!」

「よーし、このまま暫く待機だ。すぐに使役師達が来るはずだから動かず慌てないように!」


 

 それから間もなくして、使役師が到着し。

 異空災害が解決するまでグラウンドで待機させられた俺たちは。


 その三時間後、安全が確認された共に何事もなかったかのように教室へと戻っていった。



||


 

 ……これは、後から聞いた話だが。


 今回の異空災害における死者は十九人。負傷者は五十三人。

 災害発生からボス討伐までの時間はおよそ二時間。


 

 日本だけでなく、世界各国は未だ異空災害に悩まされ続けている。



 今回の異空災害によって、ウチの学校でもとある一年生が親族を亡くしたそうだ。また、三人ほど家を失った生徒がいた。


 


 異空災害はーー人類にとって。

 未だ明確な脅威である。


 そして……俺はこの件を機に、より一層異空探索にのめり込むようになる。

 




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