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バーベナの目覚め③

 ジト目で見遣るもなんのその。充希はにこりと笑んで、「頼む」と繰り返す。

 あー、ハイハイ。やりますよ、やりますとも。喜んでお受け致します。


「そんな、頂いておきながら……悪いです」


「いえ、元はと言えばこちらが持ってきたもんですから。えーと、あ、あの花瓶使ってもいいですか?」


「あ、はい、大丈夫だと思います。初めから置いてあったモノなので」


「じゃあ、失礼して」


 俺は栃内から花束を受け取って立ち上がり、窓際に置かれていた白い花瓶を手にした。ベッドを回って、扉横の洗面台へと歩を進める。


 洗面台の向かいには、トイレの他にシャワーがついている。そのため、間仕切り用のカーテンがついているが、使われた形跡はない。部屋の色と同じく真っ白なそれは、洗面台側に寄せて纏められていた。


「ところでお嬢さん、"カツ丼"というものを食べたことがあるかい?」


「え? あ、はい。ありますけど…………」


「それはいい! 良ければそれは一体どんな料理なのか、教えてくれないかい? どんな悪人でもそれを口にすれば涙するという、魔法の食物だと聞いていたのだが……」


(……やっぱり食べたかったんじゃないか)


 充希が余計なことを言わないよう、耳に届く楽しげな会話を注意深く聞きながら、白磁の花瓶を軽く洗う。

 信用していないわけではないが、過信は己を殺す。おまけに彼はつい先ほど"やらかした"ばかりだ。慎重なくらいで丁度いい。


 ポケットからハンカチを取り出し、花瓶の表面についた水滴を拭う。試しに花瓶に挿してみると、元よりこの病院で販売していただけあってちょどよく収まった。

 一度花を抜いて花瓶に水を溜めてから、もう一度挿す。簡単にバランスを整えて、完成だ。


「……出来ましたよ」


 花瓶を手に水場から離れた俺は、元あった窓際へそれを戻した。


「おお、これは見事なもんだ。ありがとう、巧人」


 カツ丼トークを切り上げ、充希が笑む。

 栃内は「すみませんと」恐縮しながらも、「でも本当に、綺麗」と双眸を緩ませた。


 殺風景な白い部屋に映える、鮮やかなピンクの花弁。

 ほんの少しでも彼女の慰めになったのなら、俺も充希を強く責めることは出来ない。


「では、そろそろ行くとしようか。外の生真面目な彼が胃を痛める前に」


 椅子から立ち上がった充希を合図に、俺達は扉へと歩を進める。

 扉を開く直前、俺は最後にと栃内を見遣り、


「本当に、何でも頼ってください。出来ることは、なんでもさせて頂きますから」


「……本当に、ありがとうございます。……あの、一つ、いいですか?」


「はい、何でしょう?」


「あの、ご迷惑でなければ、明日も来て頂けないでしょうか。その、本当に、少しでいいので。……ずっとここで一人でいると、本当に、退屈で」


 これは、願ってもない提案だ。

 俺は力強く頷いて、


「そう言って頂けて嬉しいです。明日また、伺わせて頂きますね」


「僕はもとよりそのつもりだったが?」


「それはちょっと図々しいのでは……」


「いいえ! ありがとうございます……。お待ちしていますね」


 嬉し気な笑みを浮かべた栃内の白い頬が、期待に薄く色づく。俺達は互いに軽く手を振って、充希と共に部屋を後にした。

 扉が閉まる。先を歩く充希を追うようにして、エレベーターホールへと踏み出した刹那。


「……手え抜いてんじゃねえよ」


「!」


 咎めるような低い声に、俺は跳ねるようにして振り返った。

 声の主は警備員――否、警備員の"服を着た"、特異機動隊の仲間である城戸清きどせいだ。

 短い髪を収めた警備キャップの下で、鋭利な双眸が俺を突きささんばかりに睨んでいる。


 隊員の中でも数少ない"VC"である彼は、見た目こそ二十歳を少し過ぎた程度に見えるが、実際は俺と同い年だし、なんなら同期でもあるのだが……。

 入隊時からどうにも俺に対して、あたりが強い。


「……"ソイツ"になんかあったら、責任取らされんのは八釼サンだぞ」


 通常の"吸血事件"であれば、俺達が警備として立つことはない。駆り出されるのは主として、よほど"事件性"の高い場合だ。

 今回は"ヴァンパイアキラー"という特例中の特例が絡んでいるのだから、きっと誰か顔見知りがいるだろうとは予測はしていた。


 だからこそ、部屋前に立つ清の姿を見ても、ただの"巻き込まれた"相談屋として、知らないフリを貫いたというのに。

 この場で"俺"に話しかけてくるとは、よっぽど腹に据えかねているようだ。


(……清がいるから、余計に少しくらい大丈夫だと思っちゃったんだよなあ)


 清は優秀だ。おまけに仁義に熱い。過去にバディを組んで任務に当たったこともあるが、あまりにやり易くて、拍子抜けしたくらいだ。口喧嘩はともかく。


 つまるところ、俺は清を信頼している。まあ、一方的な信頼だけども。


 なかなか反応を返さない俺に痺れを切らしたのか、清は後ろ手に組んだ姿勢はそのままに、眼光を鋭くした。


「……しっかり"護衛"しろよ、クソが」


 VC専門の相談屋という肩書上、ここの"警備員"と知り合いだと知られても、違和感はないだろう。

 が、出来るだけ危険因子は増やさないが吉だ。

 清もきっと、同じように考えているからこそ、警備の姿勢は崩さずに目だけをよこし、出来るだけ声を潜めているのだろう。


「……悪かった。以後、気を付ける」


 手短に答えた俺は、先を行く充希の後を追った。

 微かに聞こえた舌打ちは、清なりの了承だから問題ない。


「すみません、お待たせしました」


 ボタンを押してエレベーターを待ってた充希は、「いや」と緩く首を振り、


「あの彼は、なかなかに手厳しいな」


「え……?」


(もしかして、清が"警備員"じゃないと気付いて――)


「巧人が部屋に入った後、真心を込めて"アモーレ"にと誘ったのだが、僕が最後まで想い丈を告げる前に『無理です』とバッサリ切られてしまった」


「……そうでしたか」


 清らしい。というか、しっかり清まで口説いていたのか。

 心中に多くの言葉を押し込んだ俺は、扉を開いたエレベーターに乗り込みながら、「帰りましょう」と促した。

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