第一話「剣士vs女大鎌使い」
「お客さん、楽しく飲めないなら出てってくれ」
「ンだとォ!? この町の守り神だか、チリ紙だか知らねえが、ブッ飛ばしてやる!」
殴りかかってくる酔っぱらった暴漢を、剣も抜かずにねじ伏せる。
彼は剣士ライザス。町一番の剣士で、“町の守り神”といわれる存在だ。酒場の用心棒などで生計を立てている。
「ヒュ~、さっすが守り神!」
「いつもながら鮮やか!」
周囲から拍手が沸く。ライザスもニヤリと微笑む。彼の日常はだいたいこんな感じであった。
だが、今日はちょっと変わったことが起こる。
一人の女が入ってきた。
全体的に黒を基調にした服装で、黒髪の女。なにより一番の特徴は巨大な鎌を携えている。
一瞬にして酒場の空気が重くなる。
「な、なんだあの女!?」
「でっけえ鎌……」
「そういや聞いたことがある……」
情報通が話し始める。
「ありゃあ、大鎌使いのジーナって賞金稼ぎだ。あの鎌の通り、“死神”の異名で恐れられてる。凶悪なならず者集団の『悪の魂』をたった一人で壊滅寸前に追い込んだっていうぜ」
「ひええ、おっそろしい……」
大鎌使いのジーナは一人酒を飲み始める。
この酒場には女好きやガラの悪いのも多いが、流石にそんな女に近づく勇気のある男はなかった。
……ただ一人を除いて。
ライザスは気になっていた。
大鎌使いのことが。というより、あの大鎌のことが。
同じく武器を扱う者としてこう思ってしまったのだ。
……すっげえ使いづらそう。
そして、思わず話しかけてしまう。
「あの、ちょっといいかな……」
「なんだ?」
ジーナが振り向く。
「その大鎌、お前の得物か?」
「その通りだが」
「ふーん……」
「なんだ。なにか気になるのか」
「えーとその……大鎌って使いにくくね?」
言ってしまった。
これがもう少し気のきく人間なら、「あまり目にしない武器だけどどう使うのかな?」などと質問できただろう。だが、ライザスにはそれが出来なかった。
「なんだ貴様、いきなり!」
切れ長の瞳で睨みつけるジーナ。
「いや、だってやたらでかいし、重そうだし、刃は内側についてるんだろ? それだと敵に切りつけにくいような……」
ライザスからしたら思ったことを口に出しただけだが、相手からすると……
「私を侮辱する気か! 許さん!」
立ち上がるジーナ。
女の身でありながら武で生計を立てている彼女にとって、舐められるのは死活問題。短気に思えるかもしれないが、当然の反応ではあった。
「いや、侮辱というか、興味本位で……」
「うるさい! 決闘だ! 表に出ろ!」
こうなってはもはや打つ手なし。
ライザスも決闘を受けるしかなくなった。
見ていた酒場の客たちは、みんながどうしてこうなったと思ったに違いない。
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酒場から少し離れた空き地で、向かい合う二人。
「そういや、少し酒飲んでたけど大丈夫か?」
「あの程度、問題にならん」
「分かった……」
剣を構えるライザス。大鎌を構えるジーナ。
「行くぞっ!!!」
先に仕掛けたのはジーナ。
巨大な鎌を、豪快に振り回す。遠心力をも利用した攻撃に、ライザスはなかなか反撃のタイミングを見出せない。
「ちいっ!」
舌打ちしつつ、一撃を受けようとする。だが、弾き返されてしまう。
「どうした!? 使いにくい武器に対して何もできないのか!」
打ち合いでは不利。こう悟ったライザスは――懐に入るしかないか――と覚悟を決める。
とはいえ、ジーナの鎌さばきは結界といってもいいほどで、そうやすやすとは懐には入れない。
このまま押し切られてしまうのか。否、ライザスは動いた。
大鎌の刃に剣をぶつける――のではなく、わずかに当てる。これにより、剣を弾き飛ばされることなく鎌の軌道を逸らすことができた。隙ができた。
――今ッ!
ライザスが懐に入る。だがその瞬間、背後からぞわりとした感触がした。
ライザスは自分の発言を思い出していた。
――刃は内側についてるんだろ?
懐に入り込んだ敵を切り裂くことこそ、鎌の真骨頂ではないのか。
ライザスがしゃがむ。その上を刃が通り過ぎる。間一髪だった。
「あっぶねえ……」
「やるな。嬉々として懐に飛び込んできたから、かわせないと思ったんだが」
「いや、今のが本気だったら危なかったかもしれない」
一連の攻防を経て、ライザスの心の中に芽生えたものは――
「……すごいな」
「へ?」
「あ、いや……さっきはあの酒場のノリも手伝って、興味本位で変なこと言っちゃってすまなかった。大鎌は使いにくいどころか、お前は立派に使いこなしてる」
「……」
鎌を下ろすジーナ。
「なんだかやる気が削がれてしまった」
「俺もだ」
二人とも笑い出す。
「しかし、久しぶりに緊張感のある戦いができた。まだちょっと汗かいてるよ」
「私もだ」
殴り合いをした者同士が仲良くなってしまうことは珍しくない。拳どころか刃を交えたが、二人はすっかり打ち解けていた。
「よかったらどうだ? 酒でも」
「いいだろう」
酒場に戻る二人。
客たちは「よかった、殺し合いにならなかった」とほっとしている。
「俺も飲ませてもらう。さ、飲み直そう」
「ああ」
コップをぶつけ合い、酒を飲む。
「ところで、その大鎌はどこで売ってるんだ? そんじょそこらじゃ売ってないだろ」
「どこにも売ってはいない。特注品だ」
「特注!?」
「名うての鍛冶師に頼んで、作ってもらったのだ。槍を元に作ってくれた」
「へぇ~、そりゃすごい!」
「手入れが大変だがな……。この大きさだし……」
「確かに大変そうだ……」
取り留めのない話をしつつ、夜は更けていく。
やがて、酒場も閉店になる。
「楽しい時間を過ごせた」
「今夜はどこで寝るんだ?」
「宿を探そうと思う」
「金はあるのか?」
「もちろんだ。旅をしつつ、賞金を稼ぐ日々だからな。しばらくはこの町に滞在するつもりだ」
「だったら少しでも節約したいだろ。よかったら俺んち来ないか?」
「いいのか?」
「ああ、一人暮らしだし……一人泊めるぐらい全然問題ない」
「ならばお言葉に甘えるとしよう」
ライザスの家は町の中心からやや外れたところにあった。木造建ての一軒家。一人暮らしにはちと広い。
「つまらない家ですがどうぞ」
「ぷっ、なんだそれは。なかなかいい家じゃないか」
横になる二人。
「んじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
若い男女が一つ屋根の下――にもかかわらずお互い酒が入ってたのもあって、ぐっすり眠ってしまった。
初めて連載形式で投稿します。
よろしくお願いします。