哀歌兄弟、日本へゆく 第一章 1~2 エルウッドの夢
エルウッドの夢
1
最近、エルウッドは毎晩、同じ夢を見ている。そいつがまことに変な夢で、いつものように、エルウッドがジム・ビームスを一杯、引っ掛けた後で、シカゴ市鉄のそばの安アパートの煤けたベットで寝ていると、兄のジェイクとレイ楽器店のレイが哀歌サングラスに、黒スーツ、黒タイ、黒のソフト帽という例のスタイルで枕元に現れるというもので、どういうわけか、二人の背中には天使のような白い羽がはえているのである。そしてレイが喋り始めるのだ。
「エルウッド、良く聞いてくれ、ハーレム少年合唱団が危機を迎えている。救えるのはお前だけだ、だが、お前一人だけの力じゃ、無理だ。日本にジョージ・ヤナギという男がいる。ワシの古い友達だ。彼の力をかりてハーレム少年合唱団を助けてくれ。」兄のジェイクがパチンと親指を鳴らしながら、続けるように言う。
「エルウッド、こいつは神の使徒の仕事だぜ。」
レイが哀願するように言う。
「日本に行ってくれ、哀歌魂を探しに。」エルウッドはそう言われるとつい口に出して言ってしまう。
「日本? 日本のどこに哀歌魂があるっていうんだい。レイ、馬鹿なことを言うなよ。」
そうするとレイは寂しげな顔をして押し黙り、かわりに兄のジェイクが忌々しそうに、怒鳴るのだ。「エ・ル・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ッ・ド」いつもその怒鳴り声で目が覚めるのである。
2
例のルイジアナでのドタバタ騒ぎが一件落着した後、結局、エルウッドはルイジアナ州刑務所で五年は食らい込むハズだったのだが、カーティスの息子のキャブやペンギンの奔走で、今は成人して車の修理工場で働いているバスターや、哀歌兄弟団のメンバーが、比較的、彼に対して友好的な証言をしたお陰で、半年の短期刑務ですんだ。バンドのメンバーの口の悪さときたら、天下一品だから、キャブとペンギンがいなかったらどうなっていたか分かったもんじゃない。
今はペンギンの紹介で、以前に勤めていた、シカゴのスプレー工場の検査係に返り咲いている。
スプレー工場の検査係は単純な仕事だが、それだけに収入は悪くない。エルウッドはまだ独身だし、安アパートの家賃と、会社の近くにあるマクドナルドでの昼食費や、ほとんど、毎日通いつめているアパートの近くのトレーン・キッチン「シカゴ・エキスプレス」での夕食費、毎晩、一杯だけ、引っ掛けるジム・ビームスの酒代を差し引いても、まだまだ、余裕がある。後は、中古のCDのセールがあるとき、好きな哀歌シンガーのCDをまとめ買いするくらいのものだから、毎月の給料が手元に残ると、彼はそれをシカゴ・セントラル・バンクに全額、放り込んでしまう。これが結構な額になっているが、いまのところ使い道がないというところだ。エルウッドとしては、大部分を自分のいた孤児院に寄付して、自分は、その残りで中古のダッジでも買おうかなと思っている。
今、エルウッドは、まあまあ悪くない堅気の暮らしをしているというわけだ。