第6章「嗚呼…」どんなだっけ?【済】
「秋」
それは死にゆく「枯葉」の季節
しかしその様は「紅葉」と語り継がれた。
「漆」「丸葉」「楓」「橄欖」「団栗」
それは「針葉樹林」をも焼き尽くし
慈悲もなく「芋の木」を灰色に染める。
刻む「年輪」の数だけ、澄んだ「森林」は「燃え盛り」
世に「み」を墜とせば、「枯れ落ちて」ゆく。
あなたはこの「秋の葉」をなんて言いたい?
カレハ・A・セプテンバー「カレハの日記」より。
第6章「嗚呼…」どんなだっけ?
カエデさん
「レハちゃん!カレハちゃん!」
頭がぐわんぐわんと強く揺さぶられ強制的に意識が覚醒する。
カレハ
「……か………カエデさん?」
カエデさん
「カレハちゃん!起きたのね!急に意識を飛ばして、眠っていたと思ったら今度は凄く魘され始めて」
カレハ
「すごく怖い夢を見たんだ。」
カエデさん
「本当に?大丈夫?」
カレハ
「もう大丈夫だよ、夢で怖がるなんて子供じゃないんだから。」
とても心配していたのかカエデさんに目は赤く腫れており、深いクマも出来ていた。
おそらく付きっきりで私の看病をしてくれていたのだろう。
眠っている間に思い出した記憶に関する内容を医師とカエデさんに詳しく話し終えるとカエデさんに
少し席を外して欲しいとお願いした。
とても心配してくれいたカエデさんには悪いと思ったが、今はとにかく考える時間が欲しかった…。
カレハ
「う…うぅ。あ…、ぅ…やめて…。」
先日の一見から私は病院のベッドで夜通し魘される日々が続いている。
(95人。そして今日で97人ね。)
(よく知ってるな……ー…ー…。)
薄暗い場所で誰かと話している。
(これはお守りみたいな物よ。)
(そんなおもちゃ使いたくはない。)
今度は夕暮れ、逆光でよく見えない。
(メープル!メープルが!)
メープル誰だ?それにここは?人が寝て?違う!死体だ!
それもおびただしい数の死体が当たり一面に転がっている!
???
「メープル!」
私は夢から逃がれる様に目を覚ます、なんなんだこれは、勘弁してくれ…。
こんな状態がもう何日と続いている。
あまりの頻度に医者に相談するも「PTSD」による「フラッシュバック現象」だそうだ。
「PTSD」を発症した患者の症状として珍しくない物らしい。
強烈なショック体験が時間が経ってからも強い恐怖を感じていると怒る現象だそうだ。
場合によってはその恐怖から重度の錯乱状態に陥りそのまま自殺に及ぶケースも少なく無いと言う。
私が病院に担ぎ込まれ目を覚ましてから記憶を失っている事がわかった時点で病院側は
この可能性を考慮し、私が記憶を取り戻した際に精神的ダメージをなるべく与え無い
刺激の少ない暮らしから徐々に記憶を取り戻す治療プログラムを実行していたと話された。
しかし私は一つの疑問が生じた。
「PTSD」が引き起こしているという、ここ数日の悪夢に出て来ているのは
先日思い出したシスターが出てくる夢では無く、全く別人との記憶だからだ。
その事を医師に相談すると医師は私に一日一回のカウンセリングを受ける様にと私に指示した。
医師
「それでは、カレハ君君の新しく思い出した事を教えてもらっても良いかな?」
カレハ
「夕日と死体」
医師
「誰の死体?」
カレハ
「わからない。」
医師
「それは一人?それとも二人?」
カレハ
「たくさん、たくさんの死体に囲まれてる」
医師
「生きている人は君だけ?」
カレハ
「いや、もう一人いる」
医師
「女性?それとも男性?」
カレハ
「多分女性、名前はメープル。」
医師
「知り合い?」
カレハ
「覚えてない。」
医師
「見た目は?」
カレハ
「逆光でよく見えない。」
医師
「その人を見てあなたはどう感じた。」
カレハ
「悲しかった。」
医師
「悲しい?」
カレハ
「分からないけどそう感じてた。」
医師
「他には何が見える?」
カレハ
「銃」
医師
「どんな銃?」
カレハ
「私の銃「レミントンM1879」だけど…」
医師
「だけど?」
カレハ
「光ってる、神々しく。」
医師
「銃が?」
カレハ
「そう。」
医師
「それを見たあなたはどう感じた?」
カレハ
「とても怖い。」
医師
「何故?」
カレハ
「わからない…けど。」
医師
「けど?」
カレハ
「血がついてるから。」
医師
「他には何か見えたかい?」
カレハ
「真っ赤な女の人。」
医師
「生きてる人間?」
カレハ
「ぐちゃぐちゃでわからない」
医師
「君はそれを見て、どう思ったのかい?」
カレハ
「絶望?」
医師
「何故?」
カレハ
「自分に。」
医師
「そう…今日はこの辺にしておこう。少し休んだ方が良い。記憶はゆっくり思い出していけばいいさ」
カウンセラーの人が言うので一緒に来ていたカエデさんと共に私は診察室を後にする。
記憶を思い出して以来カエデさんが私の部屋に顔を出す事は少なくなった。
カエデさんがご飯を持って来た時に何度か彼女の家族について話がしたいと言われたが
「今度にして欲しい」と何回も言っているうちに来なくなった。
悪いけど今はそんな事を聞いてる余裕が私には無い。
記憶を取り戻した今も私の左半身の麻痺は取れていない、
私はまだ思い出さなければならない事があると言う事だ。
「マルバ」手がかりはこれだけ。私はこの名前の人物を見つけなければならない。
何故?親友を裏切ったのかを、問い質さなければならないし、
マルバに預けられていたシスターの家族がどうなったのか確かめなければならない。
それに加えてもう一つ「メープル」という人物の記憶も思い出さなければならない。
カレハ
「寒っ。」
途方に暮れているといつのまにか外の日も暮れており、秋の夜に薄っぺらい検査服一枚は
流石に肌寒く感じたので病室に備え付けられているクローゼットに上着かなにか無いかと思った私は
車椅子を転がす。クローゼットを開けるとそこには迷彩柄の上下がかかっていたが、これは流石に。
「趣味悪いなー。この病院。」とぼやきながら他にも自分の私物が無いかと
チェストの引き出しの中を見ていると、とある物に目が止まった。
カレハ
「これ…。」
そこには、私がシスター・ルーシーの誕生日に渡したロケット型のペンダントと
一丁の【グロッグ17】が入っていた。
カレハ「9ミリ口径、クレハ?それよりなんでこんな物が…趣味が悪いなんてもんじゃ無いぞ?拳銃なんて」
穏やかでは無いこの状況においうちをかける様に部屋の扉がノックされた。
カエデさん
「か…カレハちゃん起きてるかしら?」
扉が開き始め慌てた私はロケットをポケットに突っ込み拳銃の方はお腹の中に隠す。
カレハ
「ど、どうしたのカエデさん。」
カエデさん
「カレハちゃんにどうしても話しておきたい事があって、あなたの記憶に関係している事かもしれないの…。」
カレハ
「記憶に関係してる?」
私はクローゼットのドアを閉めると、カエデさんを部屋に入れる。
カエデさん
「あれ?もしかして何処かに行く所だったのかしら?」
カレハ
「え?」
カエデさん
「カレハちゃん車椅子に乗ってるから」
カレハ
「あっ!そうそう中庭の漆の木ももうそろそろ色付いて来たかな?なんて思って」
カエデさん
「夜に行っても真っ暗よ?」
カレハ
「あれだよ!極東では夜に木をみるのも良い!みたいなの聞いた事があったからさ」
カエデさん
「そうなの、暗い中でみるなんてカレハちゃん少し変わってるのね、どうしても行きたいなら私が押して行ってあげるわ。」
こんなものを外に持っていくのはリスクが高すぎる!
カレハ
「いやいや単なる思いつきだからさ、カエデさん大事な話があるんでしょ?話してよ」
カエデさん
「え…えぇ。」
苦し紛れの言い訳と強引な軌道修正でなんとか危機を回避すると、
カエデさんは車椅子から降りるのを手伝ってくれる。
カレハ
「あっ!」
ベッドに横になる際お腹に隠した拳銃に気を取られた所為で、
ロケットが地面に落ち部屋に金属音を響かせる。
カレハ
「ごめんカエデさん落としちゃったからそれ拾ってもらっても良いかな?」
既にベッドに移動し腹に隠していた拳銃の事もあった私は手が届かないのでカエデさんにお願いする。
カエデさん
「えぇ。ちょっと待ってね。」
カエデさんがベッドの下に手を伸ばしている隙に私はお腹に隠した拳銃を自分の枕の下に隠す。
カエデさん
「これは…。」
カエデさんは固まる。
カレハ
「ありがとうカエデさん。」
カエデさん
「カレハちゃん、このペンダント何処にあった物か教えてもらっても良い?」
カレハ
「どこにって言うか、前に記憶を取り戻した時に話したと思うけど、昔私がお世話になってた人に私があげたプレゼントなんだけど」
カエデさん
「はぁ、そう言う事なのね、姉さん。」
カエデさんは大きく息を吐く。
カエデさん
「カレハちゃん、そのシスターの名前を伺っても良いかしら。」
カレハ
「シスター、シスター・ルーシーだよ。」
カエデさんは深くため息を付き、一呼吸置いてロケットの中身を見る。
カエデさん
「カレハちゃん、このロケットはあなたがあげた物では無いわ。」
カレハ
「は?何言ってるの?流石の私もそんな冗談は笑えないよ?」
カエデさん
「これを見ればわかるわ。」
カエデさんはロケットの背面を見せる。
嘘だ。
そんな。
待ってよ。
ウソでしょ?
カエデさんが私に向けて見せたのはペンダントの背面。
私があの日香工屋のおじさんに頼んで彫って貰った文字は
「シスター・ルーシー」だ。
しかしペンダントの背面に刻まれていた文字は。
【ルーシー・M・オクトーヴァー】
カレハ
「オクトーヴァー。ウソでしょ?カエデさんのお姉さんって、シスターだったの?」
カエデさん
「えぇ、このロケットを私は知っているの、そして中に入ってる写真も。」
ロケットの中には若かりし頃の14歳?くらいのシスターが赤子を抱え、
もう一人の少女はルーシーの裾を掴んでいる。
カエデさん
「これは生まれた時に撮った写真なの。」
カレハ
「待って、なんでそれが私の部屋に?」
カエデさん
「だから、どこで手に入れたのか聞いたの」
カレハ
「シスターがマルバっていう女に殺された時シスターの手の中にあったの。」
カエデさんは私のその言葉を聞くと苦虫を潰した様な表情を浮かべた。
カエデさん
「姉さん、貴方はいつだって傲慢。」
カレハ
「え?」
カエデさん
「なんでも無いわ。」
カレハ
「ごめんなさいカエデさんの家族…シスターを守れなかった。」
カエデさん
「いいえカレハちゃん、それは違うわ。」
カエデさんのその目は決して冗談を言っているそれでは無い。
カレハ
「何が?」
カエデさん
「姉を殺したのは、あなたよ。」
カレハ
「何を言ってるの?カエデさん?」
カエデさん
「聞こえなかったかしら?私の姉を殺したのは」
私に言い放つ。
カエデさん
「カレハ・A・セプテンバー、あなたよ。」
カレハ
「何を言ってるの?なんでそんなひどい事を言うの?カエデさん」
カエデさん
「まだわからないの?」
カレハ
「なんで私が殺したなんて?」
カエデさん
「だけど姉を殺したのは!」
???
「やめろカエデ!」
病室にとある女性の声が響く、それは最近聞いた事がある声だ。
二度と忘れる事は無いこの声、こいつだ、こいつがシスターを殺した。
カレハ
「お前だ。お前がシスターを殺した。」
そこには、いつの日か漆の木の下で会った軍服を纏う赤毛の女性が立っていた。
私は先日、この女と話した事を思い出す。
カレハ
「お前…あの日の…。記憶を失った私を見て嘲笑っていたのか…。」
マルバ
「嘲笑ってなどいない、私は家族に会いに来ていただけだ」
カレハ
「お前、よく私の前にその面を見せたな。裏切り者の人殺し。」
マルバ
「あぁ、私がルーシーを殺した。それは間違い無い。」
カエデさん
「義姉さん!?何故!?」
マルバ
「良いんだカエデ、少し黙っていてくれ。」
カレハ
「姉さん?カエデさん何言ってんの?カエデさんのお姉ちゃんはルーシーでしょ?私は見たんだ!こいつがカエデさんの姉、シスターを殺すとこを!」
カエデさん
「見た…そう。カレハちゃんは本当に見たの?」
カレハ
「見たよ!こいつはシスターを殺した!」
カエデさん
「嘘はよくないわ、カレハちゃん。」
カレハ
「なんなの!?待って…カエデさん…その口ぶりからしてカエデさんはこいつの事を知ってたって事だよね?」
カエデさん
「えぇ。」
カレハ
「ならなんで!私が記憶を戻した時教えてくれなかったの?こいつとグルだったの?」
カエデさん
「隠していた訳では無いの、というより義姉さんは」
カレハ
「もう良いよ、カエデさん。この際そんな事はどうでも良いよ。」
私は枕の下に手を伸ばし、取り出す。
カレハ
「これでこいつを殺せば全てが解決する。」
私は引き金を引きマルバに向ける。
カエデさん
「カレハちゃん!なんて物を!」
カレハ
「お前を殺す事が私の目的なんだ。」
カエデさん
「やめなさい!カレハちゃん!冷静になるのよ!」
マルバ
「構わないよ、カエデ。」
カレハ
「何?その余裕は。私が撃たないと思ってるの?」
マルバ
「いいや、そんな事は微塵も思ってない。」
カレハ
「何故、シスターを裏切った。」
マルバ
「家族の頼みだからだ。」
カレハ
「家族?ふざけるな!」
私は銃をコッキングしマルバにもう一度向ける。
マルバ
「お前が私を殺す事に異論は無い。だが」
カレハ
「だが?」
マルバ
「その銃では人を殺せない。」
カレハ
「なに?いくらガキ臭いおもちゃみたいな銃でもこの距離で当てれば必ず殺せるわ。」
マルバ
「その銃はお前の銃じゃない。」
カレハ
「知っているさ!クレハとかいう奴の銃でしょ?だからなんだと言うの?」
マルバ
「君はその人物を知っている。」
カレハ
「私はクレハなんて奴は知らない!この後に及んで時間稼ぎ?見苦しいなぁ、国防軍の重役の癖に!やっぱり南は臆病者ばかりだったんだな!」
カエデさん
「カレハちゃん。」
カレハ
「カエデさんは黙ってて!」
カエデさん
「カレハちゃんは、その人物を知ってる。」
カレハ
「うるさいなぁ!私はこんなガキ臭くてダサいおもちゃみたいな銃は使わない。」
マルバ
「それだ。」
カレハ
「はぁ?」
マルバ
「なぜ君はその銃をガキ臭いおもちゃとい言うんだ?」
カレハ
「感性の問題でしょ!」
マルバ
「ならダサいと言っていただろう。なぜガキ臭い【おもちゃ】と言うんだ?」
記憶がフラッシュバックする。
薄暗い場所で誰かと話している。
???
「これはお守りみたいな物よ。」
???
「そんなおもちゃ使いたくはない。」
(やめろ!なんなんだこの記憶。)
カレハ
「やめてくれ!」
私はこの銃を知っている、そしてこの人物も知っている、誰だ!誰なんだ!
マルバ
「カエデ!鎮静剤を用意しろ!」
私はグロッグのトリガーに手をかけた。
つづく…。