ヒャッハーって言う人現実で初めて見た…
シンです。
ちなみに僕は自分でもの考える時は一人称僕なんだけど、だいたい異世界では舐められるので、口では俺って言うようにしている。
数日、同じような生活をしている。
正午に起きて、シェルミを誘って町の中心部まで散歩がてら、色々教えてもらいながら、食堂で昼ご飯をいただく。
シェルミが薬草を売ったり、交換でパンや雑貨を手に入れている間に、暇そうな町長や自警団のリーダー・ハンスという若者に話を聞く。
日が暮れるまでシェルミの薬草採取に付き合ってから、夕食をいただく。
夜は屍人の平原に通じる谷間に内緒で建造した関所に詰めて、ゾンビやスケルトンの動きを観察する。
夜が明けると、シェルミを誘って温泉に入り(混浴ではなく)、朝パンを食べて、脱衣所に布団的なモノを敷いて寝る。
以上。
なのだけど、7回ほど同じことを繰り返して、町長を通じてボランティア精神に溢れた爺さん2人をリクルーティングできそうな目処が立った頃の、ある夜明け。
曙光を浴びて土に還っていく屍人達。
関所に抜けてくる正解の道への入り口に、昔手に入れた由緒正しいお札を貼ったり、道に聖水といって貰った瓶入りの水を撒いてみたり、十字架を立ててみたり、ニンニクをぶら下げた杭を立てたり、ありとあらゆる魔除けを行ったところ、
とうとう関所に自力でたどり着ける屍人がゼロ人になった!
…偶然かもしれんけど。
まあこれだけ脅威が減れば、人に任せても大丈夫かな。
万が一多数に押し寄せてこられても、関所に篭れば僕が駆けつけるまでは保つ強度に仕上げてあるしな…
よし、帰って風呂入って寝よう!
と思った時だった。
「今がチャンスだ、屍人が土に還って、町の奴らはまだ眠ってる!」
「略奪の限りを尽くすぜぇ…!」
「ヒャッハー、行くぜ野郎ども!」
「うおおおおお!」
馬に乗った10数人の小汚い男達が、正解の道を突っ切って、関所の横をー一応木戸になっているけど、この10日間旅人も何も通らないので油断してカンヌキを掛けてなかったー駆け抜けていった。
…
はっ
屍人よりも直接的に町の脅威を通してしまったのでは?
僕は急いで関所を出たが、既に盗賊(と呼ぶことにしよう)達の乗る馬がたてる土煙が見えるだけだった。
「まずい、追いかけないと…!」
便利袋から飛行の指輪を取り出して左手の中指に嵌めると、
「フライ!」
山を越えて飛んで彼らの前に出なければ色々と面倒な事になりそうだ。
2分で山を越えて、最初の農家…確かデルフィル氏?の家の前の道に降りる。
どのみち馬に乗っているなら、いつもの町の中心部に続く一本道を通るしかない。ここで待ち伏せれば止められる道理だ。
既にドドッ、ドドッ、という馬が駆ける音が響いてくる。
常人なら踏み潰される恐怖に逃げ出す迫力だが。
「13人か…13発でいいかな」
飛行の指輪を魔法の矢の指輪に交換。
「ヒャッハー!」
10メルまで迫った盗賊達に向けて、
「マジックミサイル、13弾」
放たれた光の矢は全弾、盗賊達の胸に綺麗にヒットして全員を落馬させたのだった。
まあ素人相手なので、自慢するほどのことではない…
盗賊達は落馬したものの、馬は興奮してそのまま町の中心部の方に走り去ってしまった。
まあ走ってるうちに興奮も醒めて、誰かに捕まるだろう…
面倒臭いのは人間だ。
なんかもうファイアボールとかで焼き払った方が後腐れなかったかも知れない。
いや、今からでも遅くないか…?
と思っているうちに、町の方から馬が駆けてくる。自警団の団長、ハンスだ。確か25歳になったばかりだが、生まれつき持っている幾つかのギフトのおかげで、辺境の町に置いておくのは惜しいほどのポテンシャルを持っている。
「…シン!そいつらは…!…何だ⁈」
「盗賊だろ。女子供か金目のものでも盗もうと押し入って来たようだ。」
今は全員落馬して、呻いているだけだが。
「こんな辺境に盗賊とは…!」
ハンスが正義の憤りを燃やしている後ろに、仲間の自警団員が駆け付けてくる。
「ひっ捕らえて王都に送れ!」
「いや、首だけでよくないか?首でも報奨金はもらえるだろ」
「牢屋とかないしな…切るか?」
物騒である。
ちょうど僕のチート能力に少しずつ慣れてもらうための良い機会だと思い、ボロボロの廃材で牢屋を召喚・建設した。
まあマジックミサイルの打撃で弱ってるから、これで逃げ出せないんじゃないかなと思う。
と、そこまでやって朝なので帰って風呂に入って今度こそ寝たのだが。
自警団が尋問したところによると、屍人の平原から5キロほど南下した辺りに後続の盗賊3人が(ややこしいな)ベースキャンプを作って待っているらしく、それも捕らえに行くという。
昼に起きだしてシェルミと食堂に行くと、ハンスと2人の仲間に声を掛けられたのだ。
「あー、シン、悪いンだけど、今暇か?」
彼はこうやって、ん、が少し鼻にかかったような発音をする。
「暇かと問われると、昼ご飯終わったら陽が沈むまで暇かもしれない」
「なんかアレだろ、屍人の平原に続く谷間に詰めてくれてンだろ、それ、町長に話通して、爺さん2人が今後担当するから。シンは後の事気にせずに、ちょっと今から手伝ってくれ」
「おう、そうか…結構僕、夜通しボーッとゾンビとスケルトン眺めてるの嫌いじゃなかったんだがな…」
ハンスは少し困った顔で笑いながら、
「あ、紹介するわ、こっちのがイヴリン、食堂の娘だ。踊り子のスキルあるから。んで、ダンさん。木こりだけど。2人とも臨時で自警団手伝ってくれてンだ」
そうですか…と、こちらも自己紹介。
なんでこの組み合わせなのか知らんけども。
「んじゃ行こうぜ、今から馬で行けば小一時間でそいつら殲滅して、ゾンビ湧く前に帰って来られるだろ。」
そういうことになった。
自警団3人は馬に騎乗しているが、僕が徒歩なので結局時速5キロ程度で進む事になる。
シェルミの家や僕の家…じゃなかった、温泉に続く山道への入り口を過ぎて大きく右に曲がってしばらく進むと、関所が見えてくる。
「よし、関所を超えたら一応屍人の平原だ、気を引き締めて行くぞ…って、なんだありゃあ!関所が滅茶苦茶豪華になってンじゃねえか⁈」
しまった、忘れてた、僕が召喚して関所を頑丈かつ豪華な建物にグレードアップした事を町の誰にも伝えてなかったわ…
「あー…僕が2週間かけて、元々あった小屋をレンガで強化して、二階を増設してバリスタ設置しただけだよ」
「だけ⁈ほぼ別物じゃねえか…シンの底が知れねえよ…」
ハンスは驚愕しながらも、とりあえずはスルーして当面の敵、盗賊の残党に意識を集中する事にしてくれたらしい。
「…この件片付いたら、ちょっと飲みに行こうぜ、シン」
全然スルーしてなかった。
屍人の平原はのどかに晴天で、真ん中を真っ直ぐ貫く獣道が午前の陽に照らされているだけで、僕たちは悠々と平原を抜けた。
ここから5キロだから、1時間程度という事だけど…
「その、尋問で得た情報ってアテになるの?」
「んん?シン、我々の尋問を疑ってるのか?確かに、誰も死んでないが…首領はもう自分で肉食えないぞ?詳しく聞きたいのか?」
いや、いいです。
僕そういうの苦手なので…
左手には川、更に急な山の斜面。右手もなだらかに山の斜面。要するに一本道をひたすら進んで、1時間。
「…そろそろだろ、向こうが油断してるなら、先の利が欲しい。馬は繋いで、ここからは気配消して行くぞ」
さらに10分も歩くと、一本道の右側に広場が見えてくる。そして人の気配。