哀歌兄弟、日本にゆく 第一章 16~17 エドの昔話
エドの昔話
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シカゴ・エキスプレスに着くと、予想通り、エドとデーウィは昼の忙しい時間帯を終えた後のコーヒー・ブレイク中だった。
「やあ、エド、デーウィ。」とエルウッドが声をかけるとカウンター越しに話をしていた二人が顔をあげてこちらを見た。
「エルウッド、随分、遅い昼食だな。何にする。」とエドが言うので、エルウッドはとりあえずハンバガーセットとハーフのグリーンサラダとコーヒーを注文した。考えてみれば朝、アパートでドライのトーストを二枚食べただけだったので、腹が減っていた。
注文どおりのランチが運ばれてきてからエルウッドは話をきりだした。
「実は、ハーレム合唱団を救うために本当に日本に行かなくちゃならないみたいなんだ。」そういうとエドとデーウィは驚いたように互いに顔を見合わた。
「ハーレム合唱団を救うためには日本の哀歌魂が必要なんだ。まあ、まったく当てのない話で、日本に哀歌があるなんて聞いたことないんだけどさ。」そうエルウッドが言うとエドがそれに答えた。
「うーん。日本の哀歌か、だが日本にだってポップスがあるんだから、哀歌だってあるかも知れんな。」
「えっ、どういうことだい。」と驚いてエルウッドが顔を上げるとエドはしゃがれた声で歌い始めた。
「上をむいてあるこうおお♪♪♪涙がこぼれないように♪♪♪」
「なんだい、それは。」エルウッドはエドが歌っているのはわかったんだけど、英語ではなかったので、わけがわからず、ついそう聞いてしまった。
「なんだ、この曲を知らないのか。これはな日本のポップスだよ。今のは日本語で歌ったんだ。」エドはとても懐かしそうな顔をして話を続けた。デーウィもエルウッドもそんなエドを見るのは初めてだった。
「これはな60年代にはやった日本の曲でな、初めて全米トップ10入りしたんで有名な曲だよ。スキヤキというんだ。」
エルウッドとデーウィはそろって「スキヤキ?」と聞き返してしまった。
「ああ、実はあるDJが間違ってそう紹介してしまったんで、曲名はスキヤキになっちまったんだけど、本当の曲名の意味は、涙を流さないように上を向いてあるいていこうということさ。キュー・サカモトとかいう日本の歌手の歌だよ。」
エルウッドはびっくりした。そして、この旅のヒントがエドに託されていることを強く感じた。これは神の御意思に違いない。
「もっと日本の話を聞かせてくれないか、エド。」エドは頷くと話をつづけた。
「日本にだってなポップス・シンガーがいるし、ジャズ・バンドもある、日本人だってクラッシックは聴くし、オーケストラだってあるんだぜ。日本人だって音楽が好きなやつらはたくさんいるのさ。俺は日本にいたころ日本人ジャズバンドのプレイを見たことがあるし、日本のオーケストラのプレイだってみたことがある。」
生き生きと目を輝かせて、エドは話を続けた。
「彼らのプレイがアメリカ人に劣ると思うかい、でも、そんなことはない。今、野球じゃイチローやマツイなんかの一流のプレイヤーが大活躍しているけど、音楽の世界だって同じことさ。日本の哀歌のことは知らないけど、日本にだって凄い哀歌があるかも知れんぜ。」
エルウッドは確信した。今日、ここに来て、エドの話を聞くことになったのはただの偶然なんかじゃない。これは運命に違いない。
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結局、エルウッドとデーゥィは二時間近く、二人ともお爺さんの御伽話を聞く孫みたいにエドが話す日本の話に聞き入っていた。日本の音楽のことはもちろん、日本人の生活のこと習慣のこと、トロ、ウナギ、サシミ、スシ、モツニ、ヤキトリ、とかいう日本の料理がとてもおいしかった話。横須賀の夏がとても暑くて、シカゴの夏と変わらなかったことや、とにかくエドからいろいろな話を聞かせてもらった。
エドに言わせれば、日本人はみんな一様に勤勉で、質素な生活を好み、貯蓄の額もアメリカ人なんかより多いということだった。それにアメリカ人に対しては日本人はみんな、とても親切に接してくれるそうだ。エドは日本や日本人に対してすごく好感をもっているようだった。
最後にエドはこう締めくくった。
「よく日本人のことをアン・フェアだって言うやつがいるけど、本当はそんなことを言うアメリカ人のほうがよほどアン・フェアなのさ。同じアメリカンとしては恥ずかしいことだけどな。」エドは続けた。
「日本がアメリカに次ぐ経済大国にのし上がったのは日本人の正当な努力の積み重ねの結果さ。日本が成功したのは日本人がアメリカ人よりもチームワークを重視してビジネスをするのが得意だからだろうな。ただ、それが欠点でもある。日本人は個人プレイが苦手で、自己主張するやつが少なくて、少し考え方が保守的なところがある。だから何を考えているのかアメリカ人にはわかりにくいところがあるかも知れんな。」
ちょうどエドが話を終えたころ、ばたばたと客が入ってきた。
「エルウッド、日本のビールを忘れないでくれよ。キリンだ、キリン・ビール。楽しみにまってるよ。」そう言いおえて、エドは仕事にかかり、デーゥィも客の注文をとりにカウンターを立った。
エルウッドは目の前のランチのことや、腹をすかせていたことなんかすっかりと忘れていた。
冷たくなったコーヒーとハンバーガーとサラダを食べてしまってから「ありがとうエド、とてもタメになったよ。」といったら、忙しいエドは挨拶代わりに手を上げた。エルウッドも手でそれに答えてから、店を後にした。