哀歌兄弟、日本へゆく第一章 10~11 天使ジェイク登場
天使ジェイク登場
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「うーん、2.0リッターか。」と腕組みをしながらエルウッドは考えこんでいた。彼にとっては、もっと排気量の大きな、そしてトルクの大きなアメリカ車が望みだったのだけど兄貴やレイたちが予言したとおりの、神からの贈り物だ。けちをつける訳にもいかない。エルウッドは車を汚さないように靴を脱いでボンネットの上に、慎重にのっかると運転席まで進んだ。ちゃんと運転席のウインドーは開いている。彼は器用にウインドーから身体を運転席にすべりこませた。四苦八苦しながら靴を無理やり履いてから、ふぅと一息ついた。
思っていたよりもレガシィは小さい。運転席もこじんまりとした感じだが、身体を包み込むような一体感があって、乗ってみた感触は決して悪くない。内装もシンプルで日本車というよりはなんだかドイツの高級車みたいな感じだ。
さて、いつものようにサンバイザーをさっとおろすと、ポロリと三角形のキーが手のひらに落ちてきた。「いいね、さすが兄貴。」と独り言を言いながらエルウッドがキーを差し込んでエンジンをかけるとセルが「シュル、シュル、シュル」と小気味よい音をたてて、回ったかと思うと、「ヒュルルルルル」と静かな音をたてて、エンジンが回り始めた。
アクセルを空ぶかしするとジェット機のエンジンみたいな「キーン」という高い音をたてて、エンジンはスムーズに回り、タコメーターの針はレットゾーンまで一気に振れるけど、アクセルを戻すと、しばらくタイムラグがあってから針が元に戻る。エンジンの性能が良い証拠だ。
何度か空ぶかしを繰り返したけど、またエルウッドは腕組みをして考え始めた。
うーん、うーん、悪くない、こりゃ確かに排気量はちょっと小さめだけど、まるで高性能の戦闘機のエンジンみたいだ。2.0リッターで二百馬力を超えるんだから、ツイン・スクロール・ターボとやらの性能は凄いぞ。
得心したようにエルウッドはうん、うんと頷いていた。おまけにガソリンは満タンだ。これなら本当に言うことないや、とエルウッドがそう思った瞬間、金色の閃光と共に「ボン」と白煙が上がったと思ったら、助手席にジェイクが座って、こちらに向かってニカッと笑いかけていた。
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「どうだ兄弟。悪くないだろうがレガシィは。」ずれた哀歌帽を被りなおして、ジェイクは葉巻に火をつけた。エルウッドは思わず、その煙にむせて、咳き込んでしまった。登場したジェイクは背中から白い羽がはえた天使の格好だったけど、煙は本物だったからだ。どうやら本物のそれも、かなり高級な葉巻を吸っているらしい。
「久しぶりに、お前とゆっくり話ができるぜエルウッド。死後の世界にはいろいろと制約があってな、話をしたいと思っても、俺たち天使が登場できるのは、せいぜい夢の中だ。だけど神が使わせたこの新哀歌爆走車の中ならしばらくの時間、現実の世界に滞在することはできることになってな。」
ジェイクはまた葉巻をくわえて、うまそうに煙を吸い込んで、話をつづけた。
「そのお陰で、またこうして本物の葉巻が吸えるわけだ。いやー、久しぶりだぜ。」
ジェイクは満足気に煙を吹く。
「死んでからはじめて分かるってことがある。日本って国は本当に侮れねーな、まったくアメリカに戦争をふっかけただけのことはあるぜ、エルウッド。」
一人合点しながらジェイクは喋り続けた。
「本当なら、死んでこのかた、俺がどうしていたか、最初から話してやることができりゃいいんだが、そして、死んだ俺がなんで、このばかげた羽の生えた、天使なんぞになって、お前の枕元に登場する羽目になったかについてもな。でも、それは神との約束で、できない事になっている。今回のミッションは神の御意思だか、その意味は、まだ人間のお前に、天使になっちまった俺が教えるわけにはいかないことになっていてな、その意味は、お前が実際に日本に行って、経験してみて、自分で掴むしかねえ。だけどな今度の日本行きは、驚きと、興奮と、感激に満ちたものになる。それだけはお前の兄貴として、俺が保障してやるぜ。」
エルウッドはじりじりしながらジェイクが喋り終えるのをまっていたが、待ちきれずに言ってしまった。
「兄貴、話は走りながらでもいいかい。」
ジェイクはイヒヒヒと笑いながら答えた。
「ああ、兄弟、久しぶりにシカゴの街をぶっ飛ばそうぜ。俺たちは神の使徒だ、遠慮はいらないぜ。」