第2章「HDD」少女の症状 【挿絵済】
「秋」
それは死にゆく「枯葉」の季節
しかしその様は「紅葉」と語り継がれた。
「漆」「丸葉」「楓」「橄欖」「団栗」
それは「針葉樹林」をも焼き尽くし
慈悲もなく「芋の木」を灰色に染める。
刻む「年輪」の数だけ、澄んだ「森林」は「燃え盛り」
世に「み」を墜とせば、「枯れ落ちて」ゆく。
あなたはこの「秋の葉」をなんて言いたい?
カレハ・A・セプテンバー「カレハの日記」より。
「I」945年 9月15日 晴れ
第2章「HDD」少女の症状
記憶を取り戻そうとする努力はもちろんした。
でも自分の過去を辿ろうとすればするほど、
数え切れない可能性に満ちた仮定が頭の中を一瞬で埋め尽くしてしまう。
【私はカレハ・A・セプテンバーである。】
それはまるで抽象的な「絵画」を見せられ、
納得が出来無い解釈を強要されている様な感覚。
私は私が【カレハ・A・セプテンバー】であると言う事は覚えているが
その私が【カレハ・A・セプテンバーである。】と言う事には全く納得が行ってない。
だってそうだろ?今の私は他人から「あんたは立派な大統領だった」と言われたとしても
(うん・・・言われてみれば・・・私は大統領だったかもしれない。)
と思ってしまうくらい過去の記憶に関して言えばお猿さん以下の馬か鹿なんだ
そんな私の記憶なんて簡単に信用しても良い物なのだろうか?
カレハ
「何もわからん。」
私は書いていた日記帳に投げる様にペンを置く。
こんな「糞」が詰まりそうなツマラナイ事を168時間も考えてられると思う?
悪いけど私はパス、控えめに言っても「地獄」がすぎる。
こんな事出来る奴はフィクションの中だけだ。
諸君これが現実だ。現実の「記憶喪失」はこのくらい虚しいのだ。
覚えているのは自分の持っていた常識と言う倫理観。
だから私は自分の持つ常識に従いこんな愚行はやめにして
日々を楽しもうと決めたんだ!と頭の中で一人芝居を打っていると…。
扉が鳴る。
看護婦
「カレハちゃん、起きてますかー?食事の時間なので入りますよー?」
外にいる女性が病室の扉を開けるので中にいる私と目が合う。
看護婦
「あら、もう起きてたんだカレハちゃん」
彼女はそのまま入ってくる。
カレハ
「おはよう、カエデさん」
彼女はここの看護婦の【カエデ・M・オクトーヴァー】さんだ。
私は彼女のファーストネームである「カエデさん」と呼んでいる。
部屋の中に入って来たカエデさんは早速、準備を始める。
彼女は慣れた手つきで私の机の上にある物を並べて行くと、
たちまち部屋の中に匂いが充満し、目が覚めてまもないの私の脳が完全に覚醒する。
カレハ
「もういいよね?カエデさん」
カエデさん
「もうちょっと待ってね」
今の私にとってこの時間こそ最も幸せな時間。
待て。とお預けをくらう犬の様になってしまった私の前に
カエデさんは銀を揃えると、
カエデさん
「はいっ、どうぞ」
私は顔の前で手を組み祈ると大きな声で口にする。
カレハ
「いっただきまーす!」
※ご飯の時間である。
私は盆にそって置いてあるスプーンを手に持つとまずはこちら、
【初めて食べた人は白湯と間違えてしまうくらい味の薄いキャベツスープ】を
すくって口にしようとするのだが、
寸での所である事を思い出す。
カレハ
「危ない危ない、このスープ味は薄いくせに温度だけは一丁前だった。」
熱を冷ますために息を吹きかけてから私は再度スプーンを口に運ぶ。
カレハ
「相変わらずキャベツがなければただの白湯だ。」
と一言。自分の味覚障害を疑う前に次はこちらの
【異常に味付けが濃い鹿尾菜と枝豆の煮物】を口にし、、、
カレハ
「こりゃひでぇ......」
過度な塩分濃度に私の味覚は失われていない事を確認し
最後に取っておいたメインディッシュに手をつける。
安っぽいプラスチック製の皿の中央に鎮座しているのは、
【原っぱにある犬の糞みたいにカッサカサなムニエル】。
これをおかずに「え…?これ…炊いてますか?」と聞いてしまいそうになる程
【カッチカチの麦飯】を勢い良く掻き込む。
カレハ
「喉いてぇ…」
ご飯を食べている時に到底出る筈の無い感想を述べながら私はモグモグと食べ進める。
カエデさん
「相変わらずカレハちゃんは美味しそうに食べるねぇ。冬眠前のリスみたい。」
とカエデさんが膨らんだ私の顔を見ながら言いやがるので…。
カレハ
「や…優しい味です。」
と些か不本意ではあるがこの喉と心に決して優しく無い残飯を庇って嘘を付く。
作ってもらったご飯を頂いておいて文句を言えた立場では無い。
(まあ体には優しいからあながち嘘では無いかもしれないし...)
とまぁ、半ば強引に自分を言い聞かせ、この栄養素にだけステータスを全振りしてしまった
脳筋ご飯に「病院食akaMRE」と心の中で名付ける事で私は精神の安寧を保つ事にした。
※もはや罰。
(おいおい…何が罰ゲームだって?言いがかりはよしてくれよ。)
(この「フルコース」は私の退屈な日常を彩る最高のスパイスさ!)
(確かに此処のご飯を「豚の餌」と形容する人間も(かなり)いるけど...)
(そう言う奴は大抵2日3日で退院していくWACK達だ・・・。)
(何?初めてこれを食った私がどうだったかって?)
(それはそれは驚いたさ!だからコックに言ってやったんだ!)
(お前の腕は世界で一番だ!帝国で店を開くと良いきっと繁盛するぜってな!
※目が覚めた日にこれが出てきた時、私の瞳からハイライトは無くなっていた。
しかし!こんなご飯も一週間も食べ続ければ味覚が鋭くなって、二週間経った頃には
カレハ
「やさしい味。」
とか遠く彼方を見つめながら言い始めるのだ。
カエデさん
「カレハちゃん?鹿尾菜も残しちゃダメですよ?はいあーんして下さい。」
私がしかめっ面で鹿尾菜を口にするとカエデさんは偉い偉いと私の頭を撫でる。
我慢の出来なくなった私はカエデさんの胸に埋まる勢いで抱きつく。
不思議な事にカエデさんの胸に抱きついて大きく深呼吸をすると暖かい気持ちになり
自分の過去なんて何も覚えていないのに、私は彼女を知っていると思う時がある。
そんな気がするんだ。
カエデさん
「カレハちゃん、苦しい・・・」
カエデさんからの救難信号が出たので、至福の胸枕からゆっくりと顔を離して一言。
カレハ
「これは医療行為だから。」
ドン引きである。
茜色の空を反射したガラス細工の様な瞳でカエデさんが睨m・・・
見詰められた私は頬を赤く染めてカエデさんに懇願する。
カレハ
「処めてだから、や…優しくして?」
※物理教育(決して暴力行為ではありません)
愛のある制裁を受け顔にもみじを付けた私は口に残る鹿尾菜の風味を消し去る為に
紙コップに入った牛乳をぐびっと飲み干す。
カエデさん
「もぅカレハちゃん、子供じゃないんだから」
カエデさんはポケットから自分のハンカチを出し牛乳で髭を作る私の口を拭う。
うへへとだらし無い顔をしているとカエデさんは私の頭頂部に手をかざす。
カエデさん
「頭に枕の羽が付いてる…」
カエデさんが私の頭についたゴミを取ろうとベッドに手を付き前のめりになる。
瞬間、布越しでも分かるくらい豊満かつ嫋やかに実った二つの果実が
地球の重力に耐えられず振り子となって私の顔を埋め尽くす。
(あぁ、至福だぁ。女に生まれてよかったぁ)
飯を食べながら(非)合法的にカエデさんと仲良し(セクハラ)出来ると言うこのメシウマな状況。
優越感に気分を良くした私は世の男子に夢と希望を与えよう。
知っておるか?「F」を超えし弾力を、指が、指の第二関節まで埋まるんだよ!(迫真)
そんな幸せ噛み締めつつ私はご飯をもっしゃもっしゃと食べ進める。
カエデさん
「もぅ、全然分かってない。また付いてる。」
カエデさんは私の口元に付いたご飯粒を取ってそのまま口にする。
いくら女同士と言えど不覚にもドキドキしてしまう。
ぷるっとした潤いの有るそれでいて控えめな唇、
さらにそこには清楚や気品とは一味違った淑やかな薄ピンク色を演出するリップが乗り、
ハリと艶のある肌と何故か懐かしさを感じる朱色掛かった薄桃色のロングヘアーが相まって、
なんか上手く言えないけど、とにかく。
「えっちだなー」と思ってしまう。
この人、日常的にこんな事してるとなると、
それはもはや天女では無く悪女なんじゃないか?と思ってしまう。
そんな事を考えている私の表情はどうやらニヤニヤしていた様でまた怒られてしまった。
この様にご飯の時間は必ずカエデさんが話し相手をしてくれるので、
私は病院でも笑顔でいられる。
カエデさん
「女の子の十代はちゃんと食べなきゃ大きく育ちませんよ?」
カエデさんはお説教モードを解除せずに頬を膨らませている。
カレハ
「きゃわいぃ。」
カエデさん
「ちゃんと聞いてください!」
カレハ
「だって育つって言っても私もう16歳だよ?それに私の成長はとっくに止まりましたよ…。」
自分のなけなしの谷間を見つめながら死んだ瞳に半笑いであたしは呟く。
(私だって無い訳じゃないもんdに似たbだもん。)
カエデさん
「16?カレハちゃんの誕生日はまだだよね?確か今月末じゃなかったっけ?」
カエデさんは頭に疑問符を浮かべた表情で小首を傾げる。
カレハ
「今月末なんてもう四捨五入して16歳で良いかと思って、というかカエデさん私の誕生日覚えててくれたんですね!」
と意外と几帳面なカエデさんの新たな一面の発見に感心していると
カエデさん
「覚えていたと言うか患者の誕生日はカルテにも書いて有るものなんだけど、カレハちゃんの誕生日は特別覚えやすいから、9月生まれで【カレハ・A・セプテンバー】名前に9月が入っているでしょ?それに私の姪もカレハちゃんと同じ9月生まれなのよ。」
カレハ
「カエデさんから漂うお姉さんオーラはその姪っ子さんの所為でしたか」
カエデさんは私の反応にクスクスと笑う。
カエデさん
「カレハちゃんには申し訳ないけど私は妹よ?」
カレハ
「え!?カエデさんお姉さんがいるんですか!?」
私が驚きを隠せずいるとカエデさんは話を続ける。
カエデさん
「えぇ、義理の姉が一人いるの」
カレハ
「そうだったんですか…、カエデさんのお姉さんはどんな人なんですか?」
カエデさん
「姉さん…か...。」
私のこの質問にカエデさんは少し困った様に眉間にシワを寄せる。
カレハ
「カエデさん?」
カエデさん「私の姉さんは誰よりも強く誰よりも慈悲深いそれ故に傲慢な人…かな。」
カレハ
「その…なんというか…あんまり想像がつかないですね…」
妙に重たくなった空気に耐えきれなかった私はもう一人の家族について質問をする。
カレハ
「姪っ子さんはどんな子なんですか?」
カエデさん
「カレハちゃんと同い年、凄く勝気でいつも強い自分であろうとする、だけど本当はとても泣き虫でとっても優しくて弱い子、だからこそ強くあろうとする子なの。きっと義姉さんの真似をしているんだと思うわ。」
姪っ子の話をするカエデさんの姿は先ほどとは打って変わり、
娘を心配する母親の様だった。
カレハ
「カエデさんはその姪っ子さんがとても大切なんですね」
と私が言うとカエデさんは何故か私の目を見つめた。
カエデさん
「えぇ…。」
それはまるで私に言っているかの様だった。
異変を感じた私が質問するも彼女は食後のお茶を入れると言って出ていってしまった。
一人病室に残された私はまた物思いにふける。
目が覚めてから今日に至るまで私を訪ねて来た人はいない。
もちろん家族や親戚といった類の人間も。
それはつまりそう言う事なのだろう。
医師「長期に渡る独立戦争は終わった。」
目が覚めた私が最初に聞いた言葉。
そして記憶喪失や身体の麻痺は精神的なダメージが原因。
そこに面会人ゼロと言う決定的なこの状況。
もはや記憶を思い出すまでも無く、
私は戦争で「家族を失ったショック」でこうなってしまったのだろう。
以前私は自分の記憶に対し思い出す欲さえも喪失してしまったと言ったが、
本当は思い出したく無いのだ。
分かりきっている悲劇を思い出す事に何の意味があるのだろうか?
「はぁ…」と付くため息が白くなる。
カエデさんの温かい家族談に当てられて、柄にも無くナイーブになってしまった。
カエデさんに大切に思われている姪っ子さんが少し羨ましかったのと、
自分にカエデさんみたいな人が居たならば決して心配をかけたり悲しませたりしたく無いと、
そんな事を考えながら私は開けっぱなしにしてる窓の外を眺めた。
カエデさん
「あなたはそれでいいんですね?」
???
「ああ、私は構わない、元々悪者扱いには慣れている。」
廊下でカエデさんが誰かと話している。
カエデさん
「悪者扱い…果たして本当の悪人は誰なのでしょうね。」
声のトーンに加え自虐的な言い方といい、普段のカエデさんの雰囲気とは少し違う。
???
「神頼みせず、君を頼ったのは私達だ。」
カエデさん
「今なら私があの将軍に異端呼ばわりされるのも納得出来ます」
???
「あまり自分を責めるな」
声の違和感から聞き身を立てていたが、これ以上盗み聞きをするのはカエデさんに
失礼だと思った私は廊下の声を遮断する様に頭まで布団を被る。
数十分その状態でいるとかちゃかちゃと鳴る食器の音と共に
カエデさんが部屋に入ってくる。
カエデさん
「カレハちゃんまだ起きてる?」
カレハ
「起きてますよ、さっき誰かと話してたみたいですが、その、なんというか。」
カエデさん
「ごめんなさいうるさかったかしら?少し知り合いが来ていてね、話し込んじゃって」
カレハ
「いえ、気にしないでください」
カエデさん
「お茶入れるね?」
カエデさんは持って来た魔法瓶を取り出しお湯をある物に注ぎ始める。
カレハ
「それって…。」
カエデさんはインスタントコーヒーの入った缶の蓋を開けると。
カエデさん
「あれ?コーヒー切らしてたんだっけ?ごめんカレハちゃんちょっと取りに…。ってどうしたの?顔色が悪いけど?」
カレハ
「だ、大丈夫です。それよりこれは…」
私は自分の顔色が悪くなった原因であろう物体に指を指した。
カエデさん
「さっき話にも上がったけどカレハちゃん今月誕生日じゃない?カレハちゃんにお茶を入れる時いつも紙コップなのは寂しいかなと思って、早めの誕生日プレゼントのつもりなんだけど気に入らなかったかな?」
違う、この「コップ」には無く「カップ」にだけ付いている物に原因がある。
「コップ」には無くて「カップ」にだけ付いている物。それは「取っ手」だ。
私はこれに酷い嫌悪感を感じると同時に割れる様な頭痛が私の頭蓋骨を破壊しようとする。
これはきっと私の記憶の中にある何かの「トリガー」だと確信した。
過呼吸・恐怖・胸焼け・手の震え・冷や汗・寒気・頭痛、まるで病気の症状の様に襲ってくる。
けれど私は、その引き金を引いてしまう。
「取っ手」に手をかけた瞬間、私は走馬灯の様に医者の言葉を思い出した。
(小さなきっかけで思い出す。)まさにその通りだ。
そして私は私に有名な「帝国のことわざ」を送ろうと思う。
「好奇心は、人をも殺す。」と。
ぼやけた複数の断片的な映像を見た。
私は誰か分からない白金色の髪をした女性の亡骸を抱えながら子供の様に泣き叫んでる、
泣いている理由は分からない。
次の映像、白金色の髪をした女性は言う。
「来るべきその日まで少しのお別れよ、あなたはその命に値する人間になりなさい。」
次の映像、私は一人?の女性から何かを向けられている。
それはまるで紅葉の様に綺麗な赤と黄色の世界、ぼやけていて顔は分からない。
何かを向けるその女性の顔には川の様に流れる雫が滝の様に滴っている。
「ありがとう…。○○○。こんな我儘な私を許して欲しい。」と呟いた。
最後の映像、日に照らされ輝くブロンドの少女を優しく撫でつけながら語りかける。
「○○○、いつかきっとあなたもその命に値する人間になれるわ。」と言った。
つづく…。