ぱんぷきん ぱぁん!
ある世界に、兄弟の神様がいた。
物静かで、黙々と仕事をするのが好きな兄神。
華やかで、賑やかなことが好きな弟神。
彼等を生み出した根本の神は、兄神を冥界の王とし、弟神を天界の王とした。
冥界の王の仕事は、大きな釜をかき混ぜること。
死んで冥界に下った魂を釜の中でかき混ぜて、しがらみや未練を分離し、まっさらな魂に戻して地上に帰すこと。
最初は魂が少なく楽な仕事だったが、弟神が地上を繁栄させるにつれ、どんどん魂の数は増えた。
だから、兄神はそのうちに、休む間もなくかき混ぜ続けることになった。
ある日、ふいに弟神が冥界を訪れた。
休む間もなく働き続ける兄神を見て、驚いた。
「兄者、助手は?」
「いや、そんな者を造っている暇はない」
天界では弟神が創造した、いろんな助手が活躍している。
太陽を運ぶ者、雨を運ぶ者、風を運ぶ者……
弟神は、世界がバランスよく回っているか監督するのが役目で、休みもほどよくとれている。
「それでは、代わりに私が造ろう」
兄神のかき混ぜる釜の隣には、分離された未練やしがらみを入れた壺がいくつもあった。
弟神は、そこから釜をかき混ぜる者、未練をすくい上げる者、しがらみをすくい上げる者を造った。
弟神は助手たちを造り終えると、最後に隅っこにあった小さな壺に気付いた。
「兄者、この壺はなんだい?」
「それは」
壺を見る兄神の目は優しい。
「幼くして亡くなった子供たちの心だ。
釜に混ぜ込んでしまうのは可愛そうなので、別にしてあるんだ」
弟神が中を覗くと、ふんわりとした雲みたいなものがモゾモゾしている。
「なるほど、なるほど」
弟神は雲をまとめて、小さな女の子にした。
「兄者の娘だよ」
「おとうさま!」
金色よりも柔らかい、カボチャ色の髪の毛をした女の子は兄神の胸に飛び込んだ。
抱き上げて頭を撫でると、キャッキャと喜んで頬ずりしてくる。
「おとうさま、遊んで!」
兄神は困った。助手が出来たとはいえ、仕事ぶりを監督しなくてはならない。
とりあえず、娘を抱いて、あやしながら釜の周りを歩く。
助手たちは真面目に仕事をしているが、神ならぬ身ゆえ、そして元が同じゆえ、しがらみやら未練やら、そんなモノたちに絡まれやすい。
大人しくすくい上げられ、壺に収まるモノもあるが、まとわりついて離れないモノもある。
まとわりついたモノは放っておけば助手の中に吸い込まれて行き、仕事を邪魔しにかかる。
助手たちは、そのせいで踊りだしたり、怠けたり、釜に飛び込みそうになったり。
兄神がずっと見張っていないと、何が起こるかわからない。
兄神がまとわりつくモノを引きはがすのを、娘はしばらく見ていた。
それから、トコトコと助手の側に歩いていく。
娘がにこぉと微笑むと、助手がびくぅとなり、冷や汗の代わりにまとわりついたモノがモヤモヤと出てきて黒い塊になる。
カボチャくらいの大きさになるとポロリと下に落ち、弾んだかと思えば突然牙をむいて娘に襲い掛かって来る。
慌てる兄神の前で、小さな娘が黒いカボチャを指さして言った。
「ぱんぷきん、ぱぁん!」
すると黒カボチャは霧散し、シュワシュワと浄化されたように消えていった。
娘の能力のお陰で、兄神は働きづめから少しばかり解放された。
娘はお手伝いが出来て褒められるので、いつでも上機嫌。
娘は時々、幼子の心の壺を覗いて何やら話しかける。雲は嬉しそうにモゾモゾしながら、やがて金色の霧となってどこかに消えていく。
次に弟神が兄神を訪ねた時、娘が自分の頭上を見ているのに気付いた。
もしや、自分からも黒いカボチャが出るのか?
慌てて神の鏡で確認してみると、自分にまとわりついているのは溢れ出た煩悩。
だが、自由を愛する弟神はノー煩悩、ノーライフである。
煩悩を退治されてはたまらない。
それで、弟神は娘にお土産を持って来るようになった。
少しでも気を逸らし、自分の身を守るために。
そうまでしても兄神を訪れたのは、兄弟愛というものだったかもしれない。
ついでに兄神の手が離せない時のために、弟神は娘をあやす助手を作ってみた。
自分に少しでも懐かせようと、姿を自分に似せてみた。
すると娘は子守りの助手を指さす素振りを見せたので、慌ててハンモックに変えることにした。ハンモックは娘のお気に入りで、それ以後、弟神を見つめる目が少しばかり優しくなったとか、ならなかったとか。