表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

哀歌兄弟、日本に行く 第一章 7~9 スバル・レガシー


スバル・レガシー


7

 あれっと思って、エルウッドが気がつくと、まだ真夜中で、アパートの窓の外では煌々と月の光が、シカゴの街並みを照らしている。シカゴにしては静かな夜だ。

「まさかね。いくらなんでも、それはないだろう。」と独り言をいって、エルウッドはまた毛布に包まってねることにした。

 エルウッドが言っているのはシカゴ市鉄の動力用のトランスが収められている路地の庫庫のことで、この場所は孤児院育ちのエルウッドにとっては特別な場所だ。実は二代目、哀歌爆走車、警察払い下げの74年型ダッジもここにいつも置いていた。

 エルウッドはこの場所には特別のエネルギーが働いていると子供のときから固く信じ込んでいて、この場所に車を停めておくと、そのエネルギーが車に蓄積されて、ものすごいパワーを発揮すると本気で思っている。

 実際、あの74年型のぼろダッジは、イリノイ警察とシカゴ市警察のパトカー157台に追いまくられながら、ワザパマニ湖畔のパレスホテルからシカゴへの平均時速160キロというあの伝説のデットヒートをやってのけたのだから、エルウッドの思い込みも、まんざら、眉唾とは言い切れないかもしれない。あの伝説のデットヒートはシカゴ市民の間でも、今でも語り草になっている。

 さて、エルウッドが次に目を覚ましたのは、朝の八時をまわってからだった。今日は土曜日なので仕事はお休みだ。ベットの中でエルウッドはまたぼんやりと昨夜の夢のことを考えていた。

 うーん。兄貴はトランスの下といっていたが、本当にそんなことってあるんだろうか。神の贈り物。まさか本当にあそこにいったら、新哀歌爆走車が忽然と存在している。まさかそんなことはないだろう。まるで雲を掴むような話だなと、そう思いながらも、エルウッドは朝食の後の散歩をかねて、久しぶりに例の場所に行ってみることにした。


8

 さて、いつも以上にのんびりと時間をかけて路地を抜けて、シカゴ・エキスプレスの前にたどり着くと、ちょうど九時の開店時間だった。開店するまで仏頂面して待たされるはエルウッドも嫌だったから、機嫌も良くなるというものだ。

 エルウッドがドアを開けると、今日は早番のデーゥィがカウンターを拭き掃除しているところだった。

「やあ、デーゥィ、おはよう。朝から感心だね。」上機嫌でエルウッドがデーゥィに声をかけると興味深深という感じで、彼女はエルウッドに話しかけてきた。

「おはよう。ご機嫌ねエルウッド。昨日といい、今日といい。何かいいことでもあったの?」ちょっと困惑しながらエルウッドは答える。

「いいことなんだか、わるいことなんだか、まだ良く分からないんだよ。まるで、雲を掴むような話でね。でも、もしかしたら本当に日本にいくことになるかも知れない。今日はそのことを確かめようと思ってね。食事をすませてからね。」

 なんだか良く分からないという顔をして、デーゥィは「ふーん。」と答えた。彼女がそんな顔をするのも無理はない。エルウッドだって自分がどんな状況に置かれているのか、まだ良くわかっていなかったのだから。

 さて、コーヒーに、ドライトーストに、ベーコンエッグ、グリーンサラダのハーフをオーダーして、エルウッドが席にすわると、忙しげにフライパンを振り回したり、キッチンナイフで野菜を切ったりしながら、エドが話しかけてきた。

「エルウッド、日本にいくのかい。あそこはなかなかいい国だぜ。とにかく食いモノがうまくてな。特に魚がうまい。魚があんなにうまいものだって日本に行って、初めて知ったぜ、俺は海兵隊にいてな、日本の横須賀に何年か住んでいたことがある。日本のビールがな、また味が濃くてうまいんだ。」

 懐かしそうにエドが話すのを聞いていてエルウッドは「へーえ。」って答える。

「それじゃ、土産は日本のビールでいいかい。」って調子にのってエルウッドが答えると、エドは珍しく顔を上げて、仕事していた手を止めて、まじまじとエルウッドの顔を見つめると「ああ、本当に、本当に、頼むぜ。本当に日本にいくのならな。最近、夢にみるんだ。俺も歳かね。」と答えた。なんだか哀歌魂なんて日本にあるわけないといった時の、レイの悲しげな顔を思い出しながらエルウッドは「ああ、任せてくれ」と答えていた。


9

 エルウッドはなんだか不思議な気持ちだった。よく知っているつもりのレイが生前、日本人とかかわりがあり、それがまだはっきりとしたわけではないけれど、哀歌と関係があり、自分もそれに首を突っ込むことになりそうなこと。そしてまた、顔見知りで、よく知っているつもりのエドが日本に住んでいたことなんて、今日、初めて聞いた。

 食後のコーヒーをすすりながら、エルウッドはなんだか日本という国に対して、いままで感じたことのない特別な興味をいだいていたし、なんだが自分が日本に行くことになることについて、ほとんど確信といってもいい予感をつよく感じていた。

 エルウッドが席を立ったとき、もうシカゴ・エキスプレスのカウンターはブランチ目当ての客でごったがえしていた。

 勘定をすませて、店を出たエルウッドは鉄道の高架下の路地を迷うことなく歩いてゆく、子供の頃から歩きなれた路だ。路地を二ブロックほど進むと、お目当ての場所に着いた。

 しばらくは懐かしい想いに浸っていたエルウッドだけど、とにかく思い切ってトランスが収められている倉庫の鍵の壊れたドアを開けてみることにした。

 バタンとドアを開けると、あったね。赤外線燈に照らされて、黒光りしているピカピカの新哀歌爆走車がドーンとそこに置いてあった。

エルウッドはサングラスを外して、目をごしごし擦ってみたり、自分のほっぺたを自分で抓ってみたりしていたけど、目の錯覚じゃないし、ほっぺたは痛い。しばらく放心していたエルウッドだけど、次の瞬間、叫んでいた。

「ウオー、グレイト、ワンダフォー、アメイジング。」思わず小躍りした後で、彼はひざまづいて、神への祈りをささげたね。

 さて、立ち上がって車を後ろから観察する。どうやらステーション・ワゴンらしい。いくつもの星をかたどったエンブレム。そしてLEGACYの文字。

「レガシィ? 」自動車狂のエルウッドの頭には、色々な車のスペックが記憶されているが、それでもなかなかレガシィという名前が出てこない。それでも彼の頭の片隅にスバル重工という日本の企業の名前が記憶されていたことは特筆すべきことだろう。

「スバル重工製レガシィ。水平対抗ボクサーエンジン四気筒、2.0リッターDOHC16バルブ、ツイン・スクロールターボ、206馬力、コンピューター制御によるフルタイム4WD。」スペックだけがつらつらと口に出たけど、後は航空機のメーカーが作った日本の車だったことぐらいしか、覚えていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ