第三話「二人の過去」
ある日、ライザス宅の庭を見てジーナは呆れていた。
「おい……」
「ん?」
「ずっと思ってたんだが……なんだ、この荒れ果てた庭は。草が伸び放題じゃないか」
「ん、ああ、自然のままにしとくのがいいと思ってさ」
「何を言ってる。そのせいで虫やらが湧いてるぞ。近所にも迷惑だろう」
「俺って虫にも優しいから……」
「昨日、羽虫を思い切り叩き潰してるところを見たが」
もはやライザスに返す言葉はなかった。ようするに庭の手入れが面倒で放置しているだけである。
「仕方ない。私が草を刈ってやろう」
「えっ、いいのか? だけど大変だぞ……」
ふふん、とジーナが笑う。
「私の得意分野だ」
ジーナは大鎌を振りかぶると、
「それっ!」
雑草生い茂る庭に一閃した。
一瞬でその範囲は綺麗な芝生と化す。
「どうだ?」
「おおっ、すごい!」
その後もザクザクと草を刈り、あっという間に庭を綺麗にしてしまった。まさに大鎌使いの本領発揮といったところか。
「ありがとうジーナ」
「これぐらいどうってことはない」
「あ、そうだ。みんなの家でもやってあげたらどうだ? 庭の手入れに手が回らない人は多いし」
「そうだな」
この提案を受け入れ、ジーナはあちこちの家の庭を手入れした。
ジーナの草刈りは大好評。
「ありがとう、しに……いやジーナさん!」
「助かったわぁ」
「ぜひ鎌の使い方を教えてよ!」
この町にはほんのしばらく滞在するはずが、ジーナは腰を落ち着ける形となってしまった。
**********
町の広場で祭りが開かれる。
いくつもの屋台が並び、特設されたステージでは若者たちがダンスをしている。町の外からも客は訪れ、会場は華やかなオーラで包まれている。
ライザスとジーナももちろん参加する。
「おいジーナ、このチキンうまいぞ! 食ってみろ!」
「食べるのはいいが、ソースが口についてるぞ」
「おっと」
「まったく……剣の腕は凄いのにだらしないな」
祭りを楽しむ二人に、町長がこう言った。
「ライザスさん、ジーナさん。よろしかったら、ぜひお二人の武術を祭りで披露してもらえませんか?」
「武術を?」
「はい、剣術と……ええとその、鎌術を」
「俺はもちろん構いませんが……どうするジーナ?」
「私も構いません」
「おおっ、ではぜひお願いします!」
「分かりました」
ステージに上り、二人は剣舞と鎌舞を行った。
ライザスが剣を振れば、ジーナはそれをひらりとかわす。ジーナが鎌を薙ぐと、ライザスはゆるりと身を引く。
初めてやるにもかかわらず、息はピッタリ合っており、まさに剣と鎌の究極のコラボレーション。
舞いが終わった時、住民から拍手が沸き起こった。
「凄かったぞ、二人とも!」
「かっこよかったぁ!」
「酔いが覚めるほど見とれちゃったよ……」
ライザスとジーナは互いに見つめ合い、笑った。
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祭りが終わり、二人は夜空を見上げていた。星がまたたいている。
「今日は……楽しかったな」
「ああ……人を楽しませるために鎌を振るうというのは楽しいものだな」
「ところでジーナ。ずっと聞きたかったんだが……」
「うん」
「どうして大鎌を選んだんだ?」
「え?」
「世の中たくさん武器はある。剣に槍、斧に弓矢、棍棒……なのにどうして鎌を? これは興味本位じゃなく、お前をもっと知るために知りたいんだ」
少し考えてからジーナは、
「私は元は……農家の娘だった」
「農家の?」
「この町よりずっと小さな村出身でな……。裕福ではなかったし、毎日忙しかった。しかし、幸せだった」
「最初から戦士だったわけじゃないのか」
「ああ、鎌で草刈りをするのが日課だった。だが……」
顔をしかめる。
「ある時、村に盗賊集団がやってきてな。家族や仲間はみな殺されてしまった」
ライザスは少し驚いてから、
「そうだったのか」
「その時、私は鎌で盗賊集団に立ち向かい……無我夢中で戦い……奴らを皆殺しにした」
初めての実戦で、とてつもない戦果。ジーナにはそれほどの才能があったということだろう。そしてなにより、それほどの怒りと悲しみだったということだろう。
「私はそのまま……鎌で戦う賞金稼ぎとなった。他の道も思いつかなかった」
「そして、いつしか大鎌使い“死神”として恐れられるようになったわけか」
「女で賞金稼ぎをやっていくには自分を大きく見せるハッタリも必要なのでな。武器も大きくしたかったんだ。幸い、大鎌は私と非常に相性がよかった」
「実際戦った俺も、それは感じてるよ」
しばしの沈黙。ジーナが口を開く。
「町の人間からお前の話も聞いた。元は……“守護神”と呼ばれる近衛兵だったと」
「ああ、これでも最年少で近衛兵になってな。そんな名前で呼ばれて、いい気になってたよ」
「大したものだ。しかし、なぜ辞めてしまったんだ?」
「王宮に乗り込んでくる輩なんかそうそういないから、近衛兵に活躍の機会があるのはせいぜい年に一度か二度ってところだ。一方、町や村が悪党に狙われる回数はそんなものじゃ済まない。だから、だんだんとこのままでいいのかと思い始めてな」
自分自身を見つめるように剣を見つめる。
「だから……辞めたんだ。別に近衛兵って職を軽んじてたわけじゃないが、俺は自分の中に生まれた疑問に折り合いをつけられなかったんだな。そうして旅を続け……」
「この町に行き着いたわけか」
「そうだ。俺は守護神より……守り神のが性に合ってたみたいだ」
語り合う二人。
だが、ライザスはどうしても言えなかった。
ジーナに……ずっとこの町にいないか、と。
それは初めて話しかけた時に比べ、あまりにも大きな勇気が必要だった。
「よっしゃ、飲みに行こう! 祭りの後でみんなまだ騒いでるはずだ!」
「ああ」
酒場に向かい、酒を楽しむ二人。
二人は気づいていなかった。祭りの時期は町に外の人間も多いことを。その中に混じる危険な視線を。
「見つけたぞ……“死神”」