12話 目標
第二章 開幕です
神は言われた。
子よ、使徒と命を成してはならない。
そこにあるのは、破滅だけだ。
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あれから時は過ぎ………本日は六月三日。
初めて異空探索に潜った日から約一週間、特段誰かに使役師になった事を誰かに話すわけでも無く、俺は普段通りの日常を送っていた。
あれ以来、二度目の異空探索にはまだ向かっていない。
傷が癒えていない、というのもあるが、どこか心の中で言い訳をしていた部分もあった。
「よっ相沢」
「おう。斎藤か」
男四人グループの中に入り、席に座る。
俺たちの学校だが、席は各々が座りたい所に座れる仕組みになっている。朝のホームルームでもそうで、現に俺たちは見知った顔ぶれで席に向きを互いに向けながらのんびりと話していた。
すると、突然目の前の斎藤という男が話題を振った。
「なあ、聞いたか? 宇川の奴、使役師始めたらしいぜ」
「は? マジで?」
反射的に俺は聞き返してしまう。
一緒に座っていた他の三人も話していた話を止め、その話題に驚いた顔をしていた。
「何等級の使役師なんだ?」
「いや、まだ始めたばかりらしい。五等級の使役師だよ」
使役師の強さを測る上で一番分かりやすい等級を、友人の村井という男が聞く。
どうやら五等級の使役師らしい。始めたてとしては妥当だ。
話を聞く限り、どうやら現在は四等級の使徒二体を所持しているらしい。
「なんだ。せめて『一人前』って呼ばれる七等級になってからだろ。五等級じゃな……」
「いやいや、七等級の使役師って中々なれるもんじゃねぇよ。十分すげーって」
俺は斎藤の擁護に内心頷く。
自分自身が五等級の使役師である上、七等級の使役師になる難しさを良く理解しているからだ。
だが、やはり外野からみれば五等級の使役師はまだ素人に区分されるアマチュアである。異空災害にも出ないし、舐められてもしょうがないだろう。
……七等級の使役師になったら。
彼らくらいには、今の活動を打ち明けても良いのだろうか。
いや……それより前に。
姉さんに、俺はまだ話せていない。
そうして会話を交わしていると、教室のドアが開き見慣れた体育教師であり俺らの担任でもある赤井先生が入ってきた。
「あ、やべ。先生来たわ。早くスマホしまえ」
ゾロゾロと騒がしかった教室が静まり、授業が始まるチャイムが鳴る。
先生は教壇の前に立つと、すぐに口を開いた。
「よし、みんないるな? あー、お知らせだが……昨日異空災害が三重県で異空災害が発生した。なんでも、今月に入ってから異空災害の発生率が増加しているそうだ。皆、くれぐれも気をつけて登校及び帰宅すること。また、部活中止のアナウンスが出るかもしれない事は頭に入れておくように」
その言葉に一部不満を漏らす生徒たちを、先生が宥める。
そんなクラスを他所目に、俺は窓の外の景色を眺めていた。
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そしてその日の昼休み。
飯を食い終わった俺たちは、スマホを触りながら食堂を退出した。
休み時間何する? と、ふと俺たち五人組の中の誰かが切り出して、それに斎藤が返す。
「んじゃ、グランド行こうぜ」
そんな具合で、俺たちは斎藤のサッカーボールを抱えながら廊下を歩く。
雑談に夢中になっていたせいだろうか。
俺たちは廊下のスペースを占領しながら歩いていたせいで、気づけば誰かと肩をぶつけていた。
ドスッ。
俺の肩から伝わる感触に、俺は思わず「あ、ごめん」と謝りながらぶつかった相手を見た。
「武藤……」
相手の顔を見て、斎藤がそう呟く。
と、同時に俺の周りの四人が彼からそっと目を逸らした。
……武藤四郎也。
整った顔立ちに加え、ガタイがよく百七十五センチの身長と肩幅の広さ、そして見せつけるように半袖で露出させてある筋肉は、中学生離れしたものだった。
俺たちと同じ三年生だが、接点はほぼほぼない。
同じクラスになったこともないので、噂と遠巻きに見た見た目のイメージくらいしか持っていなかったが、間近に彼を捉えて、改めて怖いイメージを持つ。
彼は女を横に連れながら、ぶつかった俺と、その近くにいた俺たちを見返した。
「ちょっと〜! 何シロヤにぶつかっちゃってくれてんの〜? てか、邪魔なんだけど〜!」
ギャルっぽい見た目のその女子生徒は、イメージ通りの口調で武藤の彼女なのか俺たちを睨みながら非難を浴びせた。
……武藤は女遊びが激しいという噂がある。
顔の良さも相まってか非常にモテるらしく、月に一回はつれている女を変え、中学生ながら女を食いまくっているとの話だ。
またその腕っぷしの良さも有名だ。同級生や下級生を何人も病院送りにしていると言われるほどである。嘘の可能性もあるが、このガタイの良さから来る威圧感のせいで、嘘とは言い切れないと思ってしまう。
「おい、気をつけろ」
武藤は一言、そう口を開くと道を開けようと動いていた俺の動きがトロイと言わんばかりに、俺の胸を突き飛ばそうとする。いや、武藤からすれば軽く押しのけただけだったのかもしれない。
それでも、彼の太い腕から物凄い力が間に入った俺の腕に伝わって。俺はバランスを崩してあっけなく壁に背中をぶつけた。
「っ……!」
突き飛ばされ、壁に当たった俺を武藤はチラッと見た。
「柔いな。鍛え直せ」
それだけ吐き捨て、興味も無さそうに女を連れて去っていった。
何とか受け身を取れたので背中には大した痛みが無かったが、俺は去っていく武藤の背を強く睨みつけた。
怒りの衝動に駆られるが、俺は自分を落ち着かせる。
これは無駄な感情だ。
「大丈夫か、相沢? にしても謝ってるのに、突き飛ばすか普通? あいつ最低だな……」
「本当な、流石クズって呼ばれるだけはある……」
斎藤や村井に同情の声をかけられながら、俺は壁から離れた。
「いや、俺も悪いよ。心配かけて悪かったな」
俺はあの男の背中を睨む。
……武藤四郎也。
俺たちの中学で、四月生まれだったためか最も早く十五歳になり異空へと潜り始めた人物である。そして、うちの中学で最も──使役師として成功している男。
彼は使役師アカデミーに通っているらしく、昔から同年代と使徒の扱いを競っていたらしい。噂では現在の彼の使役師等級は八を超えているとか。
……今まではどうとも思っていなかったのに。
使役師を知った今は、悔しくて妬ましい思いが芽生えているのを自覚する。
ーー決めた。
せっかく使役師になったんだ。
俺はまず、目先のあいつを超えなくてはならない。
強くそう思いながら、俺は彼の眼中に映らない悔しさを心の中で吐き捨てた。
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「受付ですね?」
「はい」
行動を決めてからは早い。
二度目の異空探索にやや後ろ向きではあったが、今日は覚悟を決まっている。
異空探索の手続きをする為、俺は使役師組合へと訪れていた。
受付のおばさんから端末を渡してもらい、パパッと手続きを済ませる。
記入内容はID、名前、使役師等級、探索する異空名と難易度、そして契約の同意の五項目だ。
それを終えてから、俺はギルド奥の異空への門がある場所へと向かった。
「道あけてくださ〜い」
どこからか間延びした、しかし透き通る声が人混みの中から聞こえてくる。
「なんだ? 組織勢か?」
「装備えぐ」
「うお〜」
ごったがえす人たちは多種多様だ。
グループを組んでいる連中や、お金のかかった装備を揃えた人がいる。
その中でもやはり一際目立つのは組織に所属しているであろうプロ使役師達だろう。
一身に注目を浴びる彼らから目を逸らし、俺は他の人たちも眺めてみる。
「隊員募集してまーす」
「支援役の使徒持ってる人募集中でーす!」
「七等級以上の使役師の方、いませんかー!」
今の所一人で潜っている俺には関係がないのだが、こういう場はコミュニティーを形成するのにも重要なのだろう。
そんな風に思っていると、俺も声をかけられる。
「なあ君、僕と組もうや!」
そこにいたのは丁度俺と同年代くらいの若々しい少年だった。
先ほどからずっと年上っぽい大人ばかり見てたから、俺も思わず驚く。
「え、いや……」
唐突な言葉に目を細めると、彼はすぐに次の言葉を放った。
「僕、樋口っちゅうねん。同い年っぽいのが、君しかおらんくてな。僕、結構強いから組もうや!」
今時珍しく関西弁(?)で喋る彼に、俺はすごいゴリ押しだと一周回って感心する。立っていてはなんだから、と促すように目線を送ってから座ると、俺のすぐ横に彼は腰掛けた。
「あ……とりあえず、俺は相沢だ」
正直、内心でテンションが上がる。
同年代の使役師だ。そもそもが学校や家族に内緒の活動なので、交流の機会は限られる。友達まではいかずとも、彼をきっかけに同年代のコミュニティに入っておきたい。
俺は人の良い笑みを浮かべた。
「相沢な、おーけーおーけー。パッと行こうか。ワイは樋口、今んとこ六等級の使役師として活動してる。で、五等級の使徒が二体と四等級の使徒が一体おるねん。どや、組みたいやろ?」
「それは本当にすごいけど……待ってくれ。何しろいきなりだから……」
陽気な口調で、かなりグイグイと距離を詰めてくる。
嫌ではないが、コミュ力の差を痛感させられる感じだ。
それに何となく仲間というよりかは、子分にしてやろうというパッションを感じた。
しかし、六等級の使役師か……。
「お、せやねん! 凄いねんで、僕。クラスメイトとかは中々分かってくれへんねんけどな。僕は今まではソロやったけど、そろそろ厳しいかと思うて。よかったら君ん実力も教えてや、相沢君」
俺の実力を示すのに手っ取り早いのは、等級の開示だろう。
だが、俺はまだ五等級の使役師である。
まだ一回しか潜ってないから仕方ないのだが……。
しかし大人でも六等級に上がれない人がいる中で、六等級の彼は珍しい。上下関係は明らかだ。
……等級を素直に明かしたら、微妙な顔をされるかもしれない。
「俺か……あー、うん。待って、今使徒を見せるよ」
そう考えて、俺は自分の所有権が記された聖遺書をチラリと見せた。
見せたのは八等級の使徒であるリリィのもので、探るように俺は彼の顔を伺った。
「八等級!? え、凄いやんか!? ちゃんと従えれてるん?」
「あ、ああ、勿論」
一転してこちらを認めるような顔つきになった彼。
俺の返答に、ほー、と感心するような表情だ。
正直、俺は今の所誰かと組む気はない。でも同年代くらいの使役師は話し相手として、非常に貴重だ。
だからこそ仲良くしたいし、舐められたくない。
「もしかして相沢君ってアカデミー生やったりしたんか?」
「いやいや! まさか、普通の一般生だよ」
突拍子もない話に俺は頭を横に振って、すぐに否定する。
武藤じゃあるまいし、俺はそんなエリートではない。
「そうなんや。僕、君くらいの使役師には初めて出会うわ。今、他の人たちにも声かけてるんやけどな、良かったら相沢君も入ってや。僕とダブルエースなら頂点取れると思うで!」
「あー、でもその。俺、もうしばらくはソロで潜ろうと思ってて。その提案は結構魅力的なんだけど……」
「えぇ!? でも、ほならしゃあないかぁ……。じゃあ別れる前に連絡先教えてや! チーム入りたくなったら、いつでも連絡くれてええから」
俺は陽気な彼に頷き、連絡先を交換することにした。
とりあえずこれでコミュニティからあぶれる、と言った事態は防げただろう。
リリィやアンナの表情豊かさの説明が面倒なのでソロが確定してしまっていたが、一応は一安心だ。
「なあ、相沢君は対異空高校目指してるん?」
連絡先を交換し終え、話も終わりかなと思っていると樋口に問いかけられた。
俺はしばし固まって、聞きかえす。
「……対異空高校って、あの?」
「せや。本業の使役師を目指すなら最高の環境が揃っとる学校でな。日本のトップの使役師は基本全員が対異空高校を卒業してるってくらいなんや。ルートは色々あるけど、僕らは野良で実力を付けて、入学試験を勝ち抜く方法で入るつもりなんよ」
少し興奮気味に話す樋口。
対異空高校。それは使役師だけでなく、異空関連の教育に優れており、使役師科は毎年ほぼ全ての卒業者をプロ組織と契約させている。
若くして使役師を始めた者が、まず間違いなく目指す道だろう。
「そうなのか」
とはいえ入学試験はとんでもない倍率だ。
それに学費も無視できない。
特待生にでもなれば学費は免除されるのだがーー。
その特待生になるには……。
「ただ、一応僕らも選定式で活躍するっていうルートも考えとってな」
選定式。
使役師選定式の通称である。
全国の十五歳前後の有望な使役師たちを集め、高校入りする前の十五歳たちの頂点を予め決める。基本的に大会のような形式で行われ、その様子は一般にも公開される。
それが選定式という行事だ。
その選定式は、毎年大きな娯楽として盛り上がりを見せる。
何故なら有望な使役師はみんなこぞって対異空高校に入る。しかし世間は彼らが学園内でどう育っているかを見る機会はほぼない。
だから使役師の界隈にとって、選定式とは数少ない有望な若手を発掘できる機会なのだ。
「実は……俺も選定式経由のルートを考えてる」
選定式。その大会で、世代一に選定されれば様々な恩恵が得られる。
まず優勝賞金に加え、称号や特権が身につく。県別予選での優勝者は『藍玉の指揮者』。そして世代一に選定された者は『蒼玉の指揮者』という泊がつく。
その名誉は計り知れない。後々使役師としては大成せずとも、メディアでならいくらでも需要があるくらいだ。
「そうなんか……。なら、お互い頑張らなあかんな」
「ああ。悪いな、話受けれなくて」
そこで樋口は話を区切って立ち上がった。
俺も立ち上がり、別れの挨拶を待つ。
「ほならな。あ、チーム組みたくなったら連絡入れてな」
「ああ、じゃあ」
そう言い残すと、彼は去っていった。
素直だし、結構良い奴なのだろう。
俺の目標……。
焦燥感から異空へと飛び出したが、俺には金を得る事と対異空高校に入る事以外に明確な目標はない。
……決めた。
俺はまず、一人前と呼ばれる七等級の使役師になって。
姉さん達に、堂々と使役師をやってる事を話せるようになりたい。
それが一先ずの目標だ。
そして、列に並んで五分。
長い石階段を登った先にある鳥居に手を捧げながら通り抜けて、俺は異空へと移動したのだった。