哀歌兄弟、日本にゆく 第一章 3~4 夕食をとるエルウッド
夕食をとるエルウッド
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さて、いつものように九時から六時までの単調な仕事を終えて、シカゴの市電にゴトゴトゆられながら、帰宅する。
夕食はいつもお決まりのトレーン・キッチン「シカゴ・エキスプレス」で済ませる。
いつもみたいにカウンターに座ると、ウエイトレスのデーゥィに「コーヒーに、ダブルのドライトースト、ローストビーフ一つ。」とオーダーするんだけど、そこでエルウッドのオーダーが止まると、ボールペンを持ってオーダーを書き込んでいるデーゥィが「んん」と唸って、眉をひそめて、こちらをにらんでいる。カウンターに座っている常連たちも、おい、大丈夫かよという感じで、エルウッドの顔をうかがっている。そこで慌てて「グリーン・サラダ一つ。」とオーダーを追加すると、デーゥィの表情がもとに戻る。
デーゥィはなかなかキュートな黒人娘で栄養師の学位をとるために大学に通いながら、夜はシカゴ・エキスプレスでパートタイムジョブをしているけど、彼女が夜の部のウェイトレスになってから、シカゴ・エキスプレスの常連たちも、オーダーするときに、それなりの神経を使わなくてはいけなくなってしまった。
つまり常連たちが好きなものばかり、つまり偏った食事ばかりをオーダーすると、彼女はそれに習ったばかりの栄養学の講義でもって、色々、抗議をして、そして、それに最後まで抵抗していた常連たちの何人かの前で、自分の抗議が受け入れられない場合は、彼女は目から涙をこぼしながら、「あんたたちの身体を心配してやっているのに」と、マジ泣きするのである。
これには抵抗を続けていた常連たち( エルウッドもそのうちの一人だったのだが。)もひとたまりもなかった。この迫真の抗議に抵抗できる人間がいるとしたら、おそらくそれは兄貴のジェイクひとりだろうなと、いつもエルウッドはそう思うのだった。
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エルウッドは食事をしながら、ここのところ毎日、見る夢のことについて考えていた。
日本だって、日本の哀歌魂なんて聞いたこともない。第一、英語が喋れない日本人にどうやって哀歌が理解できるって言うんだい。いつの間にか考えてることが口をついてのぼっていたらしい。
「ジャパニーズ? ジャパニーズがどうかしたのかい。」
隣に座っているマイクが口を挟んできた。
「いや、なんでもない、ちょっと考え事をしてたんだ。」エルウッドが答えると、マイクは続けて、しゃべり続ける。相手が聞いていようが聞いていまいが、お構いなしだ。
「そりよりさ、エルウッド、あんた昔、バンドやってたんだよな。」
エルウッドが「ああ、そうだけど。」と答えると、
「そうかい、じゃあ、あんたニューヨークのハーレム合唱団の話を聞いたかい。」
マイクはいつもの調子で、まくしたてているけど、エルウッドはハーレム合唱団と聞いて、つい、聞き返してしまった。
「ハーレム合唱団がどうかしたのかい。」
「ああ、ひどい話さ、あそこには合唱団専門の学校があるんだけどさ、その学校の理事長っていうのが悪いやつでさ、学校の金と、ハーレム合唱団の基金、全部、持ち逃げして、海外にドロンさ。今朝、ニュースで聞いたんだけどさ。」
「なんだって。」エルウッドはつい、興奮してマイクの襟首をつかんでひっぱっていた。
「それでどうなったんだ。どうなったんだ。どうなったんだよ。」エルウッドに襟首をつかまれて、マイクは苦しそうに「おい、放してくれよ、話ができないじゃないか。」というので、やっとエルウッドはわれにかえった。
「ふう、どうしたんだい、そんなに興奮して。でさ、話の続きだけど、金がないせいでさ、興行も出来ないし、ハーレム合唱団は解散するしかないらしいぜ。だから今、レコーディングと興行のできる、スポンサーを必死で探しているんだと。」
エルウッドはまたひとりで興奮して、叫んでた。
「あーあー、レイ。兄貴。このことだったんだな。このことだったんだ、あの夢は。」
エルウッドの興奮ぶりに、みんな驚いて、デーゥイもマイクも常連たちも、おったまげていたけど、エルウッドはお構いなしにまた叫んでた。「ハレルヤ。日本だ。日本にゆくぞ。」