今日の出来事
残暑が厳しい日本。
それでも人々はいつも通りに生活し、様々な悩みや喜び、悲しみを抱えていた。
当たり前のように過ごす今日。
ある街の子供達は水筒をぶら下げて、アスファルトの照り返しでなおも暑い通学路を歩いていた。
家族の為今日も戦うサラリーマン。
「いってらっしゃい」と我が子の背中を見届ける主婦。
横断歩道で旗を振って通学路を守る老人達。
幼くても勉強に励む子供達。
預かった笑顔を守る先生達。
何もかもが日常。
誰もが当たり前に、今日の続きが未来になると信じて生きるその世界。
様々な職業で溢れ、人々でいっぱいの今日。
そんな国民を守る為、防人達は存在した。
彼らにも守るべき家族や恋人、友人がいる。
少し早めの昼食を取った彼らも同様であった。
今日のメニューは白飯、わかめと豆腐の味噌汁、唐揚げにキャベツ、蓮根のあえもの、りんご。
昼食後に将棋を指す者、読書する者、ソファで目を瞑る者、皆がおもいおもいに過ごしていた。
2020年代中盤、秋を間近に控えた月末。
突如としてサイレンが鳴り響いた。
「スクランブルッ!!」
古参の空曹長が赤い受話器を持ったまま叫ぶのと同時に、男達は走り出した。
航空自衛隊三沢基地緊急発進待機所。
配備されて久しいF-35A戦闘機にパイロットが乗り込み、4分後には激しいアフターバーナーの轟音と共に2機の戦闘機が空へと駆け上った。
13時40分 日本海上空。
上空8500メートルで2機の戦闘機は目標を発見した。
「DC(防空指令所)、対象機はロシア空軍爆撃機と推定される」
先頭を切ったパイロットが報告する。
「対象機はTu-160型機と酷似する。機数は1」
その目標はロシア航空宇宙軍以外には配備が確認されていない。
ステルス戦略爆撃機Tu-160。
もし、その爆撃機が最大限の能略を発揮すれば、一つの都市を簡単に消滅できるだけの核兵器を搭載できる能力がある。
その爆撃機と対峙しても、F-35Aのパイロットは極めて冷静に、その任務を完遂すべく警告を実施。
直ちに日本の領空付近から退去するよう伝達した。
同刻 航空自衛隊横田基地。
全国の戦闘航空部隊等を管理する航空総隊司令部でも、その情報はリアルタイムで共有していた。
必要があれば現在追尾している北部航空方面隊から中部航空方面隊、三沢基地第3航空団から小松基地第6航空団へと連絡も、増援指示もなんでも出せる。
その気になれば近隣の空自高射隊への“撃墜”指示も出せる。
自動管制システム経由で陸海自衛隊対空部隊、艦艇への情報共有も常に怠らない。
しかし、航空総隊上層部はそれよりも別なことで頭が一杯だった。
「なんでTu-160が日本海にいる?」
報告があがる中で、その機体は確認通りならアジアどころか、配備先は遠いロシア西部のはずであった。
日本海を進むTu-160に接敵すべく、既に小松基地からF-15Jが進発、浜松基地からE-767が派遣されていた。
三沢基地から追尾するF-35Aのパイロットが何度目かの警告を行おうとした時、Tu-160が突如として進路を変えた。
「対象機、進路転進。まっすぐ関東方面へ変更。領空へ侵入します」
「防空の穴を突くのか?」
北部航空方面隊から管制権が移った中部航空方面隊の防空指令所では当直指揮官が呟いた。
新潟県沖合から切り込むように侵入しようとする爆撃機は、ちょうど陸空自衛隊の防空ミサイル部隊の隙間を縫う形で侵入。
洋上に展開している海自イージス艦の中距離対空誘導弾の射程内ではあるが。
三沢、小松両基地から発進した戦闘機が取り囲み、百里基地から増援のF-2A戦闘機が前方を塞ぐように接近している。
たった1機の爆撃機を取り囲む戦闘機6機には実弾の短距離対空誘導弾、機関砲が装備され、いつでも撃墜できる。
しかし、それは相手が“撃つ”か、然るべき上層部=政府からの指示があればだ。
瞬間的にではあるが、当直指揮官の脳内に「撃墜」の2文字か浮かぶ。
しかし、少なくとも当直指揮官が判断を仰ぐ為に航空総隊へ連絡するよりも、爆撃機の行動は早かった。
「対象機、小型目標分離!高速で首都圏に向かいます!」
オペレーターの悲壮な報告が指令所に響いた。
「対空戦闘!ペトリオット発射用意!!」
首都圏近郊に配備されているPACミサイルを運用する部隊では、その怒声が飛んだ。
対象機が近づく、というよりもスクランブルが発令される度に、少なくとも対象機近隣にある航空自衛隊の高射隊では対空戦闘用意が発令されて、迎撃に必要な体制が取られる。
冷静に、訓練では無く「実弾」が接近する状況でも、現場は冷静に対処した。
すでに爆撃機は進路を変更、領空から離れるコースを取り、空自戦闘機が追尾。
一方で緊急指令を受けた2機のF-2Aは、爆撃機から発射された小型目標へ進路を取ったが、“極超音速”で飛翔する目標は搭載する短距離対空誘導弾AAM-5の射程から逃れようとしていた。
首都圏に迫る目標に「破壊措置命令」が防衛大臣より発令されたのは、ミサイルが新潟県上空を横切り、群馬県上空へまもなくの時であった。
しかし、その前には“独断”で航空総隊司令官命令で入間基地第1高射隊に「迎撃ミサイル発射」が指示された。
「首都圏に、人口密集地帯に“着弾”だけはさせられない」と。
命令を受けて放たれたペトリオットPAC-2ミサイルは、何も知らない一般市民が現実を知らず騒然とする中、けたたましい轟音と共に、託された自衛官らの想いよりは軽やかな軌道で目標へと向かった。
同時に、Jアラートが北関東地域、首都圏に鳴り響く。
そのJアラートも、ペトリオットミサイルが残した白煙も、「またミサイルか」と警報音に辟易する住民達も、そしてペトリオットミサイル着弾直前に起爆した極超音速ミサイル、それにより発生した大火球も、何もかも現実であった。
群馬県前橋市、渋川市、吉岡町の一部を飲み込んだ大火球の後に登ったキノコ雲は、東京都からも眺めることができた。