表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヘンアイ

ヘンアイ?

作者: ネイブ


今回は『偏愛』がテーマです。

「飴って、どうしてこんなに心を魅了して止まないんだろう」


コンビニのビニル袋を引っ提げて、隣でお菓子への『偏愛』を超真顔で呟いた幼馴染みの言葉に、僕は「また始まったのか」と溜息を吐いた。

僕の横に居るのは、身長が150センチ前半の小柄な女の子だ。活発な彼女はテニス部に入っていて、その髪の毛は襟足に届くか届かないかと云うくらい短いショートカット(彼女にはボブだと怒られた。なんだろう、外国人の名前か何かかな)だ。目は少し吊り上がっていて、下級生からは怖いと思われているらしい。だけど、その実中身は天然で、いきなり突拍子のない事を云い出す、ちょっと可笑しい子だ。

因みにまたというのは、これが数年前から繰り返し云われてきた事で、最初は物すっっっごくドキドキして気不味かったけれど(彼女は結構美人なのだ)、もう色々と慣れてしまった。

因みに気不味かった理由は、


「ね、飴っちもそう思うよね!」


僕の名前が飴乃辰也(いのたつや)で、アダナが飴っち(あめっち)だからに他ならない。


これが自分の事だと嬉しいのになぁ。と気付かれない様に溜息を吐いた。残念ながら、僕は彼女の眼中には一切(全く、これっぽっちも)入っていない。僕が隣で不幸オーラをジメジメと放出している事にも気付かず(剰りの不幸オーラに通りすぎる猫に威嚇さてしまった)、まだまだ『お菓子の飴』についての『偏愛』を、しつこく論じていた。


「だって、飴って沢山種類が在るじゃない?最近だとグミが中に入ってたりナタデココが中に入ってたりチョコ入ってたり!1000種類ぐらい在ると思うんだよ!飴って!!しかも持ち運び便利だしー、何よりあの持続時間が良いよねっ。後さ後さ、噛まなくても良いからご老人にも良いじゃん?やっぱり飴ってサイコーだよね!ほんっとに大好き!」


最終的に一人で盛り上がって一人で自己完結されてしまった。僕は取り敢えず「あーそうだね」「解る解る」と全然意味のない相槌を打っていた。

この話が出される様になってから、僕は悔しくて飴を一回も食べていない。歯医者さんで貰った飴(いつも思うけど、アレってどうなんだ?もっと悪くなるじゃん)はいつも袋から出して川に投げ捨てている(環境に悪いから袋はちゃんと家で捨てる)。元々からかわれる対象だった上、甘い物もあんまり好きじゃなかったから、剰りにも小さい事だけれど。


僕が現実からの逃避を試みていると、袖口をぐっと引っ張られた。なんだなんだと斜め下を見ると彼女の不満そうな、ムスッとした顔が其処にあった。流石に適当すぎたかな。て云うか、僕だって不機嫌になりたいんだけどなぁ。どうして僕が飴嫌いなのを知ってて此処まで語るんだろう。新手の宗教みたいだ。


「どうかした?」

「べっつにー・・・」


ふいっと顔を背けた彼女がブツブツ何か云っているけれど、気にしない様にした。僕だっていじけたいなー。と白い息を吐き出しながら思うけれど、それについては言葉にしない。

取り敢えず、さっさと帰ってピザマン食べよう。トマトジュースとピザマンのコンビは素晴らしいと僕は常々思っている。飴なんかよりもずっと良い。

だけど今日「ピザ味の飴とトマト味の飴があってさー」と現物を見せられ軽く凹んだ。だけれど、僕はコンビニのビニル袋を握る手に力を込めて、その言葉を振り払った。

違う!液体には液体の、イタリアンにはイタリアンの良さがそれぞれあるハズなんだ!と僕は自分自身を鼓舞して(?)黙々と家路を歩く。勿論コレだと「飴には飴の良さがある」というのを肯定している事に繋がる上、イタリアンって、飴だろうポッキーだろうがピザ味ならイタリアンな味になるんじゃないのかとか(僕にとってのイタリアンの定義はイタリアで作られた味か否かだ)、そう云う残念な思考が頭を過ぎったけれど、勿論無視した。飴なんかに負けてたまるもんか。

頭の中でそんな大激論が行われているけれど、勿論現実は違う訳で、僕は無表情で道を歩いてる。百面相なんてそれこそ出来る訳がない。恥ずかしくて憤死する。

そして現実の世界では、何故かまだ袖口は握られていた。


あー・・・手、繋ぎたいなーやっぱ恋人じゃないのにそれはなーと、色々と不埒な想像をしている僕に、彼女は、


「えい」


と小さく云い、右腕に抱きついてきた。


ちょ、まっ、えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!どうして今それ?!なんでダウンジャケットとか着てる外でやるんだよ!身体の感触なんかしないじゃないか!とそれこそ僕もずれた思考で立ち止まった。まぁどうせ彼女の事だから「寒い中、丁度良いカイロを発見したからついつい」とか云うんだろう。解ってるんだよ自分のポジションぐらい!と男としてちょっと泣きたくなった。


「おーい、家、もうちょいなんだからさ、カイロとか云ってないでさっさと帰ろう?」

「まだカイロとか、云ってないもん・・・」

「云うことぐらい解ってるって」


云って苦笑する。だって僕なんかどうせ、君にとっては近所の小間使いなんだし。

今回だって居間の炬燵で蜜柑食べながらゴロゴロしてたらいきなりやって来て「ダッツのガトーショコラと飴食べたい」と叫き始めたから一緒に来ただけだ。しかも理由は僕に奢らせる為。僕は君のカネヅルか!と流石に怒ったけれど。て云うかなんで飴なんだよ。ダッツはまだ許すけど飴は駄目。飴は絶対許さない。

飴に嫉妬するってどうなんだ。今更だけど、こんな気持ちを飴に対して持っている時点で飴に大敗北だよね・・・。と思わず遠い目になる。


「なんで飴っちって・・・・・・」

俯いた彼女が何事か呟いた。語尾が聞き取れなかったから「ん?」と尋ねながら顔を近づけると「うわっ!」と叫ばれて後ずさられ、腕も離れてしまった。やっぱ人肌って温かいよなーと思いながら、離れた温度が名残惜しくて腕をさすった。


「別にカイロ代わりにしても良いけど、頼むから歩ける様にして。ダッツ溶けるし。ピザマン冷たくなるし」

「・・・・・・・・・飴っちの、飴っちのバーーーカ!!バーカバーカ!ふーんだ!飴っちなんかカイロみたいに中身ぶちまけちゃえー!」

「いや、それはカイロの使用方法間違えてるから。あれって熱い時にやると危ないから、もうやったら駄目だよ」

それこそあれは粒が細かいから、目に入ったら大変だ。いきなり怒り出した彼女に釘を刺す。去年炬燵で寝ている隙にあれを服の中に入れられ、ちょっとした火傷を負った人間としては、やっぱり注意しておかなければならない。因みにやったのは彼女で、入れられたのは背中だった。やった本人なのに僕が怪我をしたと知ると泣き出してしまって、それを慰める方が大変だった。

懐かしい記憶を掘り起こされ「う゛」と云って固まった彼女に笑いかけて「早く帰ろう」と促す。


「・・・そんなんだから飴っちってば、モテるのに告白されないんだよ・・・」

「はぁ?何云ってんだよ・・・。僕の周りにいるのはむくつけき男達ばっかりの暑苦しい柔道部だよ?彼女居ない歴=年齢以外が絶滅危惧種な部なのに・・・・・・」


ふっと溜息を吐いて我が部を思う。良い奴ばっかりなのに、やっぱり、それは男の感覚なんだろうな。女子が「あの子可愛い」って云ったのを理解出来ないのと一緒なんだろうな。

同性同士だとやっぱ違うんだよなー。と呟くと、隣でも溜息を吐かれた。


「飴っちって・・・やっぱり鈍いよねー」

「・・・それを君に云われるとは思わなかったよ」


自分だって鈍いくせに。とわざとらしく溜息を吐いた。益々腹が立ったらしい彼女は、ポケットから飴を取り出してパクリと食べた。僕はそれを見たくなくて視線を逸らす。何時になったら飴に勝てるのかと、彼女の『偏愛』ぶりに男泣きしたい気分になってきた。


「ん」

「へ?」

「んむーぅ!」


横からいきなり擬音で呼ばれ、イヤイヤそっちに首を向けると、彼女がミルクティー味の飴とかいう非常に甘ったるそうなものを僕の眼前に突きつけていた。


「いらないよ。甘いし」

そう云っているのに彼女はその腕を降ろそうとせず、遂には立ち止まってしまった。正直僕は苛立っていた。本当に新手の宗教みたいに感じてきた。彼女が固執する、彼女の愛が大量に注がれている飴なんか、誰が食べるもんか。


「ひゃんで!ふぃーひゃんか!ひょっひょふらい」(なんで!いーじゃんかちょっとぐらい)

「だから甘いの嫌いだし。君が共食いって云ったんだろ」

幼い頃の嫌な記憶を吐き捨てて、彼女を見捨てて歩き出す。

「いーよ。僕はトマトジュースとピザマンで楽しくやるから。君は飴とハーゲンで楽しくやってなよ」


どんな捨て台詞だと自分でもあほらしくなってきた。そのまま無視して自分の家まで歩いた。チラリと振り返ると彼女が後ろに立って泣きそうな顔をしている。なんだかそれが剰りにも可愛くてついつい「云い過ぎた。ごめん。あがりなよ」と笑って中に通してしまった。だって寒いし、こんな事で怒るのは馬鹿みたいだし、第一あんな顔してる子を閉め出す程、僕は幼稚じゃない。ハズだ。


二人して炬燵に潜り込んでビニル袋からそれぞれの物を取り出す。僕は食事中、剰り会話をしないからいつもは彼女が話題を提供して、僕が短く返答して会話をする。だけど彼女はさっきの事を気にしているらしく、僕の方をチラチラと見ながらハーゲンダッツをもそもそと食べていた。

落ち込ませたなー。と少し反省するけれど、取り敢えず食べ終わろうと、僕はピザマンの最後の一口をトマトジュースで流し込んだ。


「ごちそーさまでした」

パンッと手を合わせ、さてゴミを捨てようと炬燵から出ようとすると、トマトジュースの缶を何故か取られてしまった。


「か、返して欲しかったら飴食べろ!」

「・・・・・・いや、別に君が捨ててくれるんならそれで良いけど」


普通に返答してビニル袋を捨てるかと立ち上がると、今度は脚を捕まれた。それはもうガッチリと。なんなんだと下を見ると今にも泣きそうな彼女の顔。

・・・その顔に、弱いんだけどなぁ。絶対、確信犯だよなぁ。ズルイなぁ。とまた少し泣きたくなる。膝を突いて彼女が手に握りしめていた飴を、そっと手から抜き出す。するとびっくりした様に、彼女の顔が真っ赤になった。飴食べるって、唯それだけでそんなにも表情が変わってしまうから、何かしてあげたいとか、思うんだよなぁ。


ピリッとファンシーな袋を開け、今一度溜息を吐いた。なんで僕は君に勝てないんだろう。どうせ食べたら食べたで「共食いー!」とか楽しげに笑うんだろうなぁ。と、それでも泣き顔よか増しだと決心して食べる。

口の中に甘ったるい味が広がった。20分以内には食べ終わる。と自分を励まして、きょとんとした表情の彼女の頭を苦笑しながら撫でて、自分が出したゴミを持つ。「アイス、溶けるよ」と一言云って捨てに行った。まぁ頑なに拒否ってたからなぁ。驚くのも無理はないかな。と苦笑しながら戻ると、彼女は炬燵に突っ伏していた。アイスは原形を留めないぐらいドロドロに溶けていた。


「ダッツ溶けてるじゃんか。冷凍庫、入れておこうか?」

「うん・・・」


小さく返事をしてきた、萎れた様子の彼女に違和感を抱きつつ、アイスの蓋を閉めて冷凍庫に入れた。居間に戻ると、此方をじっと見ている彼女と眼があった。本日何度目か知れない溜息を吐きながら「どうしたわけ」と尋ねつつ炬燵に潜り込む。


「・・・飴っち、てさ。良い男だよね・・・。鈍いけど鋭いし、顔も悪くないし、良い身体してるし、体力あるし、何より、良い奴だよね・・・。うん・・・」

「何、藪から棒に。そんなに飴食べたのが衝撃的なの?」


こっくりと肯かれ、思わず笑ってしまった。そこまで頑なに拒否していた記憶はないのだけれども、彼女には少々つっけんどんになっていたかも知れない。

・・・主観だから解らないけれど。自覚もないし。


「別に、泣かれてまで肩肘張ろうなんて、流石にそこまでお子様でもないって」

「・・・そう云うとこが、良いんだよなぁ・・・。なんでそこまで女の子騙せるかな・・・」

「騙すって、何それ?大体僕が好きな女の子なんているわけ?聞いたこと無いけど」

「・・・信じられない・・・・・・。あれだけの猛アタックに気付かないなんて・・・!」


いや、そんな記憶ないから。と俯いて頭を振る彼女に短く返す。そんな中、僕の思考は段々と口の中に集中してきた。口の中が甘い。ミルクティーなのかコレ?唯の砂糖なんじゃ?てか吐き出したい・・・。本気で思い始めていた時、彼女がバッと顔を上げた。


何故か。何故か・・・・・・彼女の唇に目がいった。それはしっとりしてて、ぷっくりしてて、赤くて、なんだか妙に生々しくて、思考が真っ白になった。


「だってさ、2組の藤本さんとか4組の園田さんとかさ、いっつもうちのクラス来て飴っちの方見てさ・・・。この前だって鈴木さんが呼び出そーとしてたのに「今日用事在るからって」飴っち帰ってたじゃ、んっ?」


気づいたら、キスをしてた。気付いたら、彼女の唇を割って、舌を入れてた。気付いたら、僕の口の中に、もうあの甘ったるい味は存在していなかった。変わりに広がるのは少しヒンヤリした感触と、ガトーショコラのほろ苦い味。


いつの間にか、僕は彼女を襲ってしまったらしい。遂にやってしまったかと自分に舌打ちがしたくなった。けれど、何故か剰り後悔していなかった。寧ろさっぱりした気分だった。


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「・・・お茶、淹れてくる」


そう云って真っ赤になった彼女から離れる。台所まで「ふやぁああ?!」と彼女の悲鳴が聞こえて、軽く吹き出してしまった。うん、これでやっと彼女の『偏愛』する飴と、同じリングに立てたなぁ。なんだか、ちょっとした充足感の様な物さえ漂っていた。


取り敢えず、今は彼女を一人にしておこう。ガタガタバサバサと動揺しているらしき音が聞こえる居間の方に意識を向かわせ、一人笑った。






冒頭で飴っちが『可笑しな子』とかほざいてますが、寧ろ彼の方が天然すぎて可笑しいのであまりお気になさらないで下さい。笑

ガトーショコラを今猛烈に食べたいと思っているのは作者です。良いですよね、ダッツ。


ヘンアイは来年度あたりに今回の2人の女の子視点でもう1つ書く予定です。

今回お付き合い下さいました皆様、本当にありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ