1話 異空
クォーツです。
新連載、始めます。
*7/28日毎日連載復帰しました。
これに合わせて、当作品の目標をジャンル別日間ランキング復帰に定めようと思っています。応援何卒よろしくお願いします。
今より四十年前。
地球に人を襲う化け物達が蔓延った。後に『異空災害』と呼ばれることになる現象である。
突如として救いの手を差し伸べた神の力を借りて災害を押し返した後。
『異空門』という地球を襲った化け物たちの住処へ繋がる門が現れた。
これで終わりではない。
神のお告げにより『異空災害』は定期的に再来すると知った人類は、使役師という職業を作り対策を練ることになる。
以来、多大な犠牲を出しつつも年月と共に日本は元の平穏な形を取り戻していた。
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昔の記憶は良く覚えている。
「颯真……アンタ本当に馬鹿ねぇ」
「……ご、ごめんなさい」
母から強い嫌悪の籠った言葉が浴びせられる。
俺は下を俯き、謝るしかできない。
俺は親から愛された記憶がない。
物心ついた時には既に冷めた両親の目が当たり前になっていた。
家はごく普通の家庭だった。五人家族の末っ子として生まれた。
「何でこんな子、産んじゃったのかしら」
最も、生まれたことを祝福されたことはなかった。
いつも母の冷たい目と言葉を思い出す。
今の日本で生きていくには何が必要だろう。
寝床と食事と教育。
どれも全部お金がかかる。
「じゃ、仕事行ってくるから。颯真は留守番よろしくね」
「了解。頑張って姉さん」
俺が十二歳の時、姉さんが引き取ってくれた。
法の手続き等々のことは俺には良く分からないが、とにかく姉さんの家で暮らすことになったとだけ理解している。
時は流れ十五歳になった俺は、今では普通の毎日を送れている。
全部姉さんのお陰だ。
「……ごめん姉さん」
でも。
俺は一つ、恩人の姉さんの約束を破っていた。
使役師にはならない、という約束を。
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辺りには雪にこっそり隠れた彼岸花が咲いている。
雲ひとつないのに、どこからか降ってきた雪が頭に積もった。辺りは恐ろしく無音で、動物の気配の一つもない。
「ここが異空……」
小さく呟くと、白い息が目に見えた。
肺に入る空気は澄んだ冷たさを持っている。寒波に耐える木々のどれもが見たことの無い種だ。
「別世界って割には、案外普通だな……敵もまだいないし」
俺は雪の中に佇みながら辺りを見渡す。
そこは世界のどこかにありそうな、果てしなく美しい雪原の光景だった。
でもここは『異空』だ。
上を見上げると、血のような紅色の太陽が置いてあった。その横には紫色に染まった空が燦然と映る。下に視線を戻すと、白雪が光に煌めき、赤く染まっていて。
非現実的な美しさがそこに存在していた。
「って、早く使徒を呼び出さないと。今、めっちゃ無防備だもんな」
頭を振って、圧倒されていた己を呼び戻す。
使徒。
それは地球に突如として現れたこの異空に抗うため、神から与えられた人類の配下。
「使徒か……。俺たち使役師が命令しやすいように、神様が感情を強く制限してるんだっけ」
この使徒の特徴として彼らは皆、神の力によって感情を強く制限されている。
その為、見た目だけは端麗なものが多いこともあって、別名『人形』と呼ばれることもしばしばだ。
寒さに耐えながらも、首に下げた神の聖具ーー紅水晶と黄金の鉄鎖のネックレスを用いて、聖遺書から己の使徒達を呼び出す。
「『召喚』」
雪の上を踏みしめ、俺は自分の使徒の二体と相対する。
距離を測りながら、召喚した自分の使徒達に恐る恐る近づいた。
「えっと、初めまして。君たちが俺の異空探索に同行してくれる使徒かな?」
「……はい」
二人並んだ使徒の片方は俺と同年代程度の少女で、髪色は暗い紫色だ。
種族は悪魔。
赤色の瞳が目立ち、真っ黒な角と尻尾が生えている。首元にかけられているのは真っ黒な鎖。俺の持っている使役師の証、『聖具』は金色の鎖だ。対照的である。
「よろしく、デビル。で、君がーー」
もう片方は少し年上だろうか。人間で言うと十六、十七くらいの容姿をしている。背中まで伸びたボサッとした赤髪が特徴的だ。服は少しボロさのある白衣で、肌も所々変色している。
何より左腕がないのか、長い左袖の先がだらんと垂れ下がっていて空洞だ。欠損を抱える使徒は珍しくはあるものの、一定の数存在する。
彼女も同様に使徒の証である『黒鎖』を首飾りとして掛けていた。
「ゾンビ、だったかな」
この使徒は元使役師の姉さんが持っていた使徒で、種族は死者だ。
初見の印象としては二人ともかなり整った容姿をしている。まあ、人型の使徒は大抵容姿が整っているので特に特筆すべき点ではない。
使徒という力は新たなマスターに引き継がれる時、もしくは異空に飲み込まれた時に記憶を全て失う。
このゾンビも所有権が失われていたので、記憶はリセットされている筈だ。
「よろしくお願いします、使役師様」
先に声を上げたのは、悪魔の方。
全ての感情を剥がしたかのような顔である。声色とは反対に表情筋は硬く、妙な不気味さがある。確かに『人形』と呼ばれるのも頷ける。
しかし使徒にとって感情は邪魔だ。命をかけて戦えと命じるのだから、心は封じていた方がいい。
期待通りの無感情な返事を見て、俺は特に違和感を覚える事もなく、聞いていた通りの普通の使徒の様子だな、と気にも留めない。
次いで死者の方に視線を向けた時、彼女は私の番かな、と言わんばかりに顔に喜色を宿してから、元気良く挨拶をした。
「うん! よろしくね、マスター!」
その返答に、俺は思わず固まった。
「……え?」
驚いた声をこぼしてしまう。
デビルの方は、無機質で感情を含まない声だった。
しかし、ゾンビの方は笑顔で活発に満ち溢れた声で返事をしている。
腰に構えた剣に手が伸びた。
「……暴走!?」
俺は即座に警戒体制に入る。神様によって使徒は感情を出せない。暴走だとすれば危険だ。敵である穢者に堕ちる可能性がある。
場に緊迫した空気が流れた。
「ちょちょっ、そんなに警戒しないで! ほら、わたしちゃんと使徒だから!」
彼女は弁明するようにそう言いながら、自身の首元を指差す。
首に巻き付く鎖は黒色であり、それは即ち使徒としてマスターの支配下にあることを示していた。穢者の予兆があれば鎖は赤色になっている筈だ。
「本当、だな……」
俺は困惑のまま、警戒を下げる。
神が彼女を使徒と示している。疑う必要などない。
「マスター、驚いてるね!」
「ああ……うん。その、感情は制限されてないのか……?」
「うん。そうみたい!」
ゾンビが俺の驚いた顔を見て笑う。
彼女の首飾りの先にある水晶を見る。
透明な筈のそれは、何故か琥珀の色を帯びていた。
「……驚かれて当然ですね」
俺が答えると、可愛い顔に似合わない無表情で、デビルが凛々しく同意の言葉を投げてきた。同時に、彼女は首飾りの先の透明な水晶を揺らしている。
「なんか、神様の封印が弱い? みたいで。ちゃんと使徒ではあるんだけど、わたし成り損ないらしいんだよねー……」
ゾンビは少し顔に影を落としながら言う。どこまでも彫刻的な綺麗で動かぬ表情のデビルと、対比するように向日葵のような可憐で多彩な笑顔を咲かすゾンビ。
俺が強い混乱に反応を鈍くしていると、ゾンビが俺に恐る恐る質問を投げた。
「やっぱり、マスターも私が変だと思う?」
「まあ……うん」
咄嗟に嘘偽りなく答える。
常識的に考えるなら、彼女は間違いなくおかしい。
制御が効かなくなって背中を刺されたら、笑い話では済まない。
「う、ごめんなさい……」
「え?」
「や、やっぱり、わたしみたいな成り損ないは嫌です、よね。直せる自信はない、です、けど……頑張る、ので……」
「ちょっ......待って待って! 急にしゅんとされても。別に嫌とかではない、から……」
自己否定に入った彼女を、俺は反射的に止めてしまう。
マスターとして威厳を持とうと意気込んでいたのに、柔らかい態度で接してしまう自分に気づき文末の音量が小さくなる。
昔からの悪い癖だ。
どうも他人に対して威圧的に振る舞うのが苦手だった。
「嫌じゃないの……? 何で?」
「その……別に態度を矯正するほどでは無いっていうか」
マスターなら使徒を管理下に置くため、毅然とした態度をとるべき。
そう考えながらも、身体は頭に反した行動をとる。
「そっか……優しいね、マスターは」
「俺が? まさか。昔憧れてた使役師がそうしてたから、ってだけだよ」
笑って否定する。
これは本当だ。かつて一世を風靡し、刹那のように消えていったとある使役師。彼女は奇妙にも使徒のうちの一体と絆を通わせていたように見えた。
もちろん俺の勘違いだったかもしれないが、それがただずっと頭に残っていた。
「それより、俺でいいのか?」
「うん! ……むしろ優しそうなマスターで嬉しい、かな」
ゾンビが嬉しそうに笑った。その表情を見て、喜怒哀楽が豊富だと思いつつもやっぱり変わった使徒だと思う。
「デビルは?」
「特に気には致しませんので」
無表情で答えられる。模範的な回答だ。
なのに、ゾンビの方が自然な表情を見せる分、むしろデビルの方が不気味に見えて来た。こんな短時間でもう末期症状が出ている。
「なんていうか、対比的だな」
「……ええ」
そう呟くと、反対に無表情だったデビルの表情が少し動いた。あまり表情は変わってない筈なのに、こちらを見る目ジト目は気のせいか、不満気に見える。
俺は彼女の視線に気づいて、それとなくフォローを入れた。
「……別に態度が不満な訳じゃないぞ? ていうか、ほら、今はちょっと表情作れてるよ。ちゃんと感情が伝わったし」
「そう、ですか」
表情筋の微かな変化が見えて、俺は指摘する。
「ね、デビルちゃんもわたしみたいにやってみようよ!」
「え……」
ゾンビの援護に、デビルが少したじろいだ。
何か変な事を言い出した、と俺の目を見ながら無言で訴えてくる。
「……そもそも出来るのか?」
「さあ……すみません、でも何故か出来そうな気はありますが……」
「あ、勿論嫌だったら断っても良いけどね!」
「……私、使徒なんですが。断って良いんですか?」
「あ、うーん……まあ。好きに振る舞ってくれていいよ」
そうはいうものの、俺が与えられるのは形だけの自由だ。
命令を使えば大体のことは従わせられるし、少なくとも理知的なデビルは俺と彼女が対等だなんて思わないだろう。
これはまだ、俺の信頼がないからだ。
少しの沈黙があり、彼女は俺を見ながら意を決したように目を閉じた。
「……分かりました」
彼女の黒鎖で出来た首飾りの先にある透明な水晶が揺らめく。
それがやがて、色を帯びてーー
彼女は目を細く開き、口角を下げて俺に向けていた目を細めた。
「はぁ……」
シンプルな演技である。
だが、それ故に彼女の感情表現はとても理解しやすい。
「あははっ、デビルちゃん上手!」
「よ、良く出来てるけど……次は笑顔がいいかな………なんて」
デビルは再び表情をリセットする。
そして俺を見て、言った。
「……全く。一度だけですからね。上手くできるかは分かりませんので、あまり期待はしないでください」
その言葉の後、少し不器用ながらも、花のような作り笑顔を見せた彼女を見て。
使徒でしか無い彼女は、まるで人間のような顔で。
「で、……どうです?」
俺は一瞬、時が止まったような錯覚に陥る。
「っ」
芸術品にも似た形容し難い美しさが、そこにあった。
機械を相手にするような気持ちを抱いていた彼女に、強く『人間らしさ』を感じる。
「……下手でしたか?」
「い、いや。上手かったよーー」
ボーッと見惚れてしまっていた俺は、思わず誤魔化した。
使役師と使徒の間には、いくつか神様が禁忌としたものがある。
その一つが。
種の繁栄。恐ろしい破滅の未来。
それを防ぐため、使徒はマスターを、マスターは使徒を愛してはいけない。使徒も禁忌に触れる可能性のある命令は無視できる。
普通の人間は考えもしないだろう。
力の全てを与えてくれたスピネル様の禁忌を反故にするなど。
ましてや使徒を好きになるなど。
「……本物みたいな笑顔だった」
「? そうですか」
だからこの先どんなに可愛い笑顔を見せられても。
俺は使徒達に恋をしてはいけない。
……そういう決まりなのだ。
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真っ白な部屋で。
スクリーンを注視していると、スピネルは声をかけられる。
「誰を見てるんですか、スピネル様」
「……ああ、ヨミ。彼の事は内緒なんだ。しばらくは私だけが見ていたいからね」
そう言ったスピネルは人差し指を唇の前に立て、楽しそうな笑みを浮かべていた。
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ポイントが入った日には特別にもう一話投稿したりもしていますので!