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ちょっと短いですが、キリがいいので…

「え!うそ!」


 昼休憩中の羽菜は、莉子から送られてきたメッセージに思わず声を上げ、スマホを取り落としそうになる。周りに人がいなくて良かった。


『お兄ちゃんと夜ご飯食べに行くんだけど、羽菜もどう?』


「行きたい……」

 けれど緊張する。

 なんせあの日、家まで送ってもらってから羽菜はふとした拍子に伊織のことばかり考えてしまっていた。なかなか勇気は出ないが、出来ることならもう一度会いたい。何なら一目見るだけでもいい。


 中学生のころ、伊織に向けていた想いがじわじわと蘇っているのだから。


 そんな長年憧れだった人と食事……。行きたいけれど、今日の服装だって特別気合が入ったものでもないことに気付いてしまった。よく見れば袖周りのリブの部分に、うっすら毛玉が出来ている。


『でも、今日普段着だし……』

『理由がそれだけなら行こうよ。お兄ちゃんも気にしないし、それに羽菜に会いたがってる』


 会いたがってる……?


 莉子の返事に変な声が出そうになり、思わず口元に手を当てた。

 リップサービスと分かっていても、尻尾を振ってしまうのが悲しいかなファンというもので。それにこちらは気にしてしまうが、対する伊織は莉子の言う通り、妹の友達の服装なんて奇抜でなければ何でも同じであろう。毛玉くらいどうってことはないだろう。でも少しだけこの服を選択した今朝の自分を憎んでしまうけれど。


 ——だったら正直会いたいという、その気持ちを優先させることにした。


『分かった。行くよ!』


 了承のスタンプと共にそう送った羽菜は、楽しむことに気持ちを切り替える。就業後に化粧直しの時間を確保するためにデスクへと戻って行った。


 * * *


 莉子に指定された待ち合わせ場所は、地元の駅の近くにある鉄板焼きの店だった。これなら歩きで自宅に帰れるため、三人ともお酒を飲むことができる。


 定時で上がった羽菜は、一旦自宅に戻って服を着替えることにした。待ち合わせの時間にはまだ二時間ほど余裕がある。しかし駅の改札口を降りたところで固まった。


「羽菜ちゃん、偶然だね」

「伊織さん……」


 改札を抜けたところで、スラリとしたイケメンが居るなと思えば、莉子の兄である伊織であった。思いっきり目が合ったうえに話しかけられたので、知らないフリは出来ようがない。


 よって服を着て出直す作戦は早々におじゃんとなった。化粧だけは会社で直していたのはせめてもの救いか。


「まだ早いから家に帰ろうと思ってたんだけど、どうする?どこかで時間でも潰す?」

「私は一旦家に帰るつもりだったんです。えーっと、そうだ、忘れ物しちゃって」

「そうなんだ。じゃあ行こうか」

「はい」


 深く考えずにそう返事した羽菜は少し遅れて後悔することになる。伊織と並んで歩いている事実に気付いてしまった途端、緊張が押し寄せたのだ。


 ギクシャクとした動きになってしまわぬように、なんとか平静を心掛ける。


 並ぶと背の高い伊織の肩の位置に羽菜の頭がくるので、それなりに身長差はあるが、歩幅と速度を合わせてくれているのか歩きやすくて安心感がある。やはり記憶通りにとても優しい人なのだろう。


 恋人同士に見えるかな、なんて密かに思ってしまったのは秘密だ。これが街中だったらショーウィンドウに映る姿で妄想に浸れたのに。しかし残念ながら地元の駅付近は住宅街しかない。

 そんな胸中はひた隠し、当たり障りのない会話をしながら帰路に就く。


「あれ?伊織さん自宅に行くのでは……?」


 途中までは伊織も自宅に帰るのかと思っていた。駅を降りてからの方角は途中までは一緒だから。けれど莉子の家との分かれ道。伊織は変わらず羽菜の隣を歩いていた。その歩みに迷いなどは感じられなくて、羽菜は思わず尋ねてしまう。


「ん?羽菜ちゃんが忘れ物したっていうからついてきたんだけど。俺は別に家には用事ないから気にしないで」


 気にします!ものすごく!


 なんて自意識過剰ではないかと捉えられそうで言えるわけもなく。

 とりあえず服を着替えるのは諦めた羽菜であった。

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