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哀歌兄弟、日本にゆく 第一章 18~19 アルバート


アルバート


18

 月曜の朝、エルウッドはいつもより早く起きて、三十分はやく出勤して、所長のアルバートの部屋を訪ねた。

思い切ってドアをノックすると「どうぞ」と声がしたので、エルウッドが所長室のドアを開けてみると、アルバートはもう出勤していて、デスクでなにやらタイプを打っているようだった。

 アルバートがタイプから目を上げてこちらを見たのでエルウッドは切り出した。

「実は相談があるんだけど。」そういうとアルバートはにやにや笑いながら「おい、エルウッドまた給料の前借りかい、あれは結構、手続きが面倒なんだぜ。」と冗談を言った。いつものエルウッドなら軽口を返すところなんだけど、エルウッドが真剣な顔をしているので、アルバートは怪訝な顔をして言った。

「おい、エルウッド。また、信仰に目覚めたなんて言う気じゃあるまいな。おまえさん、以前はそう言って仕事を辞めた後で、刑務所送りになったんだよな。」

「実はまったくその通りなんだよ。実はハーレム少年合唱団を救うために日本に行くことになった。それで申し訳ないんだが退職させてもらおうと思っているんだ。」

 アルバートはエルウッドが最初のミッション、自分たちが生まれ育った孤児院を救うために起こしたあの大騒動の時は、検査主任だった。随分と出世して今はスプレー工場の所長になってるけど、いくらイリノイ州警察の署長である義理の弟キャブや全米キリスト伝道協会の理事をしているペンギンが紹介者として名前をつらねているとしても、前科者のエルウッドがスプレー工場に再就職するのはそう簡単な話ではなかったのだが、実はエルウッドの再就職に関してアルバートが会社とかけあってくれていたことをエルウッドは後で知った。とにかく再就職してからもアルバートはなにくれとなく気をつかってくれていて、孤児のエルウッドにとっては有力な協力者であり、大切な相談相手の一人だった。

 アルバートはしばらくのあいだ腕組みをして考え込んでいたが「どうしても辞めなくてはならないのかい、休暇をとるとか、休職ではだめなのか?」と真剣な顔で言った。

「まだ、どれくらいの期間、旅に出ることになるか分からないし、日本に行ったとしてもこっちの思惑通りに物事が進むとは思えない。でも俺がやらなくちゃいけないんだ。」

エルウッドがそう答えると、アルバートはしばらく考え込んでいたが、エルウッドが珍しく真剣な表情をしているのを見てとって、あきらめたように言った。

「分かったよエルウッド。でも、無理をしてでも事を性急に運ぼうとするのは、君の欠点だ。事を荒立てないように賢く立ち回ることを忘れんようにな。」

「アルバート、本当にありがとう。再就職のときにも世話になったのに、それを無にしてすまない。でも、あんたのことは決して忘れないよ。赤の他人なのにあんたは実の兄のように俺のことを大事にしてくれたからね。」そういうとアルバートは黙って手を差し出したのでエルウッドはその手を握って握手した。

「今回のミッションが成功することを祈るよ。神のご加護がありますように。」アルバートはそう言ってくれた。


19

 有能なビジネスマンがみんなそうであるように、事態を呑みこんだアルバートの判断は早く、的確だった。彼はメモを取り出して、退職や失業保険の手続きなんかに必要な書類のリストを書き出すと、事務に行って、その書類をもらってサインをするようにエルウッドに言い、小額だが退職金が出るので、その振込みの手続きを済ましておくとエルウッドに伝えると、最後にこう言った。

「日本から帰ったら必ず、連絡をくれよ。とにかく身体には気をつけてな。」親指をグイっと突き出すアルバートに答えてエルウッドも同じように親指を突き出して「ああ、またね。」と言ってエルウッドは所長室を後にした。

 アルバートから指示された手続きを済ませてから、工場を後にしたエルウッドだったが、妙にすっきりした気分だった。後は銀行に行って当面、必要な金をおろしてから、部屋を片付けて、明日には旅立つつもりになっていた。でもそうは問屋がおろさない。それが、神の使徒の運命だ。気まぐれな神様とジェイクが手を結んでいるのだから、無理のないことなのかも知れない。このあと銀行に行ったエルウッドはそのことを思い知ることになる。


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