第1章 2節 将来の夢とは?
遡ること、去年の七月。夏も始まり本格的に暑くなろうとしていた頃だ。部活を引退したばかりである伸也は日焼けで顔や腕が黒くおまけに、坊主頭でありどこかあどけなさが残っていた。小学校低学年の頃から兄の影響で野球に夢中になっていた伸也は、中学生になってからも勉強もろくにせず三年間毎日遅くまで野球に打ち込んでいた。高校でも野球を続けたいという思いから、道内でも有名な野球の強豪校であり、なおかつ自分の学力にも合う公立高校に進学することになる。高校三年間、野球部の厳しいトレーニングや練習に励み仲間と切磋琢磨しながらも高校生活最後の夏の大会ではあっけなく初戦敗退し、野球部を引退することとなった。引退してから一週間が過ぎた頃、いつも通り時間ギリギリに登校する伸也が教室に入ると、すでに担任の中田は教卓の前に立っており、「渡辺、お前さんは時間に余裕をもって登校できないのか」と呆れた顔をしながら、教卓に肘をつく。伸也は「いやーすんません。」と少しふざけた口調で坊主頭を掻きながら自分の席に着くと、中田の「よぉし、ホームルーム始めるぞ」と相変わらず眠たくなるような声と共に「起立!気をつけ、礼!」と日直の元気な号令で今日も退屈な一日が始まろうとしていた。「えぇ、業務連絡は特にないかな...あぁ、そうだそうだ、今日から進路相談始めるから」中田がどこか楽しそうな顔をして、クラス全員の顔を見渡すと「まじかよ!」「だるすぎ、進路相談なんかしなくていいだろ」教室中に不満の声が溢れ、クラスメイト達がざわつき始める。「進路か、俺は将来何をやりたいんだろ。」机に突っ伏して目を閉じると闇に包まれた真っ暗な空間で自分は何がやりたい?将来の夢とは何だ?様々な感情が十八歳の頭の中を飛び回る。すると突然「佐々木!寝るな顔を上げろ。今寝てたから進路相談お前から始める。」中田の声が教室全体に響き渡る。焦って顔を上げるとクラスメイト達がこちらを見ながらにやにやしていた。「あーあ、今日はついてないな」ため息をつきながら小さな声で独り言を呟くと、中田はポケットに手を入れながら「じゃあ、ホームルーム終わるぞ。トイレ行くやつは急いで行け、授業に遅れるなよ」と言い残し靴を擦りながら教室を出た。これまで野球に夢中になっていた伸也は自分の将来の事を全く考えておらず、初めて不安になり焦りを覚えた。時計の針は八時五十分。今日のホームルームはなんだかいつもより短く感じた。