妖魔発芽のメカニズム
授業中にチラリと窓際を見れば確かにいるのに、授業が終わって意識を向けた時には既にいない眼鏡でおさげなあの人。
俺は段々と意地になっていた。
『なぜだ……なぜにこうまでも彼女との接触が委員会以外で出来ないんだ!?』
偶然見つけた誰もが気がついていないカワイイ女の子とちょっと仲良くなりたい。
別に昨日のテレビの話題でも今日の授業の事でもなんでもいいからトークをしたい、最初は本当にそれだけであったのに……ここまでタイミングが合わない状況に、俺の中で宜しくないエンジンが点火し始めていた。
何としても服部さんと接点を持ちたい……手段が目的を逆転させてしまう、どう考えてもヤバイ思考に傾いていた。
「お~い斑、どうした変な顔して……どこ見てんだ?」
「……あ? ああいや別に」
そう言って俺に声をかけて来たのはクラスメイトの聖真。
いわゆるスポーツイケメンで帰宅部の俺とは真逆の生活スタイルだと言うのに、妙に馬が合って高1の頃からつるむ事が多いヤツだ。
「そういや聞いたか? 隣のクラスの宮崎の話」
「宮崎……ってだれ?」
そんな聖の交友関係は広く、部活も含めた独自のネットワークを構築している事で格好内で起こった出来事をちょくちょく話題に出して来る。
聞き覚えの無い『宮崎』ってヤツの話題もその一つなのだろう。
「そう聞くって事は知らないんだな? ほら、この前教えた胸糞ワリー遊びが一部で流行ってるって言ったじゃん?」
「胸糞ワリー…………ああ、アレか」
「何でも昨日、隣のクラスの宮崎ってヤツがそれに引っかかったらしくてな……やった連中が面白おかしく裏垢使って情報拡散してやがんのよ……。ショックなのか宮崎本人は今日学校来てないらしいし」
話している聖自身、その事についてはイラついているようで、そして俺も聞いて気分は良くない。
一部で流行っているというか“流行っているらしい遊び”は所謂『ウソ告白』、モテるカワイイを自称する連中が自分の自尊心を満たしたいが為に引っかかりそうな者を男女問わずに呼び出して告白、OKしたら掌を返して笑いものにする。
しかも仲間は物陰に隠れて動画撮影していたりするからタチが悪い……遊びと言うより悪質な虐めでしかない。
苛立つ聖はスマフォで件の裏垢を見せてくれるが、内容は『童貞陰キャが引っかかった! “俺で良ければ”とかマジでウケる~』『根暗が夢見過ぎ~。アタシと付き合えるとか本気で思ってんの? マジでムリ』などなど、まあ文面からも人格を疑う内容だ。
「自分達の仕業って漏れないように被害者の動画を撮って脅迫しつつ笑いものにしてんだから……クズだよな」
「それについては激しく同意する」
義憤に駆られ憤る聖……俺もそれについては異論は無いけど、昨日そのウソ告があったとするなら、俺には一つ見覚えがあった。
具体的には校舎裏の出来事……。
昨日のアレが発生した原因がソレだとするなら……。
おそらくもうその辺の調べは付いているだろうから、今日あたりにでも姉貴に指令が来るかも。
今も昔も伊賀の忍びは組織力が違うからな。
怒りや悲しみ、嫉妬に絶望といういわゆる負の感情の発露を糧に妖魔は発芽し、更に負の感情を取り込む事で成長、覚醒する。
覚醒した妖魔は日本では古来から『妖怪』と称され、自我すら持ち人間を知略を使って襲うと言う質の悪い存在になってしまう。
昨日見かけた妖魔は“倒れていた男子”が聖の話では彼が件の宮崎君なんだろうが、ウソ告の怒りと絶望から生れたのは明らか。
そしてその最大の元凶になったのが腰を抜かして謝罪していた方で…………あれ?
「なあ聖、その裏垢使ったクズ共って“昨日の事”をアップしてんの?」
「ん? ああ……まるで武勇伝みたいに語って、そのクセ自分の存在は匿名にしてるから余計に胸糞悪いな。恥かかされた方は泣き寝入りするとタカくくってんのが見え見えで」
「…………」
俺の質問に更に眉を顰めて答えてくれる聖だが、俺はその事実に若干の違和感を覚える。
……昨日の出来事を思い出すと、腰抜かして命乞いするバカは元より周辺に散らばった何者かの私物を鑑みれば、それは多分撮影班をしていたバカの仲間の物だろう。
命の危険すらあった昨日の出来事を面白おかしく裏垢にアップするのは不自然だ。
本来命のやり取りどころかケンカすら碌にした事の無い奴らがそんな事を出来る理由はただ一つしかない。
『特定の記憶を消された』……しかも『妖魔』に関する事だけに限定して。
伊賀の優秀な忍びには心理に精通する忍術に長けている輩も存在するって聞いた事はあるが、翌日だと言うのに自分たちのやらかしを更に続けるくらいに記憶を操作して更にバカやれるくらいに泳がせている事が腑に落ちない。
まるであえてウソ告を続けるように誘導しているような……というよりも。
「餌……か?」
「あん? 何だって?」
「いや、何でもない。しかしコイツ等の精神構造ってどうなってんだ? そんな事をしても恨みを買うか引かれるだけだろうに……」
俺の感想に聖は激しく同意し頷く。
「言いたかねーけど、こういうのをする連中はやたらとスクールカーストを気にする奴らで、しかも自分の事を中堅どころだと思っている……しかもその地位をキープする事ばかり意識しているっポイ奴って感じだろ?」
「中堅……ね」
「証拠って言えばアレだけど、クラスでもカースト上位っぽい藤林たちなんかは普通に告白される側で校内カーストなんか気にもしてないだろ?」
休み時間に入り今日も普通にクラスメイト達と談笑している藤林たちの仲良しグループを見てみれば、確かにそんな事を気にしている様子は皆無。
ただただ楽しそうに笑い合っているだけで、その周辺からチラチラと見ている連中に気が付く様子もない。
「……ウソ告は中堅どころか自分よりも下だと思っている連中をバカにする事で自尊心を満たそうとしているって事か? ますます胸糞悪いんだが……」
「奇遇だな……俺もそう思う」
その感情は真っ当な、普通のモノだと思う。
聖も俺も、一時の快楽の為にウソ告なんぞやっているバカにムカ付く事が出来るのは少なくともそいつらよりもマシであるという証明にも思えた。
だが、俺は自分の心の内で戒める…………この流れはマズいのでは?
妖魔の発芽を促す『妖の種』は一度放たれ人の心に巣くうと発芽するまで誰にも見分けが付かない。
伊賀がワザワザ餌を用意して泳がせているとすると……この学校内に妖魔を作り出す『妖怪』が潜んでいると、伊賀は当たりを付けたって事か?
意図的に発芽を促して主犯の妖怪を特定、対峙するつもりで……。
「ったくひでぇ話だけどよ~経験不足の男子がいきなり女子と接点を持てたら……好意を持つのは当たり前、ましてや好きなんて言われて日には舞い上がる事間違いないってのに」
「そ、そ~な……」
考えこんでいた俺は聖に言われた言葉に驚き曖昧な相槌を打った。
聖は同じ話題を続けているつもりで話しているが、その言葉の内容はまるっきり最近の自分の心理状態に酷似するもので……突然自分の事を揶揄されたように思ってしまった。
うん、未経験な童貞男子はちょっとでも自分と接点が出来た女子が気になってしまう、実に単純な生き物である。
だからだろうか……聖が言ったある事に付いて俺が注目してしまったのは。
「俺が一番ひでぇと思ったのは手紙での呼び出しの話だな。今時ラインでもメールでもない直筆の手紙を下駄箱に仕込まれて~なんて、実際に遭遇したらそれ程本気なのかと真に受けても仕方がないだろ?」
「手紙……直筆の手紙!?」
「ああ、今時ラブレターって辺りが悪意に満ちてるよな……」
俺の反応を怒りからの同意と聖は受け取ったようだが、実際は違う。
情報源は余り良くないけど、俺の中では“その手があった!”という感情からの反応。
そう、直接対面できないなら手紙を……。
俺は今も空席になっている服部さんの席を眺めつつ、決意した。
……後で冷静になると切腹も辞さない程、とんでもない黒歴史を誕生させる決意だったのだけど。
目的と手段をはき違えたこの時の俺はその事に全く気が付かなかった。
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『疎遠な幼馴染と異世界で結婚した夢を見たが、それから幼馴染の様子がおかしいんだが?』
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