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レフォール視点 おめでとうが欲しい

『ローザンブルグに響く歌』直後。

銀の騎士であり、レフォール・ジェイド・ローザンブルグ子爵視点です。

突然、婚約した従兄ペルシ・サルファー・ローザンブルグ伯爵公子に問いかける。


『ローザンブルグに響く歌』のネタバレが多大に含まれています。

「少し良いだろうか?」

 レフォールは血の近い従兄に声をかけた。

 伯爵公子の青鈍色の瞳に、一瞬だけ理知的な光が宿った。

 それはすぐさま穏やかな光に戻る。

「もちろんだよ」

 婚約したばかりの青年は微笑んだ。


 

「突然のことで驚いてる」

 人払いのすんだ部屋でレフォールは切り出した。

「君に比べれば、多くの人間は『突然』婚約するものだよ」

 ゆったりと長椅子に腰かけ、従兄は言った。

「違うかい?」

 青鈍色の瞳が問う。

「確かに」

 一理あったので、レフォールはうなずいた。

 白薔薇姫のこめかみに現れた痣が、ただの痣ではない。

 消すことはできないローザンブルグ一族の証だと判明した瞬間には、国王の胸の内は決まってしまったのだろう。

 ローザンブルグ公爵家の血筋に嫁す、と。

 為政者として正しい判断だ。

 第一王女として他国に嫁がせてはいけない。

 それは危険な賭けであり、王権親授を謳う国であれば避けねばいけない事態だ。

 国王と公爵の間に、密やかな約束が結ばれ、あの日を迎えた。

 知らぬは当事者たちばかり。

「筋書きを書いたのは、父上だろうか。

 ロマンティストでいらっしゃる」

 レフォールは言った。

 第一王女に出会うまで、知らなかった。

 言葉を交わしているうちに、それは予感となった。

 謁見の間で聖徴を見たときには、確信となった。

 それでも、急な話だと思った。

 親としてあまりに情のない話だと感じた。

「愛のない結婚は不毛だ、とおっしゃるからね」

 ペルシは長椅子のアームに、肘を置き頬杖をつく。

 重苦しい意匠の長椅子が、王宮に置かれている優美なそれに見えてくるような仕草だった。

 かつて、公爵家よりも大きな領地を得ていたレインドルク伯爵家。

 その血族にふさわしい気品があった。

「きっとレインドルクの血だろう。

 我が一族と来たら、夢ばかりを描いている」

 レインドルク伯爵公子は告げる。

 ローザンブルグ本家は先代――レフォールたちにとって祖父に当たる人物が、レインドルク直系の姫君を妻に迎えた。

 レインドルク家は血族結婚を好む。

 法で定められている近親婚の限界に当たる従兄妹婚をくりかえし、その身に流れる血は始祖レコリウスに最も近いと言われている。

 それを証明するように女性のみにしか現れない異能が、男性にも出現する。

 弊害は大きい。

 子どもが授かりづらく、育ちにくい。

 成人しても、心まで大人にならないことがしばしあり、奇行の持ち主も多い。

 現公爵の『愛のない結婚は不毛だ』という口ぐせも、国一番の貴族としては充分に奇異な言動だろう。

 レフォールはためいきをついた。

「愛は見つけられたかい?」

 ペルシがからかうような口調で言った。

「父上が描いている夢とは異なるかもしれない」

 筋書き通りに事が運ぶことは稀だ。

 レフォールは運命的だと錯覚する前に、父たちの思惑に気がついてしまった。

「人それぞれだよ。

 同じ夢を見る必要はないだろう」

「ただ」

 青年は白薔薇姫と呼ばれる乙女の姿かたちを思い浮かべた。

 たおやかで、清楚な一重の白い薔薇。

 棘も持たずに咲く。

「世界で一番、美しい女性だと思っている」

 レフォールは答えた。

 姿だけでなく、そこに宿る心すら、美しいと思う。

「少し安心したよ。

 君にもレインドルクの血が流れてるって、ね」

 従兄は大げさに肩をすくめた。

「話を戻しても良いだろうか?」

 レフォールは質問した。

「ああ、私の婚約の件かい?

 唐突だとか、急な話だとか、なんだかんだと言われそうな気がするね。

 事実その通りだよ。

 伯爵公子としては軽々しい……と思ったけれど、レインドルク家なら仕方がないと噂されるかな?

 結婚を急がなくてはいけない理由がありそうな感じがするだろう?」

 ペルシは陽気に言った。

「私の従兄は敬虔な信者だ」

 青年は眉をひそめた。

 ローザンブルグ地方で、最も忌むべき行為を犯したとは思えない。

 王都から離れ、信仰に篤く、保守的だから守られている伝統ではない。

 聖レコリウスの血は災悪を招くゆえに、慎重になるのだ。

「一般的には、そっちを思う。

 ずいぶん、レフォール殿も王都に染まってきたね」

 レインドルク伯爵公子は失笑した。

「理由はこっちだよ」

 ペルシは首筋を軽く叩く。

 ちょうど、従兄の聖徴がある辺りだった。

「不注意から見られてね」

 軽い調子で言う。

 だが、従兄が軽率な人間ではないことをレフォールは知っていた。

 王都に三年の遊学が許されたのだ。

 レインドルク家の直系で異能の持つ主でありながら、ローザンブルグの外に出られた。

 秘密を守るだけの行動力と忍耐力がある。

 そう公爵たちは評価したという。

「沈黙の誓いを立てるのでは足りないのだろうか」

「公爵はそう思わなかったようだ」

 ペルシは声を潜めた。

 レフォールは従兄の顔をまじまじと見る。

 青鈍色の双眸には優しい笑みが浮かんでいた。

「ガルヴィ嬢は、私に歌を聞かせてほしいと言ったよ。

 充分な答えだと思っている」

 歌に異能が宿る青年は言った。

 ローザンブルグ娘の感情が天候を左右するのなら、彼の歌声は人の感情を左右させる。

 それゆえに恐れられ、それゆえ遠ざけられ、それゆえ疎まれ、それゆえに話すことすら禁じられた時もあったという。

「人の数だけ、夢はあるんだ。

 愛だって、その数だけあるよ」

 ペルシは嬉しそうに言う。

 伯爵が選んできた女性なら、どんな女性でも妻にする。

 捨て鉢だったときとは違う表情をしていた。

 当たり障りのない笑顔ではなく、自然と浮かんでいる喜色。

「婚約おめでとう」

 レフォールは心から言った。

「ありがとう。

 今日一番、欲しかった言葉だ」

 欲しいものを全部、手に入れた子どものように、従兄は笑った。

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