苦無に託された伝言(紅刃side)
「少々勘の鋭いだけの一般人……というところですか」
妖魔と遭遇してからしばし……私は近所のファミレスのボックス席についていた。
それは『お役目』の後の私なりのルーティーン……伊賀のくノ一『浮雲の紅刃』から何時もの高校生『服部紅葉』へと戻る為の。
以前は甘い物が多かったけど、最近はブラックのコーヒーでブレイクするようになり出していた。
妖魔撃退の任を古来より受け継ぐ忍びの血筋。
戦国の世よりも遥か昔から連綿と受け継がれる退魔のお役目は宗教的な事もあり『陰陽師』など有名な方向で残される事もあるが、それは光の中を生きて来た者たちの派生。
闇に生きる忍びが闇を狩っていたという事実はあまり知られてはいない。
忍びの中でも名門とされる伊賀の血筋の中で、近代稀に見る逸材として私が見いだされたのはわずか5歳の幼少期。
以来風の忍術と相性の良かった私は厳しい修練の末に伊賀のお役目を担い、妖魔撃退の戦いを繰り広げる事になった。
当時苦戦らしい苦戦もしないで神童、伊賀家当主服部半蔵の生まれ変わりなど持て囃されていた私は相当天狗になっていた。
自分こそが最強のお役目、自分に退治できない妖魔など存在しない……と。
だが私のそんな自尊心は覚醒を果した本物の『妖魔』に相対した時、粉々に砕け散る事になった。
そして死にかけた私を一撃の『火遁の術』にて救ってくれたのが、私が尊敬してやまぬ伊賀と対を成す忍び集団『甲賀』最強の忍び……。
私のちっぽけな自惚れなど一瞬にして拭い去ってしまう程の技量、素早さ、何よりもそれまで見た事も無かった芸術とすら思える火の忍術。
山中朱鳥……あの方を尊敬してやまない私は、その実弟である『山中斑』がさっきの戦闘で何一つ出来なかった事が無性に苛立っていた。
何度か『お役目』を共にした時、貴女と並び立つ忍びになりたいと言った時に言われた言葉が今も私の心を暗くする。
『何を言ってるんだか。私の隣などに価値はない。背中を任せられる人がいなければどうしようもないのだから』
それは背中を任せている誰かがいるという事……それが誰なのかは教えてくれなかった。
まだ見ぬ何者か、それが件の山中斑ではないかと少しだけ疑いもしたが……それだけは無いだろうと判断して、しかし同時にあの人の弟であるという事にどうしようもなく嫉妬心が芽生えて来る。
……分かってはいる、それが単なる言いがかりである事は。
『お役目』は命の危険を伴う任務、幼少期に忍術の適性で落とされるのは命を守る為のボーダーライン……外れた者が妖魔に対して何もできないのは当たり前な事。
尊敬するあの人の弟だからと、凡人である事を認めないなんて……私の狭量でしかないのは……よ~く分かっているつもりなのだ。
つもり……なんだけど……。
「こういう感情をしっかりと割り切れない辺りが現代忍者の悪いところ……かな?」
「……お嬢、今いいかい?」
そう独り言ちた時、背後から声がかかった。
ボックス席の隣から、丁度背面になるように聞こえて来たのは伊賀の中でも情報に特化した忍びの一人……壮年の男性の声で私は“いつもの彼”であると一応認識する。
「……構わないわ。あの妖魔の調査は終わったの?」
「ああ、ザックリとですがね」
まるでスパイ映画のワンシーンのようなやり取りだが、情報の伝達が直接の方が確実で秘匿性が高いのは今も昔も変わらない。
むしろ携帯やらネットやらが発展した事で、実体のない『妖魔』すらその手の端末を利用しだしている現代においてはこうした配慮も重要になる。
本気でどこで見られているか、もしくは聞かれているか分かったモノではないのだから。
「妖魔が発生した出所は、まあ予想通りと言うか現場に倒れてた眼鏡の男子だな。何か爆発的な憎悪の感情を滾らせた事が起きたのか……発芽から短時間で人を襲えるまで成長を遂げているみたいだ」
「……現場と状況を鑑みて、痴情のもつれ的な感じかしら?」
「おそらくは……」
私は思わずため息を吐きそうになる。
古来より妖魔が色恋沙汰で発芽するのは定番中の定番。
“その手”の昔話やら妖怪やらが多い事でもその事を証明している。
この世に男と女がいる限り必ずと言って良いほど起こり得る事象だが……関係のない私としては“人を殺しそうな程に想い憎む”という感情が理解できない。
何ゆえにそんな無駄な感情を持つ必要があるのか……。
「……まあその辺の機微については分かりかねます。調査はお任せしますので妖魔出現の際はご連絡を」
「……お嬢は相変わらずか……分かったよ、仕方ねぇ……ああそれと」
隣り合ったボックス席の衝立の隙間からスッと押し出されたのは一本の苦無。
その苦無は伊賀の忍びが仕事をした事を証明する『八桁車の内堅矢』の家紋の記された物で……。
「甲賀の朱鳥氏より言付かった……『弟が世話になった。これはその返礼である』と」
「!? 朱鳥さんから……」
忍びにあるまじき動揺をしてしまうが、尊敬する人からと聞いて平静ではいられない。
私は受け取った苦無を見て……息を飲んだ。
その苦無は私が山中斑が遭遇した妖魔を屠った時に使った苦無なのだが……その苦無は以前とは比べ物にならない程見事に手入れされていた。
それどころか手にしただけで、今までのどの忍具よりも手に馴染む感じがする。
本来手裏剣に代表される飛び道具の類は使い捨て、それをここまで見事な整備を施すとは……。
「さすがは『火遁の朱鳥』……お役目に挑む姿勢が違うわ。陸具をここまで整備する腕すら兼ね備えているとは……」
私はこの時、盛大に勘違いしていたのだ。
苦無の手入れが余りに見事だった事でその美として見落としていた事があり、私はこの時とんでもないモノを手に入れていた事に気が付けなかった。
そして……自分が未だに天狗であったと言う、なんとも恥ずかしい事実にも気が付けなかった。
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書籍化作品
『疎遠な幼馴染と異世界で結婚した夢を見たが、それから幼馴染の様子がおかしいんだが?』
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