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天井から姉貴

 あの後、どこからともなく現れたのは妖魔撃退の『お役目』のサポート役である『黒子』の方々。

 多分さっきの彼女が連絡を取っていたんだろうけど、撃退後に破損した環境や負傷者の手当て、あんまり考えたくないけど手遅れの場合は『事故死』として処理する案件すらある。国としては大っぴらに『妖魔』の存在を認めるワケには行かないとの事らしいが……いずれモロモロの後始末をしてくれる集団が存在しているのだ。

 もちろん現代日本において名の如く本当に黒子の衣装をしているワケじゃ無い……本日は清掃員の格好で現れていた。 

 妖魔を目撃した女生徒と宿主と思われる男子生徒はこれから搬送されて何らかの処置をするらしいが…………お役目ではなくとも俺は甲賀の関係者、しかも今日現れた黒子は何度か顔を合わせた知り合いだった。


「あ、どうも弟さん。お姉さんにはお世話になってます」

「いえいえこちらこそ……」


 という当たり障りない会話だけで俺は何事も無く家路についていた。

 俺は今日も学校から帰った後、自室に無造作に置かれた『道具』の整備をしつつ、ついさっき相対した妖魔のなりかけを思い出し……『お役目』を担った者たちに伝えられる口伝の一節を何気に口ずさんでいた。


「我らが祖、妖魔率いる魔の首魁を打倒し豪傑なり。しかし時の権力者は己が力とせんと望まぬ婚姻を強要、憤怒の激情に駆られた祖により権力者は滅ぼされ、祖は馴染みの愛妻と共に異界より今世へと参られた……か」


 俺は見た目は何も異常が無いけど、よく見ると所々“紋様”が摩耗してきている『手裏剣』を磨きつつ自然とつぶやいていた。


「彼の地より降り立った祖は自らの子孫に受け継がれた力を使い『忍術』の礎を築く。後に体術、技能に優れた戦闘集団『忍』の源流……ふ~む」


 古来より『お役目』に伝わる口伝らしく“彼の地”とされているのが神々の住まう天上界であるとか、当時としては異界とすらされる海外の事であると考える者もいる。

 しかし最近になってウェブ小説などを見るようになって……なんとなーくこの話が異世界ものの勇者の話に思えてきていた。


「魔王を倒した英雄が国の勝手でお姫様と結婚させられそうになって、でも勇者は故郷に残してきた幼馴染と結婚する為に異世界に逃げて来た~~とかな、あはは」


 俺は自分の荒唐無稽で安直な思い付きに自分で笑ってしまう。

 でも同時に“自分たちの祖先”がそんな一途なロマンチストだったと考えれば……案外悪い気はしてこない。

 根本的には現実主義リアリストであるとされる者たちの祖先がロマンチストだったなんて……そう考えれば今俺が抱えているヤバ目な思考も正当化出来る気がする!

 手裏剣の磨き作業を終えて今度はジャラジャラと鎖分銅の付いた刃物『鎖鎌』の手入れに移る。

 鎖の連結が所々渋くなっていてキシキシと嫌な音がする。


「……ったく姉貴のヤツ、戦闘後はしっかり油さしとけって言ってんのによ」

「ゴメンよ、昨晩は水系の相手でさぁ」

「うおう!?」


 愚痴る俺の耳元でいきなり聞こえた謝罪の言葉に俺は声を上げてしまった。

 それがいつもの事ではあるけど、今の今まで慣れた事は一度も無い。


「姉貴! 作業中にいきなり気配を消して近づくなよな!! あと天井からぶら下がるのも!!」 


 耳元に口を寄せるショートヘアの見た目は体育会系美人、しかし実態は日本に現存する忍びに伝わる『お役目』に選ばれた所謂くノ一にして俺の姉貴『山中朱鳥』は足の指だけで天井からぶら下がっていた。

 相変わらず見事な『忍術』を自然と使いこなすと思いはするけど……。


「……あと、どうしてもそれをやるならせめてズボン履いてくれ……マジで」

「あらら? もしかして斑ってば……ダメよ~お姉ちゃんにそういう感情抱くのは~~」


 そう言って俺は揶揄おうとする姉貴に俺はジト目で溜息を吐いた。

 マジでこの年で女性に幻滅させないで貰いたいんだが……。

 恥じらいってすごく重要な要素なんだよな~ってしみじみ思ってしまう。 

 俺はもうふざけ倒す姉を放置する方向でジャラジャラと鎖鎌の手入れに戻る。

 滑らかに動かない箇所一つ一つに油をさして“紋様”の“伝達”がスムーズに行くように……この辺は感覚的にしか言えないけど。

 

「相変わらず原理が良く分からないけど凄いもんよね~。ウチの弟には一体何が見えているんだか」

「ここまで陸具“使いこなす”アンタが何を言ってんだか……」


『お役目』を担う姉貴の忍者陸具を俺が整備する……そんなのが日常になってどれくらいになっただろうか?

 最初の内は姉貴も自分の道具の手入れは自分でしていたハズだけど、今では『斑の整備じゃないと全力は出せない!』と公言するようになって……今ではほぼ百パーセント俺の仕事になってしまった。

 俺自身は特別な事をしているつもりも無いんだが……。


「でも珍しいな。姉貴が実戦で鎖鎌使うの……そんな手ごわかったのか?」


 姉貴の実力を知っている側からすると、この化け物が苦戦するとか考えたくも無いんだが……そういう思いで聞くと姉貴はふざけた顔を止めてクルリと一回転、床に降り立った。


「ここ最近ちょっと厄介が増えて来たのは確かね。私だけじゃなく他のお役目、各地から妖魔の情報は上がって来てるけど……伊賀、風魔、雑賀辺りからも警告が飛んでくるくらいには……」

「そりゃまた……」

「アンタも気を付けなさい。惨殺された被害者はどれもこれも高校生だったらしいから」

「……そっちこそ無茶すんなよ? 大事に、とは思うけど身を守る為なら道具ぐらい幾らでも直してやるからよ」

「お? 心配してくれんの? やっぱりお姉ちゃんの事!」

「茶化すなバカタレ……」


 命がけの『お役目』に姉貴が赴くのを羨望ではなく不安と心配で見送るようになってからどのくらい立っただろうか?

 爺さんも両親も、俺が適正なしでふてくされていた時に喜んでいた理由が今になって分かる。

 自分の子を、他に変わりがいないと死地に送り出したい親御がいるものか……。

 またこうして姉貴がふざけてくる日常を失わない為に……姉貴が『忍術』を全力で行使できるように……俺は自分の出来る事をするだけだ。

 そして姉貴の陸具の中で最も重要な『忍者刀』の整備に入ろうと鞘から抜いた時、俺は眉を顰めるしか無かった。

 一見刀身に刃こぼれは無く錆び一つ浮いていないようにも見えるが……。


「姉貴……一体何を斬った? “紋様”が歪んでんぞ……普段のアンタじゃ考えられない力任せに行った感じに……」

「…………ほんと、つくづく思うけど貴方みたいな人種は一体何が見えてるのか不思議だわね」


 俺の質問におふざけの笑顔を“裏のある笑顔”に変える姉貴に一瞬ゾクリとする。

 ……こういう表情は本当に忍びっぽいんだよな。


「最近急速に力を付ける妖魔が増えてね。昨夜の輩も『核』を断つのに全力で振りぬく必要があったのよ」

「姉貴が全力で……か」

「どうにも最近は妖魔の方が強くなる手段を確立しているような気配すらあるわ。本当にアンタも気を付けなさいよ?」

 

 現存する甲賀忍者で最強とも言われる姉貴の言葉は重い……普段は忍術を行使して刃こぼれ一つ起こさずに岩石すら両断する化け物だと言うのに……。


「俺みたいな一般人が気を付けようにも限度があるが……」


 俺は歪んだ“流れ”の修正をしつつ、忍者刀の手入れを続ける。

 姉貴の得意な忍術は『火遁』ではあるが、全力で扱ったせいで歪みが酷い……。

 忍者刀の“火の流れ”を円滑に、かつ強力に増幅できるように修正を加えて行くと……唐突に刀身全体から勢いよく“ボッ”と炎が立ち上る。


「うし……取り合えずコレで忍術の行使は可能に…………何だよ姉貴?」

「……“それ”が出来るアンタが一般人って言うのもどうかと思うけど?」


 俺の言葉に姉貴は呆れているようではあるが……それは本心からの言葉。

 お役目を弾かれた俺は一般人の枠組みでしかないのだから。

 忍びに不可欠なのは体術。

 幾らこんな事が出来ても、体術に流用できない内はお役目には向いていない……上層部が下した判断は当時の俺には屈辱だったけど、今では納得するしかない。

 俺には天井からぶら下がるのは無理だしな。


「甲賀最強の忍び『火遁の朱鳥』が何を言ってんだか…………あ……」


 俺はそう言いつつ、姉貴に聞こうと思っていた事を思い出した。


「姉貴、ちょっと聞きたいんだけど……この辺を担当している伊賀のお役目はいるか?」

「……何でそんな事を聞くの?」


 俺の質問にスッと表情を消す姉貴にさっきまでのおちゃらけた雰囲気はなくなる。

 この辺は忍びとして流石と思うし、同時に下手なウソを言うのも無駄である事を思い知らされる。

 俺は今日の放課後起こった出来事を伝えつつ、その時拾っておいた苦無を姉貴に渡す。

 さっき注意した矢先に実はもう遭遇していたと言う事には姉貴も驚き、心配してくれていたが、俺が五体満足で多分伊賀者と思われる忍びに助けられた事を聞くと眉を顰めて見せた。


「年頃は多分俺と同じくらいのくノ一。一撃で妖魔の『核』を貫く技量と力を持っていたな……。あとは二本足で校舎の壁に垂直に立っていたから、多分は風の……」

「ああ、あの娘か……」


 俺の簡潔な説明で誰の事か分かったらしい姉貴ではあったが……何やら複雑そうな顔で苦無を見つめていた。


「知り合いだったらそれの返却頼んでいいか? ついでにお礼も言っといて“一応”恩人ではあるからな」

「……一応か。それなら礼だけで良いと思うけど、ここまでしてあげる?」


 渡した苦無を何やら面白く無さそうに弄ぶ姉貴は明らかに不服そうではある。

 だけど、それでも忍具を前にあのまま返すのは……個人的には気が引ける。


「落とし物のハンカチは洗って返すのが礼儀ってのが少女漫画のセオリーなんだろ?」




面白い、もっと読みたいと思って頂けたら、感想評価何卒宜しくお願い致します。

創作の励みになります。


宜しければ他作品もよろしくお願いします。

書籍化作品

『疎遠な幼馴染と異世界で結婚した夢を見たが、それから幼馴染の様子がおかしいんだが?』

https://ncode.syosetu.com/n2677fj/208/

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