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哀歌兄弟、日本にゆく 第一章 12~13 スバルでとばすエルウッド


スバルでとばすエルウッド


12

 次の瞬間、エルウッドはクラッチを踏んでギアをバックに入れて、アクセルを踏み込んでいた。普通のアメ車ならタイヤが空回りして、白い煙を吐き出してから、後退し始めるところだが、ツイーとスムーズに走り出すもんだから、エルウッドは慌ててブレーキーを踏んづけていた。そうしないと、もう少しで路地の端に車をぶつけるところだ。  「これが4WDのグリップか、なるほど。」と独り言を言いながら、エルウッドはハンドルを切り、ギアをローに入れてまたアクセルを底につくまで踏み込む。またまたタイヤが軋む音がするのかと思いきや、フワーっと軽い感じで、車は滑り出すように前進し始める。路地を抜けて、通りに出て、すばやくシフトアップしながらアクセルを踏み込むと、速度は、あっという間に百マイルを軽く超え、身体は加速のためのGでシートに押し付けられるんだけど、恐怖感というよりは快感を感じながらエルウッドは「ヒーン」というターボーの回転音に酔いしれていた。街で車を飛ばすのは久しぶりだった。

 タイトなコーナーを回って急ハンドルを切っても、レガシィはタイヤを軋ませることもなく、スイーっとスムーズにコーナーを回る。

「いい、こりゃいいぜ、兄貴。新哀歌爆走車。気に入ったぜ。さすが神が仕立てた車だよ。」

 全開のウインドーから流れ込んでくる、シカゴの初夏の風に帽子を飛ばされないように、手でおさえながらジェイクは答えた。

「相変わらずだなエルウッド、お前の運転は。慣れてなきゃ舌を噛み切るところだぜ。」そう言いながらもジェイクはニヤニヤ笑っていて、機嫌が悪いわけではないみたいだ。

「さてと、忘れないうちにコイツを渡しておくぜ。」そう言いながら、ジェイクは背広の内側に手を突っ込むと、金色のDVDケースを取り出してエルウッドに見せた。

「こいつはな、神が創ったナビゲーションシステム(英語版)だ。いいか、こいつをこのレガシィにセットして、このナビの指示に従ってゆけば、今回のミッションは必ず成功する。ただな、その指示がどんなにむちゃくちゃなものだったとしても、そいつを疑っちゃいけねえ。それがこのミッションの唯、一つのルールだ。」

 そう言いながらジェイクはダッシュボードを開いて、金色のDVDケースを開いて、その中の金色のディスクをDVDドライブにセットした。

「エルウッド、今度の日本ツアー、せいぜい楽しんでくれ。悪いが、この葉巻はお前にツケておくぜ。それじゃあな兄弟、また来るぜ。」ジェイクがそう言った途端、また金色の閃光と共に「ボン」と白煙が上がったとおもったら、ジェイクの姿はかき消すように消え、空になった金色のDVDケースだけが、口が開いたまま、助手席の上に転がっていた。


13

 さて、ジェイクが消えた後も、しばらくのあいだはご機嫌に初夏のシカゴの街を車でとばしていたエルウッドだけど、いつの間にか、制限速度を守って走っている自分に気がついて、思わず「俺も歳とったな」と独り言を言って、苦笑いした。刑務所に収監されるとき、その手続きにつきっきりだった、今は実の弟同然のキャブから、涙ながらに交通道徳を守るように説教されたことを思い出したからだ。

 ルイジアナでの一連のドタバタの間、職務を放棄して哀歌兄弟団のメンバーとして行動を共にしていたキャブだったが、彼の行動に関する州による査問は、一時的なストレスによる心身喪失によるものとみなされて、三ヶ月、病気療養のための休暇をとるということでかたがついた。

 精神科医のカウンセリングを受けるという条件つきだったが、その処分が随分と寛大なもので済んだのは、ルイジアナの魔女にねずみに変身させられた田舎テロリストとロシア・マフィアの面々がどういうわけか、真昼間にシカゴのイリノイ州警察の本部のまん前にシャツにトランクスだけの格好で、ロープで縛り上げられて、放り出されていて、彼らの逮捕が署長であるキャブの手柄だとみなされたからだ。まったく神の御心は謎だ。

 そういうわけで今でもキャブはイリノイ州警察の署長として働いている。ただし以前の彼とは趣味が大きく変わったのは事実だ。どういうことかというと、私服は常に哀歌帽に哀歌サングラス、黒のスーツの上下に黒のタイ。聞いている音楽は常に哀歌と、R&Bとかソウルとかゴスペルなんかのクラッシックなブラック・ミュージックいうことなんだけど、エルウッドに言わせれば「俺たちの兄弟なんだから当然だ。」ということらしい。

 バスターの里親さがしから、自分の就職の世話まで、キャブは本当によくしてくれた。硬いところはあるんだけど、キャブはカーティスに似て心根は優しく、面倒見のよいところがある。まったくいい弟をもったもんだななどど、ぼんやり考え事をしていたエルウッドがふと気がつくと、レガシィのナビゲーション・システムのカバーは勝手にひらいてモニターに金色の文字が表示されている。そこにはこう記されていた。

「友に別れを告げて、旅支度をせよ。神」

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