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変身  作者: どろん
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悪夢


2009年4月

桜舞う季節。妹の笑い声。俺たちはその日空洞の中に1つの生命を見つけた。

「お兄ちゃん!この子の名前決めてもいーい?」

昼下がりの住宅街に射し込むポカポカした太陽の光。反響する呼び声、声、声、声…。


「お兄ちゃん!」

襖を思い切り開けるもんだからマス縁が襖溝にぶつかって巨大な音が鳴り響く。

「朝ご飯出来たよ!早く起きないと遅刻するよ!」

妹はそう言い終えるとドタドタと廊下の床板を踏み鳴らして階段を駆け下りて行った。

もう少しマシな起こし方が出来ないものか。寝ぼけ眼を擦りながら俺はカーテンの隙間から射し込む光に目を瞬いて布団から脱出した。

「夢か。」

ぼんやり浮かぶ脳みそに鞭打ち制服に着替え朝食の匂いのする一階へと降りた。


「いっただきまーす!」

「いただきます」

早朝から元気な奴だ。

朝食は食パンに目玉焼きを載せた簡素な代物と水洗いしたレタスを千切っただけのこれまた簡素なサラダ、コーヒー。日本の食卓の西欧化を感じさせる並びだ。

「おひいひゃんはあひゃにふよふはらはいほへ。」

「食べてから喋れ。」

「お兄ちゃんはもう少し朝に強くならないとね。」

まったく行儀の悪い妹だ。一体誰か躾けたんだか。

「ねえちょっと聞いてるの?」

「話食いで人の説教か?」

「急いでるの誰のせいだと思ってんの!?」

「まあまあ。」

妹を宥めながら二人だけの食卓を見渡す。

我が福島家には両親が居ない。というのも父母共働きでその上どちらも海外出張中なのだ。俺は両親の仕事について実はあんまり詳しく知らないけど、貿易関係だそうで色々と忙しいらしい。

「お父さんとお母さん、次帰ってくるの1ヶ月後だってさぁぁぁ。」

深い嘆息を漏らす。福島玲奈。コイツが俺の妹だ。

「ま、1ヶ月なんざあっと言う間だよ。」

俺はいつものように玲奈の誇張気味の会話を軽くあしらう。

だが俺はこの時気づかなかった。なんの気無しに発したこの言葉が後に大きな意味を持つことに。


「いいなー高校生は」

2014年7月23日。今日は夏休みに入る前日。

高校1年のこの福島和真はなんと4時間授業。中1の玲奈は午前中授業と大掃除、部活動3時まで、専門委員会あり、だそうだ。

「なんで中1のほうが高1よりもスケジュールがハードなのよ!」

「玲奈、俺もかつては同じ道を通ったからな、頑張れ」

「腹立つ〜!!!」

でも俺の方は4時間しか授業がないのに一体学校に行く理由があるのだろうか。

通学路を兄妹並んで会話しながら歩く。

高校生になってまで妹と登校はちと恥ずかし過ぎるかな?などと考えながら会話していると、前方に差し掛かる交差点の止まれ表示の上を近隣の住宅の生け垣から姿を表した何者かが遮った。

「ミッケ!」

玲奈が駆け寄ってしゃがみこんだのは猫。5年前に近所の空き地で偶然見つけた三毛猫でそれ以来放し飼いで世話をしている。

ミッケというのは猫の名前だ。その由来は三毛と見っけをかけた、勿論玲奈命名。

「ミッケー!ほら元気してたー?」

ミッケは玲奈に撫でられて心地よさそうに喉を鳴らしている。するとその陰からもう一匹の小さな生き物が…。

「ミッケ二世ーー!!!」

「ミッケ二世て。」

ミッケの脇から出てきたのは仔猫。ミッケ二世(仮)だ。2ヶ月前程に子供を連れている所を初めて見かけたのだが、その時はいつの間にかミッケにも彼氏がいたのだということに驚きを禁じ得なかった。一体何処で子供を拵えたのか。奇妙にもこの付近にオスの姿は見当たらず、ミッケがなんだか俺よりも幾分も大人に見えてしまうのだった。ミッケ二世の名前に関しては只今兄の中で厳正に審議中である。

ミッケ親子と一通りじゃれ合った後、俺たちは通学時間を気にして登校を急いだ。高校と中学は家から中学の方が近く、途中で俺が玲奈から離脱することになる。で、その交差路に差し掛かった手前、左前方の田んぼを脇に挟んだ道路から登校してくる短髪の男の子と玲奈の視線が合い小さく手を振りあう様子が目に写った。

彼は草間柊平。玲奈と同じ中学に通う同級生。玲奈曰く「友達」だそうだが、兄の目は誤魔化せません。俺はこの二人の初々しさから鑑みるに二人は付き合っているんじゃないかと踏んでいる。その証拠にほら、横目で妹の横顔を見るとその表情から微かに笑みが溢れている。いっちょ前に頬も赤く染めて。

「ちょっとお兄ちゃん何見てんの!」

「ん?どうした。別に見てないけど」

しらこいてやる。

「うっそだ!絶対今見てた!何何なんか言いたいことあるなら言えば!」

「見てませーん、自意識過剰なんじゃないですか?やだやだこれだから思春期の中学生は。」

「もうお兄ちゃん!ほんっとウザい!知らない!」

そう言って玲奈が駆け出すもんだから慌てて叫ぶ。

「おい玲奈!お前今日委員会あるんだよな!俺の方が先帰るからミッケの餌やっとくぞー。」

玲奈は振り返らず草間くんの方へと合流し談笑し始めた。

「まったく人の話を聞いてるのかねアイツは。」

昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって付きっ切りだった癖に最近は草間くん草間くんって…。

心の中でそう呟いたが、本心は妹が離れていく淋しさや草間くんに対する嫉妬も多少ばかしあれど、妹の成長の喜びを素直に感じている自分がいた。

「さてと、明日から夏休み。学校行きますかっ!」

俺は二人から目を離し高校へ向かう道に駆け出した。


放課後。終業式と成績表の返却と大掃除と謎の現社の授業であっという間に過ぎた午前中。まあ授業は寝てたが。教室の隅の席で身支度を整える。クラスメイトたちが騒がしく廊下にわらわらと列を作って下駄箱へと向かう様子を自分の席から眺める。皆1学期が終わりたった今から始まった夏休みに浮足立っているようだ。午後からの予定があるものも多いだろう。人だかりが消えてから帰ろうと席に居座りっているとある女の子に声をかけられた。

「福島くん。」

眼鏡の奥に覗く知性。躊躇いがちにまた遠慮がちに声をかけたであろうその主はクラスの委員長平手川優美。彼女は度々話をする程度の仲の良さだが声をかけられた理由が思い当たらない。というか検討もつかない。

「えっと、どうしたんだ、平手川。」

俺の方から声をかけると彼女は少し俯いて恥ずかしそうに声を出した。三つ編みが微かに揺れる。

「あの、福島くん、成績どうだった?」

「え。」

「あ、いや、こんなこと聞くの失礼かなーって思ったんだけど、ほら、通知表却って来たでしょ。」

平手川が慌てて説明する。彼女はいつでも賢くて冷静なイメージがあるのだが、俺の前では何故か平静さを欠いているようだった。

「ああ、いや、全然だったよ。十段階評価で平均6ってところ。何でそんなこと聞くんだ?」

「いや、福島くん頭いいから。」

頭がいい?俺が?信じられない言葉だ。

「頭いいってそれを言うなら平手川の方こそ。」

「数学。」

「え。」

突然の言葉に一瞬喉がつかえる。平手川はようやくこちらの目を直視し、真面目な顔でこう言った。

「数学、どうだった?」

「・・・。」

数学。それは俺にとって唯一誇れる武器。子供のころからなんの抵抗もなく頭にすんなりと入って来る教科。

「…10。」

呟くように俺は声を細めて言った。

「福島くん…。」

平手川の眼鏡が窓からの光に反射して表情が読みにくい。その圧力に俺は思わず唾を飲んだ。

「すごいじゃない!!!」

「へ?」

一瞬何を言われたかよくわからなかった。

「あー、やっぱり福島くんは頭がいんだ。噂通りだよ。私だって10なんて数字とったことないんだから。優等生だね。」

肩透かしをくらった気分だ。単に成績を聞かれただけだ。何を身構えているのだ俺は。

「いや、けど、俺なんかより平手川の方がよっぽど優等生って感じたぞ。俺、数学以外はてんで駄目だし、お前委員長だしな。」

「もーすぐそうやって人を持ち上げて謙遜ばかりしてズルいよ。」

平手川はそう言って笑ったが彼女の場合本当に謙遜しているように見えた。

「じゃあ平手川があんまり優等生じゃないところってどこだよ。」

「え。」

「優等生じゃないんなら何か非優等生的エピソードの一つや二つ持ってるもんだろ。そういうの無いのか?」

単なる興味本位で聞いただけなのだが存外平手川は顎に手を添え考え込んでしまった。暫くしてから何か思いついたかのように

「あっ」

と、口を開けて目を見開いて言った。

「福島くんって都市伝説とかって信じる?」

意外な質問に俺は一瞬たじろいだ。都市伝説?平手川の口からそんなワードが出てくるだなんてな。

「興味はあるけどまともに信じたことはないな。」

平手川が嬉しそうにニヤける。とっておきの話をするときの顔だ。

「知ってる?福島くん。これはあるオカルト好きな友達から聞いた話なんだけどね、私達って皆お互いがお互いのことを人間だって思ってるじゃない。」

平手川にオカルト好きな友達?そんなのが居るのかなどと相手の交友関係を全て把握してる訳でもないのに勝手に驚いて返事する。

「思ってるというか、それは事実だろ。」

平手川がニンマリと広角を上げ少し勿体ぶった言い回しで続ける。

「そう思うでしょ、でもそれが事実だと思い込んでいるだけだとしたら?」

「思い込んでいる?」

くくく。と企みが成功したかのような笑みを零す。俺の反応を見て益々嬉しそうにする平手川の純粋さが少し可愛いと思えてくる。

「そう、私達は普段当たり前に人間同士だと思って接しているけど、実はその中に何人かは人間じゃないのが紛れ込んでることがあるんだって。」

「人間じゃないの…って人間じゃなければ何なんだよ。」

俺は言ってることがよく解らず質問を重ねる。

「それがこの都市伝説の面白いところなの。正体はわからないけどとにかく人間じゃないんだ。怖いでしょ。だからそういう視点を日常生活に取り入れてみると、あら不思議。周りの人間全員が実は人間であるという確証を自分の中で持っていないことに気づきます。そしたら全員人間かどうか確かめたくなっちゃう。でもどうやって確かめたらいいかわからないでしょ。つまり、人間っていう生き物が実に曖昧模糊とした現実の中で生きているか思い知らされるという…」

「ちょっと待てちょっと待て」

俺は急いで静止する。駄目だ頭の中でこんがらがってきた。平手川に妙なスイッチが入ってるぞ。一体誰だこんな根も葉もない噂を平手川に吹聴した友達とやらは!

「どうしたの?」

「いや、ちょっと途中から訳がわからなくなって。もうちょいわかり易く説明してくれるか。」

平手川は俺が何を理解できていないのか理解できていないご様子だ。生憎こちとら国語は守備範囲に入ってないもんで話についていけない自分の低能さを憎む。

「ううん…そうねぇ」

平手川の頭の中で今俺の知能に合わせた文章の推敲が行われているのだろう。いやお手を煩わせて申し訳ない。

「まあ、この話のミソはどんなに当たり前だと思っていることも疑っていればそれが本当に当たり前じゃなかったとしても、そう想定していた分…得になる?ってことかな。」

「なる程…。」

何だかひとしきり心理学か何かの授業を受けたような気分だ。というかこの話で平手川の非優等生さ、不真面目さはあまり強調されていないような。寧ろ俺の理解力の無さが露呈してより平手川との頭脳の差を見せつけられたような…。

劣等感に苛まれる。

「もしかしたら人間はお互いをお互い人間だと確かめるために会話したり、遊んだり…時には恋をしたりするのかもね。」

「え?」

考え込んでいたせいか平手川の言ったことを聞き逃してしまった。

「あ、いや、ううん!何でもない。じゃ私これから職員室に用があるからまた2学期にね、福島くん!」

そう言って鞄を手に取り三つ編をスイングさせて教室を出ていってしまった。

いつの間にか廊下に出来ていた人だかりも消滅している。

「さてとそろそろ帰りますか。」

俺は椅子を引き立ち上がった。


俺は午後の陽射しで暖かな住宅街が好きだ。一時2時くらいの時間帯は特に人気も少なく、閑静に静まっているのに厳かでない。野良猫なんかが通ったりするとちょっと得した気分になったりする。

猫といえば…と俺はキャットフードを買いにコンビニへ向かう。


コンビニの自動ドアが開く。ピンポーンと入店音が鳴り、外へ漏れ出す冷房のよく効いた店内の空気に包まれて体がひんやりと冷やされる。

ミッケの餌やりは当番制だ。普段から餌は俺の部屋に買い置きしておいて、学校帰りにやりに行く。皿は小学生の頃妹と二人で台所からくすねた銀皿を未だに作っている。当時は母が失くしたと勘違いして慌ただしく探し回っている様子を妹と二人で笑っていた。

今日は丁度買い置きのキャットフードが切れたので買い出しも兼ねて帰りに餌やりをする予定だった。

キャットフードが陳列されている棚に向かい、いつもの最もコストパフォーマンスが充実している袋に手を伸ばす。片腕で抱きかかえる様に持ちレジへと向かう。

「袋お入れしますか。」

「お願いします。」

返事してから店員の顔を見る。アルバイトだろうか。同い年ぐらいの女の子が立っていた。

自分がこの店に来るときはいつもは40代くらいのおばさんがレジをしている印象だったが、この時間にあまりこの店に来ることはないから定員も顔馴染みでなくて当たり前だと思った。名札を見ると桐谷と書いてある。聞き馴染みのない名前だった。他校の生徒かななんて思いながら会計を済ませ店を後にした。


ミッケは俺達の家の周りをよくうろうろしてるが、帰る家が無いわけじゃない。近所にあるもう何年も土地が売れ残っていて空き地になっている場所がある。その空き地に輪切りにされて取り残された土管ーーーそれがミッケの家だった。また同時に俺と玲奈がミッケを見つけた場所でもある。

俺がまだ小学5年生の頃、あれは確か4月だったか、俺は親からの言いつけで妹と登下校することになっていた(その名残で今でも登校を共にしているが。)のだが、妹は当時2年生で進級したてという事もあり友達との関係が上手くいってなかったようだった。宙にはひらひらと舞う綺麗な桜が待っているのに、玲奈は地面に落ちて枯れ果てた花びらばかり眺めて歩いていた。毎日落ち込んだ妹と一緒に帰らされるのは当時の俺にとってはうんざりすることだった。

そんなある日、丁度家の向かいの屋敷と駐車場に挟まれた所にある例の空き地からミャーミャーという鳴き声が聞こえてきたのだ。妹はそれに気がついて顔をあげると一目散にかけ出し鳴き声の在処を探った。ようやく覗き込んだ土管の一つに弱く衰弱しきった一匹の猫がいたのだ。

「お兄ちゃん!この子の名前、私がつけてもいい?」

玲奈は猫の名前をミッケとし、それから頻繁に空き地へ足を運び世話をするようになったのだ。ミッケの世話をしている玲奈も世話をされる側のミッケもだんだんと元気を取り戻してゆき、二人は関係をそのままに今に至る。玲奈の方は今では毎日エネルギーがあり余っており、いささか元気を取り戻し過ぎではないかと思う。俺は俺で、二人が一緒に回復していく姿を間近に見ていたので、ついでにミッケに対して世話を焼くようになったという訳だ。

はてさてそんなこんな言ってる間に空き地へ通じる道に差し掛かった訳だが、果たしてミッケはふらついてないでちゃんと居るだろうか。近頃はミッケ二世の世話であまり寝床を離れようとはしないはずだが。

駐車場を通り過ぎ、生け垣を曲がる。

「おーいミッケ〜いるか?」

空き地へ踏みこんだその時。

「!」

シャーシャーという威嚇音が聞こえた。覗き込むと誰かいる。俺は慌てて生け垣に身を隠した。

土管の近くに人影が見えた。そして今もする威嚇音。声のか細さからしてミッケ二世か?

誰かがミッケたちを見つけたのかもしれない。野良猫だと思われて駆除されたりしたら大変だと思い、もう一度生け垣の脇から覗きこんだ。妙に後ろ姿に見覚えがあった。

「玲奈?」

見慣れた紺のブレザー、女子にしては短かめな髪。間違いなくそこにいるのは玲奈だった。土管の近くにしゃがみこんでいる。そばには玲奈に向かって威嚇しているミッケ二世。

何がどうなってる?俺は一瞬驚いたがそこにいるのが玲奈だということに安心してすぐに生け垣から姿をあらわした。

「おい、玲奈。お前放課後は委員会じゃなかったのかよ。行きに確認したのに返事しなかったからミッケの餌やり俺が来ちまったよ。」

ん?自分が発した言葉に違和感を持つ。そうだ。確かに俺は今日ミッケの餌をやりに来た。そしてその餌は今俺の腕からコンビニのビニール袋の中に入ってぶら下がってる。家の餌の買い置きは切れていた。じゃあ玲奈は一体何しに来たんだ?

ミッケ二世が俺に一瞬気がついた様子を見せたが再び玲奈に怯えるような威嚇を再開する。怯え方が尋常じゃない。

「お前ここで何やってんだ?」

「・・・・・・。」

一向に返事をする気配がない。土管のすぐそばでずっとしゃがみこんだままだ。

ミッケ二世は総毛立ちいよいよ爪を立てて警戒の姿勢を強める。

「おい玲奈、お前何…」

言いかけたその時、玲奈が右手をスッと上に伸ばした。よく見ると手には何やら物を持っている…石?

勢いよく振り下げられる。周囲に短く飛び散った液体。

血だ。誰の?

玲奈の左手に押さえつけられた猫の。

玲奈は再び右手に持った石をミッケめがけて振り下ろす。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

俺は目の前の光景が信じられなかった。

「玲奈…?」

俺は今一度名前を呼んで確かめる。

玲奈は俺に背中を向けたまま立ち上がった。

左手はぐったりとした猫の遺骸を掴んだまま。

何をするつもりだ。俺はひたすら思考が空回りし見ているだけでやっとの状態だった。

だが次の瞬間真に信じられない光景を目の当たりにする。

口。玲奈の後頭部がぱっくりと割れて短髪を掻き分けて大きな口が現れた。歯茎と歯がびっしりと並んでいる。口?

玲奈はそのまま左手にぶら下がるミッケを大口へ放り込んだ。丁度ごみ捨て場にゴミを投げ入れるように。

そして次の瞬間玲奈はいなくなり玲奈がいた場所には食われた筈のミッケがいた。ミッケはミッケ二世の方を向いた。ミッケ二世は突然現れたのは親の姿に一瞬理解が及ばす身動きしなかったが、すぐに気を許してミッケに近づいた。すると今度はミッケの頭が変形してさっきの大口が現れた。ミッケ二世は一瞬にして上半身を食いちぎられた。

大口はミッケの頭に戻るとミッケ二世の上半身を咀嚼し、飲み込んだ。そしてミッケ二世に変身した。ミッケ二世はそばには転がる仔猫の下半身に一瞥をくれ、今度は俺の方へ向き直った。

そしてミッケ二世は姿を消した。現れたのは玲奈だった。

全身怒りと恐怖に身悶える。心臓が刻銘に血液を送り出す。耳の裏の血管は脈打ちドクンドクンと間近で迫る勢いで鳴る。体の全細胞が逃げろと俺に警告している。

誰だ?ようやく頭の中で導き出された疑問が頭の中を埋め尽くした。今俺が目にした一連の光景が現実だとするといったいこいつは何者だ!?

その時ふと平手川の話を思い出した。平手川の言葉を頭の中で反芻する。


「人間の中に人間じゃないのが紛れ込んでることがあるんだって」



玲奈は俺に微笑みかけて近づいてくる。

「く、来るな…!」

足が竦んでその場から動けない。ヤバい食われる。そう思ったその時、玲奈は俺に抱きついた。

「お兄ちゃん。」

玲奈が俺に抱きついて囁いた。玲奈の声だった。玲奈のブラウスに飛び散った返り血が俺のカッターシャツを赤く染めていく。

ああ。俺は薄々勘付いていた。きっと玲奈はもうこの世にはいないのだろう。さっき見た光景。この玲奈じゃない何者かがミッケを喰らうとコイツははミッケに変身した。そしてミッケがミッケ二世を喰らうと今度はミッケ二世に変身した。喰らった生き物とそっくりの姿になることができるのだろう、この人間じゃない何者かは。

とするともう玲奈は…。

深い絶望の溜息を漏らす。だが目の前の化け物は何故か俺に抱きついて離れようとはしない。顔を見ると幸せそうに微笑んでいる。妹と、寸分違わぬ表情で。

2014年7月23日。やかましい蝉の声が昼下がりの住宅街に反響する。遠くで聞こえる耳鳴り。一人分の心臓の音。

こうして俺と化け物の長い夏休みが始まった。


人気がでたら続き書きます。

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