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もう一人の"家族"②

 俺はあえて、口元に笑みを浮かべた。


「どうして私が関係者だと?」


「ここ一週間近く、現場付近で目撃者を探していたの。そうしたら、逃げていく人とは反対側に走っていった男を見たって子がいたのよ。髪は黒いから"N"。自分も逃げていたからちゃんと見ていなかったけれど、野次馬って感じではなかったって。そうしたらその話聞いてた焼き鳥屋の店長がね、もしかしたらこの相談所の人じゃないかって教えてくれたの。"N"なのにわざわざ吸血現場に好き好んで行く"変人"は、早々いないってね」


「巧人は有名人だな」感心したように呟く充希に、

「出来れば"変人"って肩書なしで周知されるといいんですけど」俺は嘆息交じりに頭を垂れる。


 店の存在が周知されていくのはありがたい。だが"変人"が誇張されてしまったら、来るのを躊躇ためらう人が増えそうだ。

 俺は頭を首だけで戻し、「ウチにお越しいただいた経緯はわかりました」と話を戻す。


「お探しになられているのは、《《どちらの》》被害者様ですか?」


「あら、さといわね。わざと言わなかったのに」


「すみません。鐘盛さんを疑っているわけではないのですが、ウチみたいな仕事は"情報"を慎重に扱わないと痛い目を見るので」


「良かったわ。お婆ちゃん相手だからって油断してほいほい話すようじゃあ、信用ならないもの」


 どうやら俺は試されていたらしい。鐘盛が年長者の余裕を滲ませて笑む。

 と、クツクツ笑みながら俺の隣に腰掛けた充希が、労わるように肩を叩いてきた。


「おめでとう、巧人。試験は無事、合格したようだ」


 気付いていたのか、アンタは。だから今の今まで妙に大人しかったのか。

 ジト目で見遣りつつも苦言は胸中で押し留めて、俺は鐘盛へと視線を戻した。


「それでは、お伺いしても?」


「ええ、勿論。アタシが探しているのは、栃内紗雪の方よ。あの子、アタシんトコに住んでるのよ。……テレビからあの子の名前が聞こえた時、心臓が止まったわ。それも"VC"に噛まれたなんて。急いであの子に電話したわ。……テレビで報道されているんだもの。紛れもない事実なんだって分かってはいたのよ。それでも、何かの間違いであってほしいと思っちゃったの」


 自虐めいた苦笑を浮かべた鐘盛は、自身の指先を柔く擦りながら経緯を話し始めた。


「携帯をね、落としそうだったから両手で必死に抑えてたのよ。なのに何度かけても繋がらないどころか、そのうち呼び出しも出来なくなっちゃって。いつもならね、電話が取れなくても、暫くしたらメールをくれるのよ、あの子。なのにその日は、いくら待っても来なくて……。その日は携帯を手に握って寝たわ。ちっとも寝られなかったけど。次の日も、朝から首に下げていたわ。あの子から連絡が来たら、直ぐに出れるようにって。……連絡が来たのは、その翌日だったわ」


 深く息をついて、鐘盛は一度コーヒーを含んだ。


「……開口一番に『連絡が遅くなってごめんなさい』なんて謝ってくるから、そんな事より身体は大丈夫なのって訊いたの。そうしたら、大丈夫ですって。笑って言うのよ、あの子。勿論、顔なんて見えてやしないわ。それでも分かったのよアタシには。四年前、あの子が私に全部を話してくれたあの日から、あの子は私の娘みたいなモノだったから」


「なるほど、キミ達は"家族"か」


「アタシが一方的に、お節介焼いているだけよ」


「生死をさ迷った直後だ。"ただのお節介焼き"にわざわざ電話なんてしないさ。おまけにその"大丈夫"は、キミに心配をかけたくないがための言葉だろう?」


「……そうね。あの子は優しくて、強がりだから」


 緩く首を振るも、その双眸はどこまでも温かい。

 本当に、彼女にとっては愛おしい"娘"なのだろう。


「……電話で彼女は何と?」


「"VC"専用の病院で入院中だって教えてくれたわ。まだ事件の捜査があるから詳しいことは言えないけど、警察の用意した警備員もついてるから安全だって。身体も、至って健康だって言ってたわ。まだ慣れないけど、痛みもない。……それと、お願いがあるって」


「お願い?」


 鐘盛の眉根が苦悶くもんに寄る。


「家を、解約したいって言ったのよ、あの子。お金はいくらでも振り込むから、部屋に残っているモノも処分しておいてほしいって」


「…………え?」


「訳がわからないでしょう? そんなことして、退院後はどうするのって訊いても、大丈夫の一点張り。このまま行きたいんだって言うだけで、具体的なことは何も教えてくれないのよ。ならせめて、大切なモノだけでも持って行きなさいよって言っても、かたくなに帰らないって……。おかしいわよ、そんなの。あの部屋には、あの子が大事にしているモノだってあるはずなのに」


 だからお願いよ。

 必死な双眸が困惑に滲む。


「こんな仕事をしているくらいだもの、融通の利く警察官の一人や二人いるでしょう? 会わせろなんて言わないわ。お願いだから、あの子が何処へ行こうとしているのか、真意を訊いてきてちょうだい」


***


「家を、手放したそうですね」


 窓際の花瓶に新たな花を活けていた栃内が、手を止めて振り返る。

 彼女自身が病院内の花屋で購入してきたというそれは、以前充希が贈った花と同じバーベナだ。気に入ったのだろう。


 今日は生憎の雨で、花見の約束は延期だ。

 淡く霞んだ光を携えた窓を背に、栃内が真っすぐに俺を見る。


「どこで、それを?」


「昨日、大家の鐘盛さんがウチの事務所を訪ねてこられました。酷く心配していて……栃内さんがこれからどうするのか、きちんと把握してからじゃないと、私物の撤去は出来ないと」


 言葉を変えたのは、栃内から情報を引き出しやすくするためだ。

 それと、"詳しい話を聞いている"と明示するため。


 案の定、栃内は苦笑を浮かべて「……それは困りました」と再び花を弄り始めた。

 白い指先に合わせて、小さな花弁が揺れる。


「……どこか、他に行く宛があるんですか?」


「……あるといったら、あります」


「それは、何処に」


「詳しくは、わかりません。……だから、ここを出たら行ってみたいんです」


 華のような笑みを浮かべて、栃内が振り向く。

 どこか弾んだ調子の声には、未来への溢れる期待。初めてここで会った時の、あの悲嘆にくれた面影など微塵もない。

 これなら。俺は安堵に似た心地を覚える。


("自殺未遂"の線も、消えたか)


 ここ数年で、"VC"による自殺は非常に難しく、失敗すれば無駄に苦しむだけだという"経験談"が浸透してきた。

 確実に死にたいのならば、確実に"助からない"方法を。きっと栃内も心得ている筈だ。

 今の彼女からは、一縷の望みに賭けて自傷行為を試すような雰囲気は一切感じられない。


「教えてはくれないんですか?」


「はい、まだ内緒です」


 そう言って栃内は、茶目っ気たっぷりに唇に指を立てた。


(……何処にあるかはわからないけど、行きたい場所か)


 これがきっと、彼女をこの世界に繋ぎとめる"未練"なのだろう。

 自分探しの旅にでも出るのだろうか。もしかしたら、この国を出て。

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