#3
あの屋上の1件から1週間経った。
彼女の言葉に偽りはなく、ガチで隣の席だった。転校してから今までクラスメイトに全く興味が無かったが、顔ぐらいは覚えるべきなのかもしれない。
そして、別に彼女は虐められいる訳でも何でもないことも分かった。むしろクラスの人気者で顔も広く、陽キャに分類される人物だろう。まあ、顔立ちも良く、可愛いからある意味当然かもしれないが。
とすると、彼女が自殺しようとしていた理由が分からない。嘘だったのだろうか。
だが、彼女の目は本気だったように思う。
ならば、なぜ?
……まあ、別にどうでもいいが。彼女が自殺を試みる理由が何だろうが、俺には関係が無い話だ。
あと、変わったことといえば……。
「ねぇ、ねぇってば!」
彼女がしつこく絡んでくるようになった事だろうか。
「何?」
「今日の放課後って暇?」
思えば、なぜ俺はここまで陽のオーラを放っている人物の存在に全く気付かなかったのだろう。
「……用事は無い。」
どうだ。暇かという問いには敢えて答えず、用事は無いと返答することで、相手は家で何かやりたい事があるのだなと解釈し身を引いてくれるという高等テクニック。……ちなみに試したことは無い。
「じゃあさ、どっか遊びに行こうよ!」
どうやら効果は無かったらしい。
「どこかって、どこに?」
「それは内緒!」
……嫌な予感がするな。
「悪いが、今回は」
「あ、拒否権は無いから。」
……人の話は最後まで聞け。
まあ、結論から言うとこういう嫌な予感は大抵の場合当たってしまう訳で……。
「なぁ……俺、人混み苦手なんだけど。」
抵抗も虚しく、電車に揺られること数駅。時間を追うごとに人が増えている。
「まぁまぁ、気にしない気にしない。」
こいつは俺のことを気にかけるつもりがあるのだろうか。
「あ、この駅で降りるよ。」
一斉に電車を降りる人の波に流されるように電車を降りた。
案の定というかなんというか……。
降りた駅はこの県随一どころではなく、この地方随一の大都市だった。
「うわー。やっぱ都会だねぇ。」
何を呑気なことを。こっちはこの人混みのせいで既に疲れたわ。
「ほら、こっちこっち!」
いきなり手を繋がれたかと思えば、元気よく歩き出した。柔らかい感触にドキッとした。
「…なぁ、なん手を繋いでるの?」
「この人混みの中ではぐれたら困るでしょ。」
「何のためにスマホがあると思って……。」
「だって、連絡先交換してないじゃん。」
「……あっ。」
そういえばそうだった。何故かと問われれば特に理由は無いと答えるしか無いが、おそらく俺の本能が一度交換してしまえば通知欄が酷いことになると察知していたからではないかと、後になってみると思う。
「じゃあ、交換しよっか。」
断る理由が家出中だった。お願い、頼むから帰ってきて。
その願いが届くはずもなく、隣の眩しすぎる笑顔に負けた。
「LINEでいい?」
「インスタもあるなら交換しようよ。」
「リア友用のアカウントが無い。」
「じゃあ、作ろう。」
「やだ。」
「えー。」
ぷくっと頬を膨らませているが、ダメなものはダメだ。アカウントを間違えて誤爆しようものなら、どんな悲惨なことが待ち受けていることか。想像したくもない。
めんどくさいことにならないうちに、さっさとLINEを交換してしまおう。
「ふるふるでいい?」
彼女が一種の哀れみの表情でこちらを見てきた。
「……なんだよ。」
「もうふるふる無いよ。」
「えっ。」
嘘だろ。LINEを交換するといえばふるふるだったじゃないか。
「……どれだけLINE交換してないの。」
やめろ、計算するじゃない。何が悲しくて同級生との間にジェネレーションギャップを感じないといけないんだ。
「はぁ、QRコード読み込むからスマホ貸して。」
悲痛な面持ちでスマホを差し出した。
「どれだけショックだったの……。」
そんなこんなしつつ、駅から歩いて10分ぐらいしただろうか。とある大型商業施設に着いた。
「また、人が多そうな……。」
「ほら、つべこべ言わずに入るよ。」
中に入ると、巨大なクリスマスツリーが目に入った。
「クリスマス商戦真っ只中だな。」
「来る時のイルミネーションも綺麗だったね。」
そんな他愛もない話をしていると、お洒落な雑貨屋についた。話といっても、ほぼ彼女が一方的に喋っていただけだったが。
「んで、何をしにここへ?」
「君、筆箱壊れてるでしょ。だから買い換えないと。」
「俺じゃなくて、お前が壊したんだがな。」
「細かいことは気にしない!」
思わずため息が漏れた。最近こいつに振り回されてばっかりだな。
「これとか良いんじゃない?」
そういって彼女が手に取ったのは、いかにも女子が使いそうな可愛らしいものだった。
「バカにしてる?」
「いやいや、多様性は大切だよ。」
「それについては特に異論もないが、あいにく俺にそんな趣味は無い。」
ちょっと残念そうに筆箱を元に戻した彼女は、しばらく店内を回ったあと別の筆箱を手に取った。
「あっ。じゃあこれは?」
差し出されたそれは前のものに比べると幾らかマシなように思われた。
「……まあ、それなら。」
「じゃあ、これにしよう。」
そう言うと、彼女はその筆箱を2つ手に取った。
「ちょっと待った。」
「えっ?」
「お前も同じものを買うのか?」
そう問うと少し不機嫌そうな顔でこちらをジッと見てきた。
「……な、なに?」
少したじろぎながら聞くと彼女はこう答えた。
「前から思ってたけど、そのお前っていうのやめて。」
「えぇ。」
予想していた返しと違ったのと、思いがけない要求にしばしば固まってしまった。
「そんな不服そうな顔をしてもダメだからね。」
同級生の女子を名前で呼ぶのは抵抗がある。まぁ、特に理由がある訳では無いんだが。あれって何でなんだろうな。
「……小野寺さん。」
彼女は不満そうな表情を変えない。圧が凄い。
「………結衣さん。」
彼女はまだ不満そうだ。先程よりも圧が増している気がする。これ以上どうしろと言うのだろう。
痺れを切らしたのか、彼女が口を開く。
「さんは要らない。」
女子の名前を呼び捨てで呼ぶなんて、今まで陰キャライフを送ってきた俺にはだいぶ難易度高いのだが。
そんな俺の無言の抵抗も虚しく、圧に負けた俺は大人しく従うことにした。
「………結衣。」
すると途端に表情を明るくした彼女は声を弾ませて言った。
「よろしい!」
そう言うとスタスタとレジの方まで歩いて行った。慌てて追いかけて隣に行く。
「自分のやつは自分で払うから。」
「いいって。壊しちゃったのは私だし。」
「へぇー。そこら辺の常識はあるんだ。」
「やっぱ、自分で払え。」
そんなこんなで会計を済ませて店を出たところで、お揃いの筆箱を買ってしまっていることに気付いた。
無意識に隣を見るとムカつく表情で、ニヤニヤしていた。無性に殴りたくなる衝動を抑えながら聞いた。
「次はどこに行くんだ?」
何気なく聞いた一言だったが、彼女は何を思ったのか突然立ち止まった。
凄く驚いた表情をしていたが、すぐにそれは満面の笑みに変わっていった。
「ふふっ。」
「なんだよ。気持ち悪いな。」
「いや、なんでも!」
妙に上機嫌になった彼女は目的地に向かって歩き出した。相変わらず
目的地を教える気は無いらしい。
「門限って何時?」
彼女は唐突にこんなことを訪ねてきた。
「無い。」
「無いって言っても、あんまり遅くなると親が心配するでしょ?」
「家に親がいないんだ。」
「あー………ごめん。」
「……別に親と何があったとかそういう訳じゃない。一人暮らしをしているだけだ。」
「一人暮らし?高校生で?何で?」
痛いところをつかれた。出来ればこの事は隠し切りたい。
「………そこは家庭の事情ってやつだ。」
「ふーん。そっか。」
さすが、普段からいろんな人とコミュニケーションをとっているだけあって、踏み込んではいけないラインというものがわかっているらしい。
しばらく会話もなくただ辺りを散策していただけだったが、やがて彼女が口を開いた。
「そろそろお腹すいてこない?」
気付けば18時を過ぎていた。
「確かに。」
「なんかオススメのお店とかある?」
早速、スマホで調べながらこんなことを聞いてきた。そんなこと聞かれても年中引き篭ってる俺にはお洒落な店とかは分からんぞ。
「この近くに美味しいラーメン屋がある。」
またもや呆れ顔の彼女は言った。
「女の子と2人と出かけてラーメンは無いでしょ。」
「じゃあ、マックにする?」
「君に聞いた私が悪かった。」
酷い言われようだ。ラーメンの良さが分からんとは。
結局、彼女の行きつけだというイタリア料理の店に入った。
見た目と雰囲気にビビっていたが、高校生でも安心なリーズナブルな価格設定だと聞いて安心した。
席に着いた途端、彼女はぐて〜とテーブルに寄りかかった。
「はあぁ、疲れた〜。」
そりゃあ、あんだけはしゃいでいたらそうだろうな。
「すみませーん。」
彼女がいきなり店員さんを呼んだ。おい、俺はまだメニュー表すら見てないぞ。
「今日のおすすめセット2つで。」
若い女性店員は注文内容を復唱すると、丁寧な所作で一礼して去っていった。
「君もあれで良かったよね?」
「聞くのが遅いわ。」
注文してしまうと急に手持ち無沙汰になり、当然振るべき話題を持ち合わせていない俺は、彼女とコミュニケーションをとるという選択肢を早々に放棄し、スマホを介してネット世界に逃げることにした。
彼女もしばらくは自分の手元に目を落としていたが、早くも飽きたらしい。
「ねぇ、何見てるの?」
正直に答えれば面倒臭いことになるのは間違いない。この事も出来れば隠しておきたい。……俺ってなんか隠し事多いな。
って、そんなこと考えている場合じゃ無かった。まあ、適当に答えとけば何とかなるだろう。
「日本経済と日の丸半導体の展望について。」
「ふーん。」
どこか納得してない顔をしてこちらをジッと見つめている。やべぇ、流石に適当に返しすぎたかな。
「な、、なに?」
「えいっ!」
急に動き出した彼女に反応出来ず、気がつけばスマホがひったくられていた。
「なんだ、YouTube見てるだけじゃん。」
「おい、勝手に人のスマホを見るな。」
「えー。いいじゃん。それとも、人に見せられないようなことしてるの?」
「そういうことじゃないが。」
「なら、いいじゃん……。あっ、desire知ってるの?」
……あぁ、終わった。
「ま、まあ、知っているというかなんと言うか……。」
「良いよね!このボカロP。私、昔から大ファンなんだ。」
どうにか誤魔化せないものか。しかし、なにも名案は浮かんでこない。
「へ、へぇ〜……。」
「しかし、このボカロPを知っているとは中々やるねぇ。ねぇ、どの曲が好き?」
「う、うーん。どれも神曲すぎて中々決められないというか……。」
「分かるわー!!私はね、この…………うん………………?」
流れる沈黙。
彼女はしばらく画面を凝視した後、ゆっくりとこちらに視線を移す。
この空気に耐えられなくなった俺はこの場から逃げ出すことにした。
「……ちょっと御手洗に行っ」
「待って。」
腕をガシッと掴まれた。冷や汗が背筋に流れる。
「あのさ、ちょっと確認したいことがあるんだけど。」
思わず緊張で体が固まる。
「……何でしょう。」
「これは君のアカウント?」
差し出された画面に写っていたのは、登録者数万人のまだまだマイナーなボカロP「desire」の本人で無ければ見られないアカウント管理画面が表示されていた。
先程よりもさらに長い沈黙が流れる。
誤魔化すのは無理か。ここまで来たら、正直に話した方が良さそうだ。
「……そうだ。」
今度は短い沈黙。
俺はどんな反応をされるのか戦々恐々と待っていた。
「……すごっ!?え!?本物!?!?うわ〜まじかー……そういう巡り合わせもあるのか〜!」
思っていたよりも前向きな反応だった。これがお世辞なのか、本当に思っていることなのかの判別は出来なかったけど。
「ふんふん。なるほどね〜。言われてみれば確かにそうだな〜。」
「……なんだよ。」
「いや、改めて考えてみると歌詞がひねくれてる所とか、妙に言い回しが理系くさかったりするところとか、なんというかすごい納得がいった。」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。」
全然褒められている気がしない。ひょっとしたらわざとなんじゃないか。
「いやー、しかし、サビがド直球なところは全然違うね。………もしかしてそこだけ別人?」
「やかましいわ。」
いい加減この話を打ち切りたかったところに、お待たせしましたー。と料理が来た。ナイスタイミング。
今日のおすすめはどうやらパスタだったらしい。無難だが、流石専門店、想像以上に美味しかった。
彼女もこの時ばかりは食べることに集中したかったのか、終始無言だったので思う存分料理を堪能することが出来た。
食べ終わって外を出ると外はもう真っ暗だった。イルミネーションが本領発揮する時間帯だ。
「うわ〜!綺麗。」
彼女が白い息を吐きながら隣までやってくる。
「今日はもう解散するか。」
彼女は少し残念そうな顔をしている。
「そうだね!明日も学校あるし。」
少し間があったが、今日のところはこれで許してくれるらしい。
「じゃあ、また明日。」
「あっ。ちょっと待って!」
そう言うと既に歩き出していた俺の隣に走って追いついてくる。
俺が言葉を発する間もなく、彼女はいきなり腕を回して密着してきた。柔らかい感触に思考が停止する。
「はいチーズ!」
そう言うと、素早く構えたスマホのインカメで写真を何枚か撮った。撮り終わると彼女はパッと離れた。
少し照れくさそうにしながら彼女はこう言った。
「後で写真送るね!」
「あのなぁ、こういうのは先に言ってくれよ。」
「えへへ。」
笑えばなんでも許されると思ってるだろ。まあ、可愛いから何も言えないけど。
「じゃあ、ばいばい!」
そういって去っていく彼女をただただ見つめていた。
「そっか、あの曲は君が作ったんだ。」
頬が熱くなるのを感じる。つい先程撮った写真を見返す。
「ふふっ。」
つい、笑みがこぼれてしまう。彼と会ってから気分が不思議と上向きだ。
今日交換したLINEで彼に写真を送る。
どんな返信が来るんだろう。