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聖女は過保護な聖騎士に溺愛される  作者: 雨宮こるり
第1章
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第6話 平穏を崩す者


神官に連れられ、応接間に通されたリアとゲルトの前に、神殿にふさわしくないけばけばしい男女がいた。

 

神殿内では貴重な布張りの長椅子に悠々と腰かけ、踏ん反り返っている。


ひとりは、漆黒の髪の男。耳周りのさらりとした髪は、顎のラインまでなのに、襟足は肩まで伸ばしている。黒地に金糸の刺繡の入った貴族服を身に着け、襟元には深紅のクラヴァットを巻いているが、なぜか着崩した印象を与える。黒と赤という強烈な組み合わせだが、この男の日に焼け過ぎていない肌によく映えていた。

 

座っているが、上背がかなりあるのがわかる。背もたれに両手を広げて置き、まるで自室であるというような堂々とした、不遜な態度だ。


(日本人……? ではないよね、顔が)


黒髪に黒い目なので、とっさに前世の日本人を思い起こしてしまったが、その顔はどうみても日本人ではない。響子の記憶を取り戻してから、黒髪に黒目の人間に出会ったことがなかたので、何だか妙な親近感を抱きそうになるが、その容姿と態度から、心の中で首をぶんぶん振った。


(およそ、お近づきになりたくないタイプの人)


その彼の横に、嫣然とした笑みを湛えているのが、煌びやかな赤いドレスを身に纏った御令嬢だった。歳はリアとそう変わりないと思うが、どこか大人の女性の色気のようなものを漂わせている。室内を満たす、気が滅入るほどの甘い香りは、彼女のつける香水の匂いだろう。豊かに波打つワインレッドの髪がふんわりと胸に掛かっている。ふわりと広がるスカートには、黒いレースがあしらわれている。


(ペアルックのつもりなのかな)


白を基調とした神殿内に、異質な色香を振りまく男女。

リアは困惑し、彼らの向かいの椅子に腰を下ろす神官長に目を向けた。

だが、神官長はどこか引き攣ったような笑みを浮かべたまま、怪しげなふたりに視点を固定している。彼の目尻の皺には汗が輝くのが見える。


「神官長」


緊張を隠さないゲルトの声が響く。

リアの背後に立つゲルトは軽装のままだ。

防具もマントを身に着けていないが、腰には剣を佩いている。

ゲルトの声に、びくりと肩を動かした神官長は、慌てたように振り仰ぎ、リアとゲルトを目に映す。


「いらっしゃいましたか。実はですね、聖女様。ここにおられる、クラリス様が新たなる聖女候補を連れて来て下さったのです」


その言葉に、男女の顔が、リアに向けられる。

面白いものを見るような瞳を向けられ、リアは身じろぎした。

二人は鷹揚に立ち上がり、胸に手を当てた。


「はじめまして。私はクラウス・フォン・アーレントと申します。この度は突然、押しかけるようなかたちになってしまい申し訳ない。隣にいる御令嬢が——」


「アンナ・バーレです。以後、お見知りおきを」


アンナはスカートを摘まみ、膝を折って挨拶する。

対するリアは下ろした手を前で重ね、丁寧に頭を下げる。


「ヴェルタの聖女リアと申します」


冷静に挨拶を交わすも、リアの頭の中は疑問符でいっぱいだった。

新たなる聖女候補?

神官長の言葉の意味が呑み込めないのだ。

聖女候補など、各地に幾人もいるはず。


エデル村でリアがそうであったように、いたるところに次期聖女たる資格を持つ娘たちが数多いるのだ。彼女たちは、聖女候補として、清らかな身であること義務付けられ、聖典の勉強には勤しむことがあっても、神殿に足を運ぶことはない。なぜなら、あくまで候補の一人にすぎないからだ。

わざわざ挨拶に来る必要などもない。

 

それに、アンナはリアと同世代だろう。

例外はあるが、通常ならリアはあと十年程は聖女でいることになるはず。

次の聖女になる頃には、アンナも二十代半ばを超えているはずだ。


(どういうこと?)

 

だから、クラウスがアンナを連れてきた理由がわからない。

百歩譲って、神官長に挨拶に来たのだとして、なぜリアが呼ばれなくてはならないのか。

顔を上げ、問うように神官長を見れば、彼はわざとらしく視線を逸らした。


「挨拶が目的ならもう退出してよろしいでしょうか?」


不機嫌さを滲ませたゲルトの声がして、リアは一歩下がる。


(そうだよね、挨拶は終わった。戻ろう、厨房へ)


そう思い、別れの挨拶をしようと口を開いたとき、クラウスが声を上げて笑った。

あまりに唐突な笑いに、ぽかんとして彼を見れば、怪しく光る漆黒の瞳がリアに向けられる。


「失礼。聖女殿とふたりでお話ししたいことがあるのですが、神官長、よろしいですか?」


「ええ、ええ、はいはい。もちろんですとも。私たちが退出いたしましょうか?」


腰を浮かせた神官長に、クラウスは鷹揚に首を振った。


「いいえ、祈りの間がありましたね。あそこがいい」

 

クラウスは自らの言葉に頷いてから、どこか怪しい笑みを浮かべ、リアの前まで歩いてくる。そして、リアの背に手を当てると、体をくるりと回転させ、扉の方へと促す。

見知らぬ男に遠慮なく触れられ、リアは言葉を失った。


「クラウス様! 聖女様に気安く触れてはならない‼」

 

間髪入れず駆けつけたゲルトは、リアの背に当てられたクラウスの手首を掴み、無理矢理引きはがした。その荒々しいまでの怒気に、クラウス以外の全員が息を呑んだ。


「ほう……聖騎士殿、これは申し訳ない。無知をお許しください」

 

悪びれることなくそう言って、クラウスは自分の腕を強い力で掴むゲルトと手の払った。

深緑色の瞳に怒りをたぎらせ、クラウスを睨みつけるゲルトを見て、リアはまずいと思った。腰の剣に手は伸びかけない勢いだ。


「いいのです、ゲルト。私は気にしていません」

 

本当は不快でしかたなかったのだが、今はそう言ってこの場を収めるしかない。


(お願い。ゲルト、落ち着いて!)


祈りが届いたのか、ゲルトはわずかに乱れた息を細く吐き出した。


「失礼しました。では、ご案内します」


背筋を正し、案内を買って出たゲルトの声音には、まだ剣呑な響きがある。だが、必死に怒りを押さえつけてくれているらしい。

ゲルトが扉に手を掛けたとき、笑い交じりの声が上がる。


「二人がいいのですよ、聖騎士殿。あなたもご遠慮願いたい」


ゲルトは勢いよく振り返った。

その見開かれた目は、これ以上ないほど怒りで燃えていた。



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